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秋月千歳と猫妖怪

「おーっ!このビラビラのついた棒切れすっごい!対魔力高そう!」

「うふふ、迂闊に触ってはいけませんよ。それは秋月家に代々伝わる由緒正しきビラビラのついた棒切れなんですから」


  結局ビラビラのついた棒切れなんかい。


  秋月邸は言われた通りそれほど遠くもなく、そして思っていた以上に大きな屋敷でした。

今は空き部屋にお布団を運んでいる最中です。


「しかし驚きましたよ、まさか貴女方も私と同じ魔を祓う者だったなんて」

「うむ、私も陰陽師というのは話には聞いていたが実際に見るのは初めてだぞ?」


エクソシストと陰陽師は互いに封魔師トークをし始めた。

魔物のアタシにとっては非常に物騒というかドキドキするというか、止まった心臓に悪い。


  道中マスターは突然ぽろっと自分の正体を明かし、アタシは戸惑いながらも一応お手伝いさんということで納得してもらいました。

流石に陰陽師相手に「えへへ、実はわたし魔物なんですぅ〜」と言うわけにもいかないし、事実お手伝いさんというのはなーんも間違ってないですし。


「それにしても大きなお屋敷ですねー……」


  アタシは話を逸らせる意味も込めて天井を見上げながらそう呟いた。

  話を逸らすうんぬんを抜きにしても本当に大きい屋敷なのである。

獣の首の剥製とか、さっきみたいな棒きれとか、いかにもな魔除けが随所に散りばめられていて、絢爛豪華なれど少々不気味な感じもする。

  もっともその魔であるアタシは別にオシャレだなとしか思わないので肝心の魔除けにはなってないようなのですが。残念。


「ええ、この屋敷は以前まで陰陽師の一族――ッ!」


 秋月さんがアタシの戯言に返事をくれようとしていたその時、屋敷全体が大きく揺れ動いた。


「うわ、うわうわ何だ!?」


  グゴゴゴゴ――、と凄まじい音を立てて揺れる屋敷を前にアタシもマスターも秋月さんも、物理的にも心理的にも動揺が収まらない。


「こ、これは妖怪の気配……!それも結構な数です!」

「ひいふうみい、……うーん、確かに多いなあ」


  アタシにゃよくわからないが封魔師の御二方には何かしらの気配を感じ取ったご様子。

ともすれば、この屋敷全体の強烈な揺れはその妖怪の仕業だということでしょうか。

  そう思ってふと窓に目をやると、


いた。


  アタシでもよくわかるめっちゃヤバそうなのいた。

  その姿は完全に廃墟そのものであり、この屋敷と同じかそれ以上の大きさの瓦礫の塊だった。

しかも周囲には先程のような廃材や不法投棄物、それに加えて倒木や朽ちた葉、獣やカラスの死骸などが浮遊している。


「こ、これ、もしかしてさっきの火車って奴じゃあ……」

「いやー、でっかいねーほっほっほー」


  マスターもこちらに来て標的を確認すると、えらい上機嫌にそう言った。何喜んでんだコイツ。


「この屋敷にいくつか対妖怪用の武器があります!この数です、何かしらあった方が良いでしょう。」

「よしワイト!ここは私達がどうにか食い止める!この数だ!急いでとってこい!」


  いや、どの数かはわかんねえです。

いやしかし、とにかく事は一刻を争います。

確かに秋月さんの言っている武器とやらはここに来るまでにそれっぽいの何個か見ましたし、どの程度のモノかはわかりませんがこんなヤツ相手にするんですから、アタシのクソ装備よりかは絶対マトモでしょう。

  マスターから目を離すことになるのは不本意ではありますが、なんかそうも言ってられない状況みたいですし。


「わかりました。出来るだけ急いで戻ります!」


  アタシはそう言って二人の封魔師に背を向けて走り出した。


「さーて、んじゃ、久しぶりにいっちょやっちゃいますかなっと!」

「ふふ、西洋の封魔師さんの実力、しかと拝見させていただきましょう!」


 うわー、二人共やる気満々っぽい。

うわ、妖怪も空気読んで窓割って入ってきた。

結構多いし、しかもやっぱりさっきの影の奴じゃないスか、うわ結構多いな。


間に合うかなー。アタシ。



「そ、んな……マスター……!秋月さん!」


 遅かった。

もう、何もかも遅すぎた。


  アタシは屋敷内にあった剣とか棒とか札とか盾とかをかたっぱしから集めて戻ってきた(触っただけで腕が消し飛ぶヤツもあった。超ビックリした。)所ですが、先程の廊下は既に血にまみれており、そこには力無くマスターが横たわっていた。


  ああ、もう全て遅かった。

アタシは自分の無力さを痛感し、持ってきた武器類を静かに床に置いた。


「お……お腹減った……」


  マスターはそう呟いた。


 くそ……っ、やっぱり久しぶりに魔物退治なんてするから……、また高くつくぞこれは……!だからあんまり目を離したくなかったんだ。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


  そして血まみれの廊下には例の黒い獣のような影がボロ布のように散乱し、ついでに外の瓦礫の城は砂埃と化し、廊下の隅っこには、見知らぬ少女が何やら尋常でない様子で震えながら縮こまっていた。


「殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで」

「……マスター、何したんですか?」

「いやー……はは、は。ちょっち張り切り過ぎちゃって……」


……うわ、考えたくない。可哀想に。

アタシは魔物だからなんとなくわかるというか推察するに、この震えている可愛い女の子が火車とやらの本体で、獣の影みたいな奴はいわゆる使い魔って奴でしょうかね。

あのモデルの使い魔は一体約七千〜八千円といった所でしょうか。


「は、はは、あははは!すごい!すごいすごいすごい!」


  すると、ぺたんこ座りをして呆けていた秋月さんが突然不気味に笑い始めた。


「なんて!なんて強さなのでしょう!この私でさえ畏れを抱くとは!エク=ソシス・R・フォンティルテューレ!ひひひ……、さあ!トドメをさしましょう!くひ、くふふ、くふふくへけへへへへへ……!」


まるで人が変わったかのように不気味に笑う秋月さんを前に、火車の女の子はビクビクしながら身を縮こまている。

アタシも警戒すべき対象を火車から秋月千歳へと切り替え、乾いた唾を呑み込んだ。


「いや、殺しゃしないよ。もう戦う意志もなさそうだし、戦う理由も意味もないし。」


 しかし豹変した秋月千歳を目の前にも、マスターはまるで動じることなく淡々とそう告げた。


「は?」


  すると、秋月千歳は今の今まで浮かべていた笑いを一瞬で殺し、代わりに表情には怒りと狂気を孕ませていた。


「殺す理由がない……?え、だってソイツ妖怪ですよ?女、子供とて人間に仇なす醜悪な存在ですよ?妖怪は悪、妖怪は罪、妖怪は敵!!それッ!以外にッ!なんの理由がッ!必要だってんですかネエエェェェェェッ!?」


  ゾクリとアタシの背筋が寒くなる。

これはアタシが魔物で相手が陰陽師だから、とかは全く関係のない純粋な恐怖からである。

本能でヤバい気配を感じる相手なんていつ以来だろうか。


「だからなあ、さっきも言った通り戦う意志のない者と戦う理由はないし、それこそ無駄と手間なんだって。 お前も、もう悪さする気はないだろう?」


  だがやはりマスターは一切怯えることもなく言葉を返すと、震え上がっている火車の女の子にそう尋ねた。

それに応じて、火車の娘は目に涙を浮かばせながらこくこくと細かく頷いた。


「くひふひひひひ……、馬鹿馬鹿しい、妖怪の言葉に耳を貸す必要などあるわけがありません……くふ、くふふふふ、そんなものはその場凌ぎの嘘!どうせ今も『次はバレずにどうしようか』ぐらいしか思っていませんよ!信じられません、信じませーん。今、この場で消し去ってさしあげましょう。くふくふくふふぅ」


  だけどもやっぱりこの秋月千歳という人間に我々の声や気持ちは届かない。

それどころか、精神や心理状態を無駄に刺激して興奮させてしまっている。

マトモな会話がまるで成立しない、狂気にも似た怒りと悲しみと喜びとが混ざり融けた漆黒の憎悪。

その憎悪に満たされた彼女の姿は、妖怪や魔物の眼から見てもとてつもない畏ろしさである。


「うーん、わかった。じゃあ悪さしないよう私が面倒見よう」


「は?」


  今の声はアタシの声なのか、それとも秋月千歳のものなのか、はたまた面倒を見ると言われた火車の声だったのか、正直それは分からない。

だが、そんなことなどどうでもいい、そう思える程この小娘が何かおかしな事を口にしたということだけはここに居る誰もが察していた


「コイツがまた悪さをするかもしれないという不安があるから消滅させようって言うんだろう?なら私が責任持ってコイツを見守るよ。もし、ちーとんの言う通り何か悪さをするようだったら、その時はその時だ。だから頼む!コイツを許しやってくれ」


  マスターはそういって両手を合わせて深々と頭を下げた。

それを見てか、火車ちゃんも目に浮かべた涙を零しながら頭を下げたのだ。

うん、それはいいけど待って、ちーとんって何。


「……はぁ、……わかりました、わかりましたよ。確かにエクシーの言う通り、貴女程の力の持ち主であれば私も一応信用はできます。その妖怪は見逃しましょう。……あーあ、なんで私が悪者みたいなのでしょう。貴女は最高にクレイジーです。同じ魔を祓う者として酷く軽蔑します」


  それはアタシも同感だ。

エクソシストとしてどうかと思うし、クレイジーだというのにも星よりも大きく納得できる。

だけど待って、エクシーて誰。

アタシの居ない間に何があったの、ねえ。


「ありがとう!ちーとんなら分かってくれると思ってたよ!」


だからなんなんだよ、愛称として結構微妙ですよそれ。

  ともあれ、妖怪騒ぎはちゃちゃっと落ち着き、秋月千歳も平静を取り戻し、火車ちゃんも命は助かったようだ。

なんだかんだでめでたしである。さーてお布団運んじゃいましょう。


「ですが、」


と思った矢先、秋月千歳は言葉を追加した。


「やはり妖怪と同じ屋根の下で、一夜を共にするというのは頷けません」


彼女は目を瞑ったまま我々に向かって淡々と冷たい気持ちをぶつけてきた。


「お引き取り願います」


そう言って彼女はニッコリと微笑んだ。

それは初めて会った時よりも、輝きを増した煌びやかな微笑みであった。



……はぁ、ほれみろ。



 濁った空には微かな光、登った月は特に美しくもなく、なんかやる気もなくぼんやりと浮かんでいる。

ホゥホゥと名前も知らないへんな鳥が我々を励ますように静かに鳴いた。


「はっはっは!閉め出されたな!こりゃ墓場で野宿コースかな!」

「はっはっは!じゃ、ないですよマスター!どーすんですか!ホテル代はおろか、女の子一人増えちゃったじゃないですか!バカ!バーカ!」


  例の火車ちゃん(仮)は怖がりすぎて疲れた反動からか、今はぐっすり就寝中である。

仕方が無いので彼女を背中におぶった私は長きに渡った人生史上でも最大級の怒号を放った。


「まーまま、いいじゃないの。火車ってのは死体を集める妖怪なんだろ?バイヤーとして活躍してもらいたい」


嫌だああ、そんな説明の後にこの娘に鮮魚を仕入れてもらいたくないいいい!


「……はあー、しかし異国の現代にもこういう妖怪って奴らは居るんだなあー」


アタシが苦虫を噛み潰したような顔で異議を唱えているのを尻目に、マスターは両腕を伸ばしてあまり綺麗じゃない夜空を見上げて言った。


「しかもそれと戦う人間ってのも居るんだなあー」


続けてマスターは言葉を追加した。


「ま、どっちも誰でも!私はお寿司でミンナをシアワセにするんだ!頑張る!」


  自分を含め誰に言うでもなく、マスターは曇った瞳を夜空よりも輝かせて叫んだ。

明るい楽しいマスターのバカな言葉なのに、アタシの止まった心臓は何故かチクリと痛くなる。

  マスターの生前思い描いた理想の世界、人と魔物が手を取り合ってシアワセを育む世界は、数千年経った今も何も近づいていなかった。

その事実だけが長い長い時の果てに、今こうして重くどっしりのしかかる。

  途方もない、悠久の果てに、『シアワセ』とは一体何でどこにあるのか。

アタシは正直どうでもいい。

でも、自己犠牲の塊であるマスターがシアワセになれればきっとこの世界はシアワセに包まれる。

確証はないけど、アタシは多分そうなんじゃないかと思ってる。


「……頑張るのも大概ですが、今日はもう寝ましょう。どう考えても今日は頑張りすぎました」

「たわけ、頑張るに量など無いぞワイト?頑張ったか頑張らないか、有るか無しか、ただそれだけだ。」

「勘弁してくださいよ、頑張るにはバッテリーが必要で、その充電をするのが睡眠、そして寝るためにもお金がかかる現代なんです」

「それはそうだが、……お?ここなら安く済むんじゃないか?」


そうやって会話のドッチボールの最中、マスターが両指で示した先は、煌びやかであるがひっそりとした佇まいの、


ラヴホテル。


で、あった。

た、たたた確かにここであればそりゃそこそこ安く済みますけどそんな突然こんな所になんてアタシにも心の準備がががががが。


しかし、マスターはもう目を輝かせていた。

そりゃもう秋月邸を見たときばりに。


……アタシも、覚悟を決めて変な長いカーテンをくぐった。

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