刀と包丁
時はちょっと前に遡る。
「マキラ、刀と包丁の違いってお前さんはなんだと思う?」
モノの切り方とか刃の立て方とか滑らせ方とか、そういう指導を受ける中、不意にヤナギバは一つ質問を投げた。
「刀と包丁の違い、だと? どちらも刃ではあるが根本から違うというか、なんというか……、刀は武器で、包丁は調理器具だろう?」
「そうだな、じゃあ武器と調理器具の違いってなんだろうな」
質問の意図や意味はイマイチ汲み取れないが、ちょっとした世間話のようなつもりで私はそれに答えていった。
「……武器は、戦って殺すための道具で、調理器具は料理に使う道具……ではないのか?」
「おおそうだとも。じゃあ包丁で人は殺せるか、刀で調理は出来るか、と言われたらどうだ?」
「む……、刀で調理はできなくはないが……、包丁で人は殺せるな。どちらもそれに適したモノというわけではないが……、」
「……そうか。そうだな、じゃあお前さんは何になりたい?その刃物の身体は、一体なんだと思う?」
何だと思う、何だと思う……か。
一方的にこの刃物の身体を呪いだと思い込んでいたので、そんなこと考えたこともなかった。
この身は武器か、器具か、道具か。
ナイフか包丁か刀か、はたまた唯の尖った鉄であろうか。
「考えたことも無かったから、自分でもよく分からないが……、」
私はこれ以上誰も何も傷つけたくない、その思いは決して変わらない。
だがそれはこの刃物の身体とはひどく矛盾していて、それ故に苦しいのだ。
「……自分を武器や道具というのは違和感がある。今朝は人への怨みが無いわけじゃないとは言ったものの、やっぱり私はどちらかといえば人を救いたいし、助けたいし、力になりたい。怨みや何やらの感情は全部ヤツに取られてしまったからかもしれないが……、」
私がうまく言葉にできないまま、たどたどしく告げるとヤナギバは大層嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「そうかいそうかい。そいつは良かった。それじゃあ、その刃の身体が人間と同じようになったら、もしその呪いとやらが解けたとしたら、お前さんは何をしてみたい?」
今度は何をしてみたいのか、ときたか。
はて、今この身が何であろうかも分からない私は、一体何をしてみたいのだろう。
人は何をするだろうか、普通の女の子は何をしたがるのだろうか。
明確な答えは出ないまま、一番にやりたいことを呟いた。
「とりあえず……、そうだな。また皆でごはんを食べたい。美味しいお寿司を、また食べたいかな。」
ヤナギバはちょっとだけ意外そうな顔を見せたが、すぐに満面の笑みを浮かべると私の頭をぐりぐり撫で回した。
「な、なんだよぉ。危ないぞ、切れるぞ。」
「……そうかい、そうかい。よしマキラ!いい返答だ!そうと決まれば頑張るしかねえな!」
ヤナギバはそう言うとまた指導に戻り、それ以上何かを問うことはなかった。
結局何が聞きたかったのか、イマイチよく分からなかったが、一つだけハッキリした。
私は今少しだけシアワセだ。
身体は刃でバケモノであることに変わりはないが、今心の底から嬉しくって楽しい。
誰かとこうして話をして、誰かにこうして助けてもらって、誰かにこうして自分のことを褒められて。
いくつもの時の中、一人で錆び付いていた自分が嘘のように楽しいのだ。
「じゃあ、ちゃんと切れるようになったら寿司の握り方教えてやる!お前さんの問題が解決した暁には一緒に寿司握ろうか!」
「ほ、ほんとか⁉︎……よーし、頑張る!」
ぴかぴか輝く刃でできた女の子。
物騒で危なっかしくて、触れただけで傷つきそうな、ボロボロで錆だらけの女の子。
なんでえ、そんなんどこにでも居らあ。
別にコイツが異常とか野蛮とかそういうワケでもねえ、世間から疎まれるだけの唯の女の子だ。
だから、コイツになら。
いや、コイツだからこそ、コイツだったらきっと……、