恥辱と研磨
何故、こんなことになってしまったのだろう。
「んぅ……っ、あ、そこ……。ぅ、ぅあんっ」
何故私は今、こんなことになっているのだろう。
「はあっ……ぁっ、ダメ! 優しく、ぅんっ、……んぅ、ん」
恥辱、ではないが恥ずかしいし恥ずかしい。
それに恥ずかしくて恥ずかしく、さらには恥ずかしすぎてどうにかなってしまいそうだ。
この感情に名前を付けるならそうだな、恥ずかしい、というのはどうであろうか。
刃研ぎ、というのはそもそも砥石を固定して、角度をつけながら刃物を研磨する作業を指す。
つまり私はこの大きな砥石に跨り、抱き抱え、全身を擦り合わせるようにして研磨しなくてはならないのだ。
ましてや包丁やナイフなどの薄い刃で使う水砥石と違い、私やダガーのような分厚い刃、それも今のように錆や傷が目立つ場合は油砥石というものを使う。
簡単に言えばつぶつぶが荒く、それを油でぬるぬるさせて擦って磨くのだ。
もう一度言う、つぶつぶのぬるぬるだ。
私は今、それを全身に擦り合わせているということになる。
股を、尻を、腹を、胸を、脚を……、何が恥ずかしいって、時折私の嬌声が漏れ出てしまうことだ。
刃物にだって性感帯の一つや二つある。
あらかた磨き終えると、次はよりきめ細やかな砥石でヤナギバに直接研磨される。
油で服が汚れてしまうから、と半裸の男に全身を優しく擦られて磨かれてゆく。
彼の歳など感じさせぬ鋼の肉体には思わず目を奪われてしまい、ゴクリと静かに息を呑む。
その屈強な上腕筋の見事たるや、六つに割れた腹筋と、はち切れんばかりの大胸筋の力強さたるや、なんと素晴らしきことか。
刃物にだって性癖の一つや二つあるのだ。
現時点でヤナギバの防御力がゼロに等しく、下手に動けば彼を傷つけてしまうかもしれない。
そう思うと身動きなど一つも取れるはずもなく、完全にされるがまま流されるがままに全身を力強く擦られる。ああ、今度はさらに粒が細かくなってきた。
時おりオイルも足され、その度に私は変な声を上げて場の空気が気まずくなる。
もっと配慮してくれと言おうと試みるも、彼のまっすぐ真剣な職人の眼差しと、その"傷だらけの身体"を見ると、迂闊に声も出せず私は瞳を濡らしながら下唇を噛み締める。
あの傷は私がつけたものだ。
昨日の夜から、彼は傷だらけになりながらも私のことを助けてくれようとした。
人に触れただけで傷つけ、殺し、人に近寄るだけでバケモノと畏れられ、虐げられる。
人のことなど傷つけ苦しめることかしかできない私を抱きしめて、触れて、接して、おぶさって、綺麗だと言ってくれたのだ。
嬉しかった――。
その言葉もその行為も、誰かと一緒にごはんを食べたことすらも嬉しくて、私は戸惑いの中に喜びを隠せないでいた。
しかしそう思うと同時に、それ以上の罪悪感がべっとりと付着して拭えない。
人に触れ、傷つけ壊した過去は覆らない。
甘い夢心地をついぞ知ってしまった錆だらけの心には、長い月日をかけて黒ずんだ油の如き呪いがどうしてもこびりついて、グラグラと揺れて軋んだ音を立てるのだ。
私なんかがこんな思いをしていいものか、何人もの人を殺した醜いバケモノが、シアワセになどなっていいわけがない。
だからこそ彼のためにも、エクソシスト達のためにも、我らの種族のためにも、奴に殺された人々のためにも、そして何より自分のためにも。
私は必ず奴を葬ってみせる。今朝の言葉を借り受けるのならば、今万全の体制を整えて絶対に奴に勝てる試合をしかけてやるのだ。
そうして胸を張って、私はシアワセを掴んでやる。
だから今サンドペーパーだけはやめてほしい。
刃物にも性感帯はあるのだから。