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復活と不穏の色

「うみゅぅ〜……、プチ復活」


 額に乗っけられた濡れた布を手に取り顔を拭いて、布団から這い出てゆっくりと立ち上がる。

すっかり傷は塞がり、激しい痛みもない。

ちょっとだけ違和感はあるものの、コレぐらいなら気にするほどでもないし、無理な動きをしなければ開くこともない。概ね復活といってもいいだろう。


「ワイト〜、ご苦労〜」


目をぱちぱちさせて、寝ぼけた声でそう言うも私の可愛い召使いの声は聞こえてこない。

 いつもならここですぐにとんできて、ギャースカ説教されるのをあしらいつつ感謝の礼をこっそり告げるのだが、ちょっと待ってみても一向に姿を表さない。


「ワイト……?」


妙な胸騒ぎがして、ざわざわと不安の影が手を伸ばし、全身をその細い指で這い回った。

何かとてつもなく嫌な予感がする。困ったことに私の予感はよく当たるのだ。今だけは、その優秀な直感が非常に腹立たしい。

 部屋を出てぱたぱたと居間へ向かうと、そこには両手で顔を覆い隠して横たわった鎌鼬の姿があった。


「もうお嫁に行けない……」


 しくしくと泣きながら延々と同じ言葉を繰り返す彼女の姿は、可哀想とかそういうことを思う以前に、若干の不気味さと恐怖を感じて、ぶっちゃけ少しひいた。

 しかしそんな情け無い姿とは相反して全身の光沢は美しく、艶めかしくも妖しく光る銀の色には思わず目を奪われ、しばらく呼吸が止まってしまうまばゆい輝きがその刃にはあった。


「む、エクソシス! よかった、目が覚めたのだな!」


 メソメソ泣いていた麗しき刃はこちらに気がつくと、すぐさま仔猫のように飛び起きて駆け寄ってきた。


「お、おう。おはよう。大将は?」

「うむ、おはよう! ヤナギバか?ヤツなら今風呂だ。……その、見ての通り色々研磨してもらったのでな、油とかで諸々汚れてしまってな」

「ああそうか、ワイトは?」

「屍の従者か? 貴公の介抱にあたっていると思ったが、姿が見えぬのか?」


 どうやらマキラもワイトの居場所は知らないらしい、この分じゃ大将も同様だろう。

連絡を入れようにも端末はどういうわけか圏外のまま動く気配も見られず、ますます嫌な胸騒ぎが胃の中に渦を巻き始め、突如として込み上げる吐き気に襲われて、私は思わず片膝をついた。


「お、おい大丈夫か? 私が言うのもなんだが、まだ不調であれば休んでいた方が……」


 うろたえるマキラをよそに目を見開いたまま深い呼吸を数度繰り返す。

額にぬるりとしたイヤな汗が吹き出して、じわりと傷口が熱を帯びて痛みだす。

 気持ちを紛らわすかのように胸をぎゅっと握りしめ、とくん、とくん、と徐々に落ち着いてくる心音を頼りに、ゆっくりと立ち上がって大きく息を吐き出した。

呼吸をゆっくりと整えて、戸惑う表情でこちらの顔を覗き込むマキラに「心配かけてすまんな」と微笑みかけた。


「オイオイ、嬢ちゃんに倒れられたらあっしも敵わねえですぜ、かなり出血してたからな、血ィ足りてねえんじゃないですかい? カツオかなんか食うかい?」


 すると頭をタオルでワシワシ拭きながら、ここまでのやり取りを見ていたのか、全裸の大将が声をかけてきた。


「わっヤナギバ! せ、せめて服着ろ!バカ!」


タオル一枚の大将を目にした途端、マキラは顔を真っ赤にして目を逸らした。

 彼女は見た目から既にお堅い印象だが、意外と純朴で可愛いところがある。

私やワイト、火車やキョンシーにもなかった女子力、いわば恥じらいというやつだ。

……ロクな知り合いが居ないな。


「お気遣い感謝だ大将、だが心配には及ばない。カツオは食べたいが、それも全て解決してからの楽しみにとっておこう」


私がそう一言告げると大将は「そうですかい」と言って着替えを始めた。

 呼吸や心音も落ち着いてきたものの、心のどこか片隅には、やはり不安な影がひたひたと付いて回る。


しゃらん――。


 すると、小さな小さな音で"鈴の転がる音"が聞こえてきた。

その鈴の音は聞き間違えるはずもない、朝ごろ寿司くい姉から譲り受けたあの鈴だ。


「まさか、ワイト……ッ!」


 嫌な予感が確信へと変わり、冷や汗が背中を流れていくのを実感する。

まさか、と疑いたい気持ちもあるが、それ以上にあのバカのやりそうなことぐらい察しがつく。



「おいエクソシス! 今の音、まさか、冗談じゃない!」


 やはりというか当然と言うべきか、マキラもみるみる顔色を悪くして私に詰め寄った。

 尋常でない私達の取り乱し様をみて、大将も何か一大事があると見て着替えを手早く済ませ、長包丁一本携え、我々は表へ出た。

 白い霧の遠くからは、鈴の音がしゃーんしゃーんと鳴り渡り、その音以外は不気味なほど静寂としていた。


「本当に、タチの悪い冗談だ。急ぐぞ! 鎌鼬!」


 少女は今まで見せたこともない、ひどく怯えた泣きそうな顔をしながら、音のなる方へと駆け出した。

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