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痛みと不死

 寿司屋を離れ、数十メートル先の竹林。

鬱蒼とした背の高い竹と、大小様々な砂利の道、どこからも雑音が乱れ聞こえる異様な空気の中、鈴の音を頼りにワイトを探し回る。

 そうしてしばらく駆け回った後、やや開けた空間に動く黒い影を見つけて、私達はそちらへ向かって駆け出した。


 そして目に飛び込んできたのは想定以上の異様な光景、想像以上の苛烈な攻防であった。

刃と血の混ざり合う鉄の異臭、鈴の音に混ざって聞こえるのは、肉が裂かれ骨が断たれ、血の詰まった内臓が斬られる破裂音。

 微弱な結界の中で蠢く肉、飛び交う刃物に延々と斬り裂かれ続けるワイトの姿がそこにあった。


「おや、みなさんお早い到着で」


 彼女はこちらに気がつくと、普段と変わらないヘラヘラした顔と態度と口調でそう言った。

 手にした鈴は血と泥に汚れ、眩い銀色はどこへやら、赤黒く醜い塊へと変容したそれが奏でる綺麗な音は、まるで歌姫の首を絞って無理矢理歌わせているかのようなおぞましさであった。


「バカ……! お前は、なんで……!」


 不衰(おとろえず)不壊(こわれず)不老(おいず)不死(しなず)

彼女はそんな能力を備えただけの、後は取り分け褒められた所のない女の子であるが、不痛(いたまず)でない。


 痛みは、あるのだ。


 頰をつねられれば痛いし、タンスの角に小指をぶつけても痛い、腹を(えぐ)られても銃で撃たれても痛いし、燃え盛る炎で炙られても深い海の底で潰されても痛い、だがそれでも死なない、死ねないのだ。

 深い切り傷も折れた骨も潰れた臓物も流れた血も、あっという間に元どおり。


 幾億数万何千(いくおくすうまんなんぜん)もの傷を負って、幾億数万何千時間もの間生き続けた正真正銘の化け物だ。

 そんな彼女の取った行動は、あまりにも合理的で、あまりにも正しくあまりにも有効で、あまりにも優秀な最適解だった。


 だが、それでも私は今ワイトを許せない。


 一体いくつの傷を、一体いくつの時間をたった一人で持ち堪えた?

私が、たった一発で倒されたあの妖刀の攻撃を、一体何発受け続けた?


「今すぐ助ける! このバカモノめ!」

 

 アタシには、その言葉の意味がわからなかった。


 助ける? 違いますよ、助けているのはアタシの方です。

なんの役にも立たないこのアタシめが、有用かつ今回の事件を解決できるであろう力を持った方々のお手伝いが出来ているのですから。

ご心配なく、アタシはほら、ご覧の通り死にませんから。

これが今アタシのできる精一杯、最適最良の判断であり行動であり、与えられた使命なのだ。


「……っく、すまない……!」

 

 ああほら、マキラさんまでそんな顔をしないでください。

そりゃマキラさんも不死でしょうけど、アタシは何年この身体で過ごしてきたと思ってるんです?

 大丈夫ですよ、ほら傷一つありません。

そんなことより随分とまたお美しくなられましたね、肌艶というか刀身の滑らかさというか、あ、もしかして髪切った?


「うぅあああああああああああッ‼︎」 


 すると、突然マスターは叫び声をあげて、剣撃激しく降り注ぐ結界の中へと飛び込み、アタシを抱きかかえて地面に転がった。

そして迫る妖刀から逃れると、すぐさま結界を素早く閉じた。

 より強固になった結界に閉じ込められた妖刀は暴れ狂い、縦横無尽に飛び回っていた。


「マスター……? なんで……?」

「この、このバカが! 無茶なことしやがって! こんな、こんな……! "陰陽師の鈴"なんか握って……!一人で……!」


 マスターは泣きながら怒り、アタシの襟を掴むと地面に押し倒した。

その背にはあの一瞬、僅かばかり斬られたような傷があり、流血こそないものの衣服はボロボロになっていた。


「お前は死なない、死ねないかもしれないけど、それが何だ! 死なないからといって、だからといって! 傷だらけのお前を見るのが、お前が傷つくのは私がイヤなんだ! お前は私を何年見てきた! いい加減分かれ!そのぐらいのこと‼︎」


 そう激しくアタシを叱りつけると、その後は言葉を出さず涙を流しはじめた。

ぽた、ぽたとアタシの顔に温かな感触が伝わって、それがすぐに冷たくなってくると、アタシの胸の奥はじくじくと痛み出し、気がつけばアタシの頰には一筋涙が伝っていた。


 ああ、そうか。マスターもそう思うのか。


 刀傷なんて忘れてしまうほどの、張り裂けそうな胸の痛みにアタシは涙を流した。

 そうか、これか。これが貴女の生涯だったのか。

献身的自己犠牲、あたかも自分の身を人をシアワセにする素材であるかのように切り売りして、自分の身体を人をシアワセにする道具であるかのように酷使して、そうしてシアワセにしてきた人々に不要と棄てられた貴女がやっていたことは、こんなにも純粋だったのか。


 ただただ大切な人のために頑張って力になりたい、ただそれだけの思いだったんだ。


 かつてエクソシスに仕えていた魔物達は、あまりに自分のことを使い捨てるマスターをいつも心配していた。

 本当にそれでシアワセか? 人々のシアワセばかりを願って、貴女のシアワセを願ってくれるものは誰も居ないのか? と。

だったらせめて、せめてアタシだけでもと、アタシは人類なんかよりもマスター個人のシアワセを願っていた。

 ……ハズなのに、それなのにこのザマだ。何をやっているんだアタシは。

マスターに一番やって欲しくないことを自分でやって、一番傷つけたくないマスターを傷つけて、それでアタシの願いは人類よりマスターのシアワセだなどと、笑わせるな雑魚魔物が。


「ごべ、ごめんなざい……。ごめんなさい……」


 普段の彼女だったら決して見せないような、ただの叱られた少女のように咽び泣く顔を見て、ふと我に返った私はワイトを優しく抱きしめた。


「……まったく、こんなことを私に言わせるんじゃない、……無茶なことをするな。ありがとうワイト」

「……はい、……はい。死ぬほど痛かったです……」


 あの銀色の鈴、寿司くい姉が渡してくれた最強レベルの対魔アイテム、一体どこから入手したのか、そもそもなんであんなもの持っていたのか不明だが、この際それは置いておくとして。

 あの鈴の製作者は陰陽師だったのだ。

どちらが先に気がついていたのか、まで詳細を追求するのは不可能だが、この銀の鈴の音色を、二人は初めて妖怪と対峙した際既に聴いていた。

 ――秋月千歳、かの陰陽師が火車を沈めた時の鈴とこの鈴は、恐らく同じものである。

 妖刀血染桜は自らの種族を滅ぼした人間、特に陰陽師への怨みの塊だ。

そんなヤツが、陰陽師の用いていた鈴の音を聴き、行く手を阻もうとしたならば当然斬って棄てるだろう。


 そのことに気がついたワイトは、単身鈴を持って外へ行き、張り巡らせた結界の最も薄いところで鈴を鳴らして妖刀を待ち構えた。

 斬れども斬れども決して倒れぬ陰陽師、妖刀はワイトをそう誤認しここで立ち往生するハメになったのだ。


 自己を犠牲にし、囮となって時間を稼いだ。


 倫理観に目を瞑れば、不死の彼女としては最高のサポートである。

事実、彼女の働きは大したもので、ここまで"誰一人傷を負うことなく"、妖刀を抑え、追い詰めたのだ。


「さて、マキラ。あとは任せたぞ」

「ああ、……任された」


 ピリッと張り詰めた鋭い殺気を放ち、迅風のカマキラスは一歩前へ踏み出した。

鋭く美しく滑らかな光沢の刃の身体を持つ彼女は、表情険しく因縁の相手を睨みつける。

 妖刀が生まれ落ち、挑み探して幾星霜。

再び見る相手は、いくつもの血に汚れながら斬れ味を落とすことなく、いくつもの結界に阻まれようともまるで衰えた様子無く、ただ静かにこちらを覗くように浮遊している。


 「キサマ……、マダ、生きてイタか……」


 すると、マキラの声や姿に応じてか、血染桜を握る何者かの影がぼんやりと浮かびあがった。

 手練れの剣客、無双の剣豪。

そう表現するのに相応しい、全身血に濡れた顔の無い侍が結界越しにマキラに向かって語りかけた。

 マキラの尾から生まれ、種族全ての呪いを背負い復讐のためだけに生きる妖怪、血染桜の姿がそこにあった。


「ナゼ拒む、なゼ抗う、なぜ戦ウ。キサマは何故生きる。ナぜ我ら復讐を厭うのだ。」

「なぜ、だと? 笑わせるな血染桜。全ては貴公を葬るためだ。一度死を拒んだ私には、貴公らの魂を鎮める責務がある」

「……理解に苦しむな、否、理解するまでもなくキサマは不要だ生き損ない。ならばこちらとて都合が良い……。キサマのその魂をもって、我らが悲願を成就させよう」


 ゆらりと構える影か煙の如き復讐の鬼、それの放つ殺気は怒りと憎しみに満ち溢れ、結界の中を静かに佇んでいた。


「妖刀、血染桜。我が種族の怨念と復讐の化身よ、いざ参らん、此度の死合いはまさしく真剣勝負、待った逃げたは無しの大一番」

「――開けるぞ、マキラ。」

「……いざ、いざ覚悟召されよ鎌鼬! 貴公の死をもって我が宿願は果たされんッ!」


 マスターが一瞬結界を開くと、マキラはそこへするりと入り込んで血染桜と対峙する。

四方を結界内に覆われた真剣勝負の死合舞台、逃げるは不可能降参は不要、情け容赦躊躇無しの一体一の大勝負。


 ここに、互いの一切全てをかけた戦いの火蓋が切って落とされる。


 いざ、尋常に


 始め。

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