鈴と襲撃
「よーし、大体こんなもんかな」
大将とマキラさんを残し外へと出向いたその後、アタシとマスターは今朝しかけた結界をより複雑に張り巡らせるべく、街のはずれまで来ていた。
あたかも蜘蛛の巣の如く絡み合ったそれは、妖刀が動こうものならば即座に反応し、場所を特定した後捕縛するという算段だ。
とは言っても、かなり広範囲に仕掛けて回ったので、一つずつの力はそれほど強力でもなく、話を聞いた限りの妖刀の力では即座に破られてしまうだろう。
まあ、場所特定のレーダーだと割り切ってしまえば、高性能すぎる仕上がりなワケで、やはりマスターの能力のヤバさがひしひしと伝わることだろう。
「ところで、コレどうやって妖刀だと判断してるんスか?」
「ある程度強力な妖気にだけ反応してアラートを鳴らす感じかな。仮に妖刀でなかったとしてもそれはそれで驚異だしな」
なるほど。だからアタシみたいなクソモンスターじゃ、特に反応もなくスルーできるわけですね。
クク、それでは我が真の力を解放するのはまた次の機会にしよう……、このような結界に阻まれていてはそれも仕方あるまい……、あと手もかじかんでるし、今日気圧がアレだし……、
「シッ!ワイト」
すると、マスターは自分の口元に指を当て、反対の手でアタシのことを制した。
ひぇ、声出てた?
しゃらーー……ん
しゃらーー……ん
マスターに制されたまま身動き一つとらず沈黙していると、何か小さな音が霧たった辺りに響いていた。
「……なんだ? ほんの微かに妖力を感じるが……」
「鈴……? の音……ですかね?」
複数の鈴が互いを打ち鳴らす、激しくも儚い音。
少しずつその音を増していき、いつしか眼前の霧には黒い人影がぼんやりと立っていた。
身をかがめ、声と気配を殺して潜んでいた我々は、
その姿を見た瞬間すっとんきょうな声を上げた。
「あっれ⁉︎寿司くい姉⁉︎」
そこに居たのは、見覚えのあるふわふわしたお姉さんだった。
変わらぬ黒いスーツに身を包んだ彼女は片手に鈴を握り、「あらあら〜?」と頬に手を当て目を細め、首をかしげた。
「あら〜昨日ぶり〜ぃ? こんな所まで観光ですか〜?いよいよもって物好きですねぇ〜」
「いや、それはまあその……いやそれより寿司くい姉こそなんでこんな所に⁉︎ていうかその鈴何⁉︎」
「何でも何も〜、お姉さんのお仕事場はこっちなのよぉ、この鈴は魔除け〜」
しゃんしゃん、と銀色の鈴を鳴らして寿司くい姉は問いに答えた。
「昨日から風が強いでしょぉ〜? 風が強い日には鎌鼬が風に乗ってやってくるのよぉ。よければお一つどうぞ〜ぉ」
ぎんのすず を てにいれた 。
「それじゃあ私はこれで〜。鎌鼬にはお気をつけて〜、うふふふふふ〜」
寿司くい姉は変わらぬふわふわした言動で、半ば強引に鈴の束を我々に押し付けると、そのままふわふわと手を振って霧の中へと消えていった。
「……何だか不思議な人っスよね、抜けてるようでしっかり面倒見てくれてるというか……」
「……ワイト、その不思議をもう一個追加するようで忍びないんだが、この鈴マジもんのガチもんだぞ。材質の聖銀からかけられた抗魔の術式まで、何もかもがパーフェクトな魔除けアイテムだ」
いやいやまたまたご冗談を。そんなグレートウルトラパーフェクトなスペシャリティだったら、雑魚魔物のアタシがこうしてピンピンしてるのおかしいでしょう。ワンターンでニフられますよ、と言いかけてマスターの結界に引っかからない理由を思い出した。
きっとそういうことなのだろう。ヘコむ。
「まあ、何はともあれせっかく頂いた便利グッズだ。有効に活用してどんどん強化を試みるとするか」
「そうですね。結界をより強固にできれば、マキラさんの修行の時間をより多くとれますし、なんならその場で弱体化、仕留めることすら可能かもしれませんね」
りん、と軽やかな鈴の音を転がせて、その後もマスターと共に大将の店を中心に結界を張り巡らせていく。
朝食から店を後にしてどれくらい経ったろうか、気がつけば太陽はとうに西へと傾いており、そのことを視覚で認識した途端、なんだかお腹が空いてきた。
「マスター、お腹空いてません? 空腹になると魔力も弱まりますし、一度休憩しましょうか」
アタシが一つ提案すると、隣で作業していたマスターは額の汗を腕で拭って「それもそうだな」といって手を緩めた。
その一瞬、たったその瞬間である。
突然アタシとマスターの目の前に、ぬうっと銀色の刃が音一つ立てず姿をみせ、マスターめがけて斬りかかってきたのだ。
「マスター‼︎」
刹那の静寂と戸惑いの後、アタシは声を上げて刃へ飛びかかった。
既に振るわれたその一太刀は、アタシの身体など意にも介さずスッパリ通り抜け、そのままマスターへと襲い掛かった。
「うおッ…! おおぉぉぉおおっ……‼︎」
マスターは咄嗟に身を翻し、即座に魔力を固めた防御壁で、どうにか刃を弾き飛ばして致命傷を免れた。
だが不意の一撃かつ、空腹による魔力の減少も相まって、マスターの腕からは鮮血が勢いよく飛び出していた。
弾き出された銀の刃は、ようやくといった具合で伸びてきた結界に捕らわれ、バチバチと音を立てながらもがいていた。
一つ結界を破っては次の結界に捕らわれ、また一つ破っては捕らわれと、何度も繰り返しては少しずつこちらへ近づいてくる。
「マスター! 大丈夫ですか⁉︎ マスター!」
無様にも転がった自分の下半身をくっつけ、マスターの元へと駆け寄って声をかけるも返事はなく、荒げた吐息と流れる鮮血のみがマスターの返答だった。
幸いにも一度張った結界自体はアタシが鈴を鳴らすだけでもしっかりと機能し、マスターに余計な魔力や気力や体力を使わせずに足止めをしてくれている。
慌てふためく自身の脳に喝を入れ、アタシは可能な限り冷静さを保ちつつ、マスターの腕を布で巻いて止血をし、背におぶさった。
マスターは、自分の傷を自分で治すことはできない。
何故なら普段傷を負うなどということがないからだ。
自分の傷を過去に自分で治したことはない、だから治せないのだ。
何を言っているのかわからなかったとしても、そんなことは今はどうでもいい。
マスターが負傷した今、状況をどうにかできるのはアタシしかいないのだ。
そしてアタシにできるのはせいぜい走ることぐらい、だが不死の走りを舐めるなよ?
スタミナなど、こちらは最初からゼロなのだ。
腰につけた鈴をシャンシャンと響かせながら、拠点である大将のお店目掛けて走り出した。
元より体温などあってないようなアタシだが、今回ばかりは冷や汗が止まらず、背にのしかかる熱さと比例して動悸の加速が止まることはない。
多分店に戻るまでに心臓は二回くらい破裂した。