真相と新装開店
皆が皆、お寿司パワーに魅了され、寝る間も惜しんで酒飲み騒いで数時間後、すっかり消沈したところで、大将は私を縁側の方へ呼び寄せた。
「……ありがとうよ、嬢ちゃん。アンタは俺の未練を晴らしに来てくれたんだろう?」
青い青い遠い空の向こうを見つめ、板前の大将は威勢もない優しい声でそういった。
その声を聞いて一瞬だけ驚いたように目を開いたが、すぐに息を漏らすと普段通り不敵に笑ってみせた。
「ふふ、そりゃこっちの台詞だ大将。失われた伝説の技術を目の当たりにできただけでも儲けものだ。ありがとう」
薄々は気づいていたし、感づいていた。
ただの寿司屋の板前が妖怪の話を信じ、妖怪を前に退かず、妖怪と抱き合い、こうして酒を酌み交わす。
決して晴れない白い霧に覆われた町など聞いたこともないし、ほかの人の気配もないさびれた町で、鮮魚を卸し寿司屋をやっていること自体に無理がある。
そもそもココには、あの胡散臭いベペベペネル人形の力でやって来た。
大将は、とうの昔に死んでいて、世界には存在していないのだ。
自身もまた半分以上妖怪、ギリギリ人間と呼べなくもない存在。
極めた技術を振るうことなく、それを受け継ぐ者もなく、寿命か不幸か落とした命、その未練が一つの世界を形成した。
それがこの霧に覆われた町の一角、生前から引っ張ってきたであろう土地そのものだ。
おそらくこの町以外にこの世界は無く、隔絶されたこの場所以外は、鬱蒼とした霧と林だけがあるのだろう。
つまり大将は最初から、我々の世界で言う亡霊だ。
あの産まれて間もない鎌鼬も、この異質な世界が長い時間をかけて形にした、渦巻く噂や伝承、逸話といった魔力や妖力が自我を持ったものだろう。言うなりゃ大将の子供みたいなものである。
では何故そんな大将の未練の世界に血染桜はやって来たのか、何故カマキラスは追って来れたのか、おそらくそれは大将の過去に関わることで、推測は出来ても答えまでは出ない。
「やりたかったことは全部できた。逢いたい奴にも逢えた。……じきにこの世界はゆっくりと元の世界に溶け込むだろうよ」
「……見覚えのある、記憶に残る夢として大将は消えてしまうのだろうな」
「ああ、そうなりゃあっしも極楽浄土で涅槃三昧だ。……だがよ一つ、いや今となっては二つか三つ程まだやり残したことがある。……頼んでもいいか?」
「勿論だ。なにせ私はエクソシスト、こと霊に関しては、特に優しいお姉さんだぞ?」
大将はニンマリと笑みを浮かべ、こっそりと私に頼みたいことを告げた。
それは実に容易く、願っても無い美味しい話。
都合の良すぎる商談かもしれないが、その分責任と信頼があまりに重く、私じゃなかったら多分引き受けていなかっただろう。
柳葉が告げたのはたった一言だけ、
あの店と、あいつらを頼む。
私の目指す究極のお寿司屋さん、シアワセを人々に届けるその第一歩として、
ここにその一号店が誕生した。
「ま。あっしも盆とハロウィンと大安には顔を出すからよ」
「七日に一度以上くるじゃないかそれ」