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鎌鼬と妖刀


「さて、自己紹介も済んだ所で鎌鼬よ。キサマは何を追っている?昨日の"銀色"と、何か関係があるのか?」


 食後のお茶とお菓子を用意して、再び席に着くとマスターの方から話を切り出した。


「事情を説明すれば長くなるのだが……、概ねその通りだ。貴公の言う銀色を追って私はこの街に訪れ、昨晩の如く敗れ去った」

「あン時弾き飛ばしたあっしが言うのも何だが、その銀色ってのは何なんでぃ?見た所、刃物か何かだったみてーだが」

「……左様、奴は妖刀『血染桜(ちぞめざくら)』。この世にあってはならない禁忌であり、……私の尾だったものだ」


 マキラさんはそこまで言うと自分のお尻のやや上をさすり、悲しそうな顔を浮かべながら続けざまに昔話を語り始めた。


 そもそも鎌鼬とは鋭い爪と牙、それと尾を持つ比較的穏やかで温厚な種族であると。

旋風(つむじかぜ)に乗って素早く山を駆けては、魚や木の実を食べて暮らし、人里に近づくことなどは無いのだと。

 ところがある時、その鋭く硬い彼らの素材を求めて武士や侍、雇われた狩人に種族は乱獲をされてしまった。

古く日本の伝統とも言える刀鍛治にとって、彼らの鉄の爪や牙は大変重宝する逸品だったそうだ。


 だが、その鎌鼬から作られた刀の切れ味は素晴らしいを通り越して恐ろしいものであり、手にした者達はまるで刀に取り憑かれたかのように次々と人を斬るようになってしまった。

 そこで幕府はそれらの刀を禁忌、『妖刀』として全てを押収し、二度と妖刀が造られぬよう陰陽師を遣わして、素材となる鎌鼬という種族を根絶やしにした。


 マキラさんはその唯一の生き残りであり、欲に目のくらんだ一人の陰陽師が、彼女の尾を切り取ろうとした(すき)に、自ら尾を斬り捨てて逃げ出したのだ。

 だが事態はそれだけで済まず、残されたマキラさんの尾は加工され、一振りの妖刀となってしまった。

 それはまるで意志を持つかのように一人でに動き出すと、幕府の蔵に押収されていた妖刀全てを切り崩し、その刀達の持つ妖力全てを背負って溜め込み、種族の怨みを晴さんとすべく、血肉を求める妖魔刀血染桜と化したのだ。


 妖刀は人を怨み、武士や陰陽師の末裔を見つけては斬り裂き殺す、そのためだけに旋風(つむじかぜ)と共に各地を飛び回る。

その悪名や畏怖は元より尾の持ち主であったマキラさんに全てが寄せられ、彼女の体はいつしか悪名高き刃そのものになってしまった。


 一連の事態を重く受け止めた彼女は、これ以上の犠牲を望まない自制の刃となり、血染桜の暴走を抑えるべく長い年月辺りを奔走していたのだ。

 あの妖刀がある限りこの身は恐るべき刃となり、あの妖刀がある限りこの身が朽ちることはないのだと。


「私だけが欲を出した。死にたくない、殺されたくないと、ただ一人足掻いてしまった。種族が根絶やしにされているのを背に向け、私は一人逃げたのだ」

「……それは、仕方のないことです。生き物は死というものに直面すると、誰しもが逃げたくなるし認めたくはない、それが天命などでないのなら尚更、マキラさんは何も間違ったことはしていません……」

「ああ、そうさ。そうかもしれない、だがそうだとしても、私は彼らを見捨ててただ一人生き残った。……言わばこれは呪いだよ。私は彼ら、鎌鼬の復讐のための刃なんだ。ただ一つ残った復讐のための最後の手段、それが私という存在なんだ」


 あまりにも、悲しすぎる。

アタシはマキラさんの言葉一つ一つが悲しくて、胸がギュウッと押し潰される。

 理不尽に理不尽を重ねられ、彼女は自分の存在があらゆるものに覆い被せられながら、それなのに自己として立たされている。

 自由はない、尊重もない、生まれて生きることすら許されず、自己のためでない自分だけが生かされる。

一つとしてシアワセを得ることすら罪となり、やりたくもない殺人をひたすらに繰り返し、その度に人の死を嘆き悲しみ続ける。

そんなもの、何が楽しいことがあるのだろうか。


「自害だって何度も考えたさ、だが忌々しきこの身体は首を吊ろうとも縄は切れ、水に沈めども苦しいだけで死には至らず、高くから飛び降りようとも地を穿ち、腹を割ろうにも刃が折れる。どうやら我が種族は奴を止めるか人を殺し尽くすまで、私に死も許してはくれんらしい……」


 途中涙が交じりながらも、マキラさんはその思いの(たけ)をありのまま綴ってくれた。

事情を一通り聞いて、真っ先にアクションを起こしたのはやはりマスターだった。


「確認だが、キサマ自体には種族の無念を晴らそうとか、そういう気はないのだな?」

「さて、どうだか。私自身でもよく分からない。何せ理由がどうあれあまりに横暴だろう? 一度も人を恨んだことが無いと言えば嘘になる。」


「……だが、」と言ったところでマキラさんは拳を軽く握り、瞳から小さな刃をこぼして顔をうつむけた。

次に続く言葉の出ぬまま彼女の肩は静かに震え、まとまらぬ呼吸を少しずつ整えながら、小さく弱く震えた声で「……これ以上、私は人を殺めたくないのだ……」と言って静かに泣き始めた。


「となれば、やることは一つだな」


 その姿を見て、凛々しい顔立ちになったマスターは静かにそう告げた。


「その飛び回る妖刀、血染桜を捕まえてブッ壊せばいいってことですかね」


 アタシがそう言うと、マスターは意外そうにこちらに目を向け、黙ったまま口角を上げて頷いた。

 同じ不死として、彼女の思いとは少しだけ重なる部分がある。

逃げることが許されない苦しみというのは本当に辛いものなのだ。

それに、彼女はアタシなんかよりもずっと多くの物を抱えこみ背負わされている。

きっと心優しき彼女は、今まで何度も己の身体で人々のことを傷つけまいと、その凶器を隠し続けてきたのだろう。なんとかして力になってあげたい。


「あろうことかこの街で、刃物で人を傷つけようってのはあっし個人としても見逃せやせん。眉唾ものの話だが、首を突っ込ませてもらいますぜ。」


 すると、終始神妙な面持ちで話を聞いていた大将も目を光らせてそう言った。

 彼もまた彼で、包丁で人を喜ばせることを生業(なりわい)とした寿司職人である。

人を傷つけ苦しめる刃に対して、良くない反応を持つのも当然のことであろう。


「……かたじけない、貴公ら……、本当にありがとう……!」


 涙声交じりにマキラさんは顔を上げて呟いた。我々はそれを見て僅かながらに微笑むと、真っ先に立ち上がったのは大将だった。


「あっしにゃ妖怪らのことは良くわかりやせんが、要するにアレとお前さんは元は同じなんだろう? だったら昨日みたいに一方的にやられるんじゃあ筋が通らねえ。マキラ、お前さんにはきっと迷いがあるんだ」

「迷い……だと?私にか……?」


 大将は突然何を言い出したかと思えば彼女をツケ場まで連れて行き、包丁を一本取り出すと目の前で鮮魚を捌いてみせた。

 その手際と流れるような刃の煌めきはやはり心奪われるものがあり、その姿を見たマキラさんも口を開けて驚いていた。


「刃物のことを道具だと思うな、刃物は己の魂だ。お前さんがその妖刀とやらに劣ってるとしたら、そりゃ紛れもなく魂の強さだよ」

「刃物は……魂……」


 マキラさんは大将の言葉を受け、顔を下に向けると顎に手を当てて繰り返し呟いた。


「悠久の時を刃物の身体で過ごした鎌鼬さんよ、魚ぐらいおろせねえワケじゃあねえだろう? ちょっと見せてみろや」


 大将は一尾のブリだかハマチだかあのへんのヤツをまな板に置くと、そのままマキラさんに場所を譲って捌かせた。

マキラさんは戸惑いながらも、言われた通り己の刃物の手や腕で大将の仕上がりを見ながら魚を三枚におろしてみせた。

出来上がりは酷いと言うほどではないが、別段褒められたものでもなく、至って普通である。その差はわざわざ見比べるまでもない。


  明らかに大将の捌いたものの方が綺麗だった。


「どうでい? あっしの方が綺麗だろう?」

「いやいや、いくらなんでもそっちは熟練のプロ、こっちは見よう見まねの(まが)い物なのだ。それでは差が出て……、当……ぜ……ん」


 そこまで言いかけて、ハッと何かに気がついたのか、マキラさんは言葉を飲み込んで目を見開いた。


「そういうこった。お前さんは長いこと刃物の身体で過ごしてきたろうが、だからといって別に斬ることに馴れちゃあいねえんだ。むしろ苦手意識すらある。いくら立派な素晴らしい刃だろうと、使い方が分からないんじゃ意味はねえ」


 大将がそう言うと、ここまで大人しく佇んでいたマスターも小さく頷いた。

 同じ素材、同じ身体であろうとも、妖刀の方は人を憎み、長い年月をかけて幾度となくその凶刃(きょうじん)を振るってきた悪しき妖魔だ。

決して人を傷つけまいと、己の身体の恐ろしい斬れ味を振るわぬよう努力してきた優しい彼女とでは、その力の差は歴然だろう。


「そうか……、そうだったのか、だが……、なら奴を倒すにはどうすれば……? 私はどうすればいい……? 人を殺めないために人を殺める刃を振るうのか……? そんな、そんなことなど……」


 思いもよらぬ場所で喉元に突き立てられた真実を前に、鎌鼬は動揺を隠せないでいた。

永い年月妖刀を追い、幾つもの敗北を重ねて尚挑み続けてきたが、この戦いに勝つことなど決してできようもないとこの場で悟ってしまったのだ。


「どうするかって?そんなの簡単でい、刃物を振るって人をシアワセにしてやりゃいいんだ」


 落ち込み慌てる鎌鼬の隣で、静かに包丁を握った鎌鼬の柳葉は、そのままそう言って他の魚の切りつけを始めた。

 所作の美しさ、落ち着いた呼吸、真っ直ぐな瞳、どれもこれもが至上の素晴らしさで、鎌鼬は自身のナマクラ刃を持ってして見たら、寿司屋の板前が何を言っていたのか理解をするのに時間を要した。


「シア……ワセ……?」

「そうでい。何も刃物は人を傷つけ殺すためだけのものなんかじゃあねえ。お前さんだってきっとそうなんだろう?」


 鎌鼬がおろした切り身をとって、それをさらに一口大に切りつける。

次々と切られていくそれは、いつの間にやら豪勢な刺し盛りとなっていた。

見るも麗しいその切っつけと身の姿は、高貴なドレスの刺繍にも似た形容しがたい美しさを放っている。


「何故、どうしてだ。何故貴公はそのように刃を振るえるのだ。私にはとても……」

「なんでか、ねぇ。……あっしにもよく分かりゃあせんが、刃物には恩というか情というか、憧れがあるんでさあ」


 二人の鎌鼬は互いに思うところがあるのか、顔を合わせることなく背中だけで語り合った。


「……私にも、出来るだろうか? 貴公のような、貴公のように美しくなれるだろうか?」


一人の鎌鼬は己の刃を煌めかせて呟いた。

その刃はやはりどこか恐ろしくも麗しく、驚異的な切れ味が静かに顔を覗かせていた。


「……いや、そいつはダメだろう」


一人の鎌鼬はその問いに振り返ることなく答えた。

その声を聞いて、もう一人の鎌鼬は顔を落として口を尖らせる。


「お前さんはかの妖怪鎌鼬なんだ。たかが人間のあっしなんかよりも、もっとずっと素晴らしい腕を振るわなくっちゃ、な?」


 大将は悲しそうな顔で(うつむ)いた刃物の頭をポンと叩いてやると、歯を見せてそう言った。

 それを聞いたマキラは顔をパッとあげると、年頃の娘のように笑顔を咲かせて喜んでいた。


「嬢ちゃんら、その妖刀とやらがココに来るまで、まだ時間はあるんだろう?」


 大将はより一層表情を険しく改めると、低い声でマスターに向かって質問を一つ投げた。


「あ、ああ。もう一度様子を探りには行ってみるけど、たぶん今朝見た感じ今日一日は来れないと思う」

「そうかい。それだけありゃ十分だ。悪ぃが見回り頼むぜ。今からマキラを仕上げちまうからよ」


 大将は不敵に微笑むと、とんでもないことを言い出した。

斬り方一つもわからないこの刃物を、わずか半日で人斬りの妖刀と同じステージに昇らせると言ったのだ。


「な……!いや待て大将、さすがにそれは」

「いいや出来るさ。コイツは出来ないんじゃねぇ。ただ分かってねえだけだ。コツを教えてやりゃ絶対に出来る。……安心しやがれ魔物祓い、このあっしが言うんですぜ?」


 この世の何よりも心強い一声に押されて、マスターは何も言い返せぬまま息を吐くと笑顔を見せた。


「分かった分かった。私が野暮だった。妖刀の足止めなら任せておけ。頼りにしてるぞ、"鎌鼬"」


すると、マスターはアタシの手を引いて「行くぞ」と一言呟いた。

 その表情は穏やかで清々しい、いつになく爽やかな微笑みだった。


「……さて、じゃあ始めるかマキラ。せいぜい足掻いてみろよ?」

「覚悟は出来ている。ヤナギバ大将、勉強させていただきます」


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