う ふ ふ 。
「くふふ、ふふふふふぅ〜」
悪者っぽい不気味な笑い声が、霧たった辺りに響きわたる。
現世と離れ、いずれ崩れ消滅する曖昧な浮世に迷い込んだ、否遊びにきていた異形の影は、可憐にあざとく子供のように微笑んだ。
「見ぃつけた、見ぃーつけちゃった。うふふ、うふふふふ」
やあやあみなさんご機嫌よぉ、元気にしていたかしらぁ〜?
蓋を開けたらあらびっくり、大将も町もお店もみぃーんな、夢か現か朧げな残滓、未練と悔恨の集合体の概念力場。
それじゃあ私は一体なんなの〜、とお思いなのではないかしら?
え?大将の形成した世界における、お客さんという概念の幻影? あ、それとも本来のこの町の一角に生きていた人の亡霊? う〜ん、なるほどなるほど〜、いいセンついてるぅ、でもぶっぶー、外れで〜す。
苦節忘れた何千年、長い長い時の果て、怠惰を貪り辛苦を舐め、これで私の積年の恨みは晴れて願いは叶う。
「あの子なら、ううん、あの子達ならきぃっと私を、私達をシアワセにしてくれるわぁ」
そうすれば世界は救われ私がシアワセになる。
私がシアワセになればあの子もシアワセ、あの子がシアワセなら世界中がシアワセよぉ。
だってだって、あの子のやろうとすることは、あの子がやってくれようとしてくれてることこそが、私の成し得なかった夢と理想の全てなのですもの!
うふふふふ、やったぁ、これでこの退屈な世界ともオサラバさんさん。
人間と妖怪の、なかよしな混沌がこれからの未来を創るのよお。
この世界、人だけではもう動かせない。
いずれ衰退し枯れ果て滅び、命を紡ぐ者も繋ぐ者も蹂躙されて、消耗し尽くしすり減り消えて、やがて全てが死に絶え誰もが果てる。
誰もが皆分かっていながら目を背けて口にしないだけ、もしくは本当に分かっていないと言い聞かせて、滅びのレールに敷かれた地獄の口を目前にしながら、誰もそれから逃れようとしない。
だから、私達が一緒に頑張るの。
そうすれば大好きなこの世界は滅びないでしょう? 人には無理でも、私達にならそれが可能なの。
うふふふ、ステキステキ、楽しみだわ楽しみだわぁ。
きっとこの広い広い世界の中で、私達が伸び伸び羽を広げて過ごせる、そんなとーってもステキな未来が待っているのよぉ。
ああ、待っていてくださいませ、"ーーーー様"……、貴方様の願いは、貴方様の思いは野望は理想は夢は!……貴方様のシアワセはきっと、私が叶えてみせます……!
崩れ融けてゆく世界の中で、女は闇より暗い天を仰いで祈りを込めた。
それは誰の何に捧げたものか、目を疑う程に清く美しい呪いだった。
「こんなところにおられたのですか。探しましたよ」
すると妖しい女とはまた別の声が響いた。
低く無機質な声はまるで機械か絡繰のよう。
白い鎧に身を包み、顔も見えぬ白塗りの兜を被った大男が、異空間より不意に現れ、女の前に傅いた。
「あらぁ?見つかっちゃった。うふふ、優秀ねトゥフ?」
「お褒めに預かり光栄でございます。それで、いつお戻りになられるつもりで? 皆そろそろお顔とお声をお忘れになるころかと」
トゥフと呼ばれた男は淡々と、それでいてやや不服そうに異議を申し立てる。
問題ありげな上司を持つと、たとえどんな部下でも苦労は絶えない。
それはどんな世界の何においても、変わることのない摂理というものなのか。
「まあ。それは大変ねぇ、私とっても悲しくなっちゃう。……でもだいじょーぶ。それなら安心して?ココはもう終わりなの。だからきっと、すぐに戻るわ。……ううん、絶対よぉ?」
「左様で。ではトゥフの方から申すことはもう在りませぬ。なるべくお早い帰還を、心よりお待ちしております。"総大将"」
思いのほか返答が好ましいものだったのか、トゥフはそう言い残すとそれ以上の詮索はせず、異空の穴をこじ開けて姿を消した。
「はいはぁーい、ご苦労さまー」
さーてと、それじゃあそろそろ夢から覚めなきゃいけない頃かしらぁ。
楽しかったし美味しかったけど、しばらく忙しくなっちゃうのかなぁ。
でもやらなくちゃ、なんてったって明確なビジョンは、もう既に見えているんですもの。
「よぉーし、やるぞ〜〜ぉ」
女はそう言い残すと、いつの間にやら世界からぬらりと消えており、小さな鈴の音がりんと弱く喉を鳴らした。
崩れゆく霧たった世界の中、最後に響いた声は間の抜けた、ふわふわしたゆるい宣言だった。
だが、そのふわふわした声を聞き、遠く離れた世界のどこかで眠る、いくつかの怪異が目を覚ます。
ここより世界が迎えるのは、シアワセな混沌か、代わり映えのしない滅びゆく平穏か。
どちらになるのか、まだ誰にもわからない。