決着と出現
鎌鼬と妖刀の、壮絶な斬り合いが始まった。
見てるこっちがどうにかなりそうな、殺気渦巻く刃の打ち合い。
呼吸一つも満足に出来ない濃密な殺気に押され、必殺級のぶつかり合う音だけで小動物ならうっかり死んでしまいそうだ。
斬り、突き、薙ぎ、払い、すべてが鋭くすべてが疾く、どちらも乱れぬ攻防が矢継ぎ早にと繰り返される。
ほんの数分前に行われていたワイトとは、おおよそ比べ物にならない次元のやりとりがそこで行われていた。
「しかし、これはなんというか……」
そんな二つの刃のぶつかり合いを見て、マスターは声をこぼした。
「雑だな」
「だろうよ」
大将とマスターは妖刀と鎌鼬の真剣勝負を目の当たりにしてそう呟いた。
呼吸をも許さぬ殺気渦巻く必殺のせめぎ合い、だがそれはそれとして、二人の動きは手練れの剣豪や何かとは似ても似つかぬ、甚だしいほど素人の力任せに殺意を振りかざす雑な斬り合いだった。
「そらそうだろうよ、マキラは人はおろかほとんどモノを切ったことすら無え、妖刀も侍だか陰陽師の末裔を斬ったってだけで、どっちも剣客なんかとは程遠いからよォ」
「紛れもなく斬れ味いい、超大業物の名刀同士なんだけどなあ、ここまで贅沢なチャンバラを見せられるとは思わなかったぞ」
「まぁ、あっしが教えたのも所詮はモノの切り方と効率の良い解体の仕方だけですから、あっしも剣の道にはとんと疎いもんで」
どんなに優れた武器であろうと、振るう者の技術なしでは真価を発揮しない。
武器に限らずあらゆる道具とはそういうものであるが、それもこの度の斬り合いには無粋である。
何せ今回は試合ではなく殺し合いだ。
相手を正面から殺すのに技術や知識や経験などはアテにならない、殺しに必要なのはただ純粋な殺意のみである。
剣の打ち合いでなくそう解釈するのであれば、今目の前で行われている殺し合いは、かなり高次元のものとも言えるだろう。
「ふっ、っハァ!」
「ック……、むゥんッ!」
全身が武器であり名刀であるマキラさんの方がやや優勢か、相手に返す暇も与えず怒涛の連撃を放っている。
というか、そもそも負ける要素がない。
全身が刃、流れる血もまた刃、それに加えて不死性を持っている彼女を相手に、逆にどう勝利するというのだ。
ふらふらと飛び回って殺意を振りまいただけの妖刀とはワケが違う、彼女の長年煮詰めた殺意は、今この瞬間まで唯一人だけを捉えていたのだ。
「そこッ! もらったッ!」
結果がでるのもそれほど遅くはなく、しだいに血染桜を追い詰めていき、強烈な殺意をもってこれを制した。
妖刀血染桜はマキラの放った渾身の一撃で真っ二つに引き裂かれ、地面へと転がった。
すると血染桜を握っていた顔の無い侍も、呻き声と共に血の霧となってその姿を消した。
「よし……!」
誰が見ても明らかな勝利、いくつもの傷を負いながら遂に宿敵を葬った、その達成感と快感に思わず彼女は涙を流し、頰を小さな刃がつたっていく。
待て、何故だ。
何故目から刃が流れていく
何故、呪いが解けない?
マキラが違和感に呆然とすると同時に、突然大雨が降り出した。
風呂桶でもひっくり返したような集中豪雨が辺り一帯に襲いかかり、前も見れないほどの風が吹き付ける。
「へエ、そっちが残ったのか……」
そんな大雨の中、突如聞いたことのない声が響いた。
マキラでも大将でもエクソシスでもワイトでも血染桜のものでもない、何かの声。
怒涛の勢いの雨の中、姿も何も分かったものでは無いが、何かが、誰かがこの場にいる。
「まあ、どっちでもいいけど。それにしてもキミタチさあ、"本当に自分が鎌鼬だと思ってた"ワケかい? だとしたら、笑えない、笑えないなあ」
「うあっ……、アァッ、っガ……、ああアァアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッッッ!」
大雨と落雷の音に混ざって、マキラの叫び声が竹林に響き渡る。
酷く痛烈で、酷く悲しくて、酷く苦しそうな彼女の叫びは、一種の断末魔かのようにも聞こえた。
「どうみてもキミは刀だ。武器だ刃物だ人殺しの道具だよ。鎌鼬なワケがあるもんか」
「誰だッ!貴様何者……!マキラに何をしたッ!」
雨と風がしだいに落ち着き、マスターは声を荒げて前方に立つ影に問いかけた。
黒い外套に身を包み、色のない顔と髪を風になびかせる刀を握った若い男。
「何者、か。……フフ、ハハハハハハハハ!!ボクは……? ボクは何者だ……、フフッ、いいや!ボクがボクこそがッ!そう、ボクこそが鎌鼬ッ!妖怪鎌鼬だよッ‼︎」
男は不敵に笑みを浮かべそう応えた。
そこにマキラの姿はどこにもなく、代わりに男の握る刀から、彼女の苦しむ声だけが聞こえていた。