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お寿司屋さんとお姉さん


「なんだ、ここ」


 立ち入った街の風景を見て、アタシの口から思いもよらない言葉が飛び出た。

 閑散(かんさん)とした抜け殻のような街並みには、人はおろか猫や虫の気配すらない。

生気というものが一切感じられないのだ。

少し先も見通せないほどの白い濃霧に覆われた、やけに静かな街である。


「おーいワイトー!寿司屋あるぞ!入ろう!」


  そんな中、まったく気にしてないのか気づいてないのかバカなのか(おそらく最後のだろう)、マスターは遠くでポツリと佇むアタシに呼びかけ一つのお店を指差した。


 何とも言い難い妙な不安と違和感が心の中でもやもやと広がる中、アタシはマスターに連れられるまま店内へ足を踏み入れた。


「いらっしゃい!お二人様で?」


 店に入るなり真っ先にお店の大将と目が合い、気の良い声で案内をされた。

外の街とは打って変わり、その威勢の良い声には心なしか安心する。


「はい!二人デス!」

「そいじゃそこのカウンター席へどうぞ。何握りやしょう」


  我々が席につくと大将はポンと手を叩き、手を濡らしてニコニコと微笑みをなげかけた。


「旬のモノをおまかせで、二人分よろしく」

「お。おまかせしてくれるんで?ご予算は?」

「度外視ー、青天井〜!」

「はは、ありがとうございやす喜んで!」


 マスターと大将はさっそく意気投合気味のようである。

まあここまで羽振りの良い客はそうそう居ないだろうし、お店側が嬉しくなるのも当然か。


「あらぁこんにちは〜、外国の(かた)〜?日本語お上手ですねぇ〜」


 すると、カウンターの席に腰かけていた女性がふわふわと話しかけてきた。

店内にはこのお姉さん以外のお客さんは見当たらず、アタシらが来るまでは大将と二人きりだったのだろう。


「ハイ!ニポンのお寿司大好きデス!お姉さんもお寿司スキデスか!?」


 お寿司を前にはしゃぎ気味のマスターは、やや悪ノリをしつつお姉さんと交流を深めていた。


「あらあら〜〜?そうなの〜。お姉さんもぉ、お寿司だーい好きよぉ〜。じょーれんさんよぉ?」


 長い黒髪を後ろで束ね、すっきりと分けた前髪に、穏やかに垂れ下がった眉と目尻。

それらを誤魔化しきれない黒縁メガネと、色々ふわふわした身体のラインを引き締めるタイトスカートの黒スーツ、というコントラストがアンバランスなOL風のお姉さんである。

 はしゃぎ喚く異国の小娘相手にも、たっぷりとした余裕と優しさで接するとても人柄の良い方だ。あと乳がデカい。とにかくデカい。


「こちらのお姉さんはお寿司が好きなだけでなく、すごい詳しいんですよ、あっしでもたまに驚かされるぐれぇで。」


 鮮魚をおろしながら大将は笑みを浮かべてそう呟いた。

お姉さんはそれを聞くと嬉しそうに顔を緩め、えっへんと言わんばかりに胸を張った。


「すごいすごい!お寿司パイセンだ!寿司くい(ねえ)だ!」

「うふふ〜寿司くい姉ぇ?」


そんな感じで、あっという間に人と仲良しになるマスターはすごいなあと思いつつ、アタシは湯呑みにお茶を淹れてマスターの手元へ渡した。


「お隣行ってもよろしぃ〜?それにしてもこんな所に観光です〜〜?珍しいというかぁ、物好きですね〜」


 寿司くい姉は自分の湯呑みを持ってマスターの隣の席に座ると、ひょいとガリを一つ口に運んだ。

別に観光にきたというわけではないのだが、変なアイテムが急に光りだして流されるがままここに来た、なんて言えるはずもなく、「旅の途中でたまたま立ち寄ったんです」とそれっぽい理由を述べて誤魔化すことにした。


「あらそうなの〜。じゃあこの街のウワサもご存知じゃないのかしら〜?」

「噂……ですか? 何かあるんですか?」

「お、聞いちゃいますかい?実はこの街にはですね……、妖怪が出るんですよ」


 その話になった途端、大将は手を止めて会話に割って入ってきた。

 まさか寿司屋の板前からそんな話を切り出してくるとは思いもよらず、我々は顔を強張らせて妙な表情で背筋を伸ばす。


「なんでも『鎌鼬』が出るんだとか。釣った魚が真っ二つになってたとか、木が一本だけ綺麗に縦に裂けてただとか、家に帰って気づいたら切り傷ができてて血が滲んでた……、なんて小さな噂が広まって、気づけば随分と街も静かになったもんでさあ。」


大将はフゥと少しだけ寂しそうな声を漏らすと、すぐに頬を緩めて「あ、別に怖がらせるつもりはないんですよ」と言って笑みを浮かべ、調理の手を再開した。


 なるほど、それで街はあんなに閑散とした雰囲気だったのか。たしかに聞けば聞くほど妙な話である。

 だが、こういった妙な話というのは厄介なことに、それから妖怪が産まれてしまうこともある。

妖怪の仕業だ、と人の信じる心がうっかり妖怪を形作ってしまうのだ。


 マスターは話を聞くとやや怪訝な表情を見せるも、静かにお茶を啜ってそれ以上は特に何もしなかった。


「でもでも〜、大将はそんな街のイメージを変えるために頑張ったのよぉ〜?此処のお寿司もと〜っても美味しくて、私も大好きなの〜〜」


 妙な緊張感が漂っていた店内の雰囲気を、寿司くい姉はふわふわした口調でそれを打ち消した。

 それを受けてマスターも笑顔を浮かべ「それは楽しみだな!」といつもの調子を取り戻した。

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