大雨と後悔
それは昔々のこと、ぬるく湿った風と、灰色の味気ない空ばかりが広がっていた夏の夕方。
小さな集落は突然の大雨に見舞われて、辺り一帯は洪水の被害に襲われていた。
川は溢れ田んぼは崩れ、どこからどこまでが道なのか見誤るほどの記録的な大雨であった。
雨は嫌いだ。視界は悪いし身体は冷える。
濡れたそれを拭う術は無く、心も体も錆がつく。
雨の日は何をやっても上手くいかない。
大人しく木陰に身を屈めて、寒さに震えることしか出来ないのだ。
焦燥感や不安だけが増していく、退屈でくだらない時間、それが雨だ。
だから雨は嫌いなのだ。
木陰で一人黄昏て、ふと、勢いを増して激流と化した細い川に目を向けた。
するとどうだろう、木や石やゴミに混じって、一人の子供が流されながら足掻いているではないか。
当然足などつくようには思えない、叫び声をあげる暇もなく足掻く子を見つけた私は、何かを考えるよりも先に木陰から飛び出していた。
この雨だ。当然他の誰かが現れるだの、どうにかこの子供が流れの落ち着くまで耐え凌ぐだのは想定するべきではない。
己のことを顧みず川へと飛び込むと、そのまま流れる障害物共を切り払って押しのけて、途中流れる木や岩に何度も身体をぶつけながら、やっとの思いでその子供を抱きかかえ、死にものぐるいで岸を目指して切り抜けた。
呼吸もまとまらぬ内に、子供を川から引きずり上げた私は驚いた。
子供の身体には骨折や打撲といった外傷は無く、代わりに全身を切り刻まれたような、ズタズタの傷だらけだったのだ。
当然そこからは赤い血潮が川の水に混ざって流れ出て、私の全身を紅に染めていた。
切った、刺した、誰が?考えるまでもない、他でもない私だ。
私の腕が、身体全てが彼を引き裂きこうしたのだ。
己の刃の身体を顧みない愚かさと、余計なお節介と正義感が私と彼をこうしたのだ。
まだ腕の中に残っている、たしかなぬくもりと手応えと共に肩と腰を落とし、寒さと恐怖に震えながら、真っ赤になった両手で顔を覆ったまま、肩だけで呼吸を繰り返した。
手当をしようにも薬草を握れば切り崩れ、包帯を持てども巻くも叶わずゴミ屑と化す。
目の前でみるみる内に弱っていく子供を見ながら、自分では彼を痛めつける以外、何も出来ないという事実に恐れをなして、私はその場から逃げるように走り去った。
ああ、だから雨は嫌いだ。
何をやっても上手くいかない。
全身錆だらけになりながら、振り返ることなく走った。
どこへいくあてもなく、唸る声を雨音に掻き消されながら走り続けた。
憎い、なんとこの呪いは憎たらしく、私を蝕み傷つけるのか、
尖る心を精一杯なだめながら決意を新たにした。
絶対に、この手で呪いを葬ってやる。
そして、私はシアワセになってやるのだ。
いつまでも降り止まぬ雨は、全身に浴びた血だけは洗い流さずに、それは私の胸の奥で小さな錆となった。