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暴風と遭遇

「締めの一品は梅シソの細巻きです」


  なんやかんや色々食べて、最後にやってきたのは可愛らしいピンクの巻き寿司。

甘酸っぱい梅と香り高いシソが、酢飯と海苔と絶妙に合わさってお口の中を綺麗さっぱり通り抜ける。

まさに締めの一品。すっきり。


「いやー、食った食った!」

「いや食べましたねぇ〜、アタシ久しぶりにシアワセですよ今」

「お!さすが寿司パワー。寿司エナジーが寿司回路を巡って寿司オーラを放ってるな!」

「いぇ〜い、寿司ビー〜ム」


 多福に満ち溢れた脳みそのまま、マスターときゃっきゃしながら戯言を抜かしていたら、突如として外からものすごい轟音が鳴り響いた。


「おわ、なんだ?」

「風、猛風でさぁ。すんませんお客さん、ちょいと看板らしまってきやす」

「あ、それなら私達も手伝おう。ワイト、いくぞ」

「あ、はい」


 席を立ち上がり、手伝おうと言ったマスターの言葉を受けて、大将は一瞬だけ始末の悪そうな表情を浮かべたが、すぐに「すいやせん、助かります。ありがとうございます」と軽く頭を下げて笑みを浮かべた。


 表へ出ると辺りはとっぷり日も落ちて、ビュウビュウと吹き付ける風が暗くなった街並みに吹き荒れていた。

しかし、不思議なことにやはり白い冷たい霧は変わらずかかったままであり、まともに顔を上げて前へ進むには少々はばかれるほどの風であった。


 風に飛ばされそうなものをあらかた店の中へ運び込み、最後に植木鉢を三人で持ち上げようとした時、ガシャンガシャンと何かがぶつかり転がる音と、微かな女性の声が聞こえた。


「なんだ、今の」


 風の勢いもやや弱まり、代わりに不気味な空気が澱み始める。

不穏渦巻く空気は我々を焦燥に駆り立てて、居てもいられず大将は駆け出した。


「こっちの方から聞こえたよな!」


追って走るアタシ達に確認を取りながら、風と霧の中をくぐり抜ける。

路地を周り角を曲がり、辿り着いた場所はやや拓けた空き地だった。


「うぅ…、う……」


 そこに倒れていたのは血まみれの女性だった。

身体中を切り刻まれたような傷だらけで、そこからはドクドクと赤い血潮が染み出している。

 常人であれば一見しただけで悲鳴を上げ、パニックに陥る殺人現場のような光景にも臆することなく、板前の大将はすぐさま女性の元へ駆け寄った。


「大丈夫か!どうした!意識を失うなよ!」


顔のそばで声をかける大将、その言葉に応じてか、女性の身体が弱く震え、わずかに口元が開いた。


「近寄ら……ない……で、逃げ……ろ……」


金属がこすれるような小さな声で、女性は血と共にそう言葉を吐き出した。


「無理にしゃべるな!じっとしてろ!」


その様子を見て、厳しい口調で叱咤する大将は血まみれの女性をおぶさろうと腰に手を回した。


「おい大将!危ない!伏せろ!」


 その瞬間マスターが叫んだ。

だがその声よりも早く(ふところ)から包丁を取り出した大将は、眼前で火花を散らしながら、飛んで来た"何か"をいなし弾き飛ばしたのだ。


「……チッ」


 舌打ち交じりに切れ味鋭い眼光を向けた大将は、静かに包丁を懐にしまうと、そのまま血まみれの女性をおぶさってこちらへ歩いてきた。

 火花を散らして弾かれた何かは、銀色の光を放ちながら遠くへと飛んでいき、そのまま戻ってくることはなかった。


「とりあえず、事情は後だ!悪ィが嬢ちゃん達、運ぶの手伝ってくれ!」


 もうすでに背負っているというのに、何を手伝うことがあるのか、その疑問はふとその女性を見てすぐに吹き飛んだ。


刃物、なのだ。


その女性は刃物だったのである。

 髪の毛束も、細い腕も身に纏う服も、その流れる血潮でさえ鋭い斬れ味の光る、全身が刃で出来た女性だったのだ。

当然大将の背中はズタボロに切り裂かれ、そこからは彼の血が滴っていた。


 そんなことは意にも介さず、大将は血濡れた自身の服を脱いで女性に巻きつけると、そのまま上半身を持ち上げた。

アタシとマスターは、その刃の女性の足元の方を一緒に持ち上げてお店の裏手まで運んでいった。


デリカシーに欠ける発言だが、彼女は鉄のように重かった。

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