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祝杯と提案


「はーい、みんなお疲れちゃーん!」

「ウェーイ!乾杯ーッ!」


 場面は転じてジョン・ドゥ亭。

祝賀会と土地神様への奉納を兼ねて、宅配寿司とお酒を用意してのどんちゃん騒ぎである。

 ちなみにマスターは法律的に飲酒禁止ではないかという話ですが、それはあくまで人の法。

一度死した者にとやかく言っても仕方ないでしょう? ジャパンの法律とは違うんです。許してね。(ちなみに姿は帰路で元に戻りました)


「ほーい、卵が焼けたきょーん。ネコ、運ぶの手伝ってきょん」

「うー」


 すると台所の方から芳醇な甘い香りが漂ってきた。

その正体は、キョン子さん謹製のだし巻き卵だ。

 超上質なカツオ節と昆布からとった、超上質な白だしがあますことなく使われた、超上質なケーキのような超だし巻き卵だ。もう匂いだけで美味しい。


「うおおおおお!テンション上がるなぁーっ!大根おろしに明太子まで!くうう!こりゃ日本酒が進むでガンス!」

「はいはーい、たっくさん焼いたから遠慮せず召し上がれっきょん」


 ドロボウ退治とか治癒とか諸々のおかげで、マスターとキョン子さんとカシャニャンはすっかり仲良しになった。

元々素質は似たようなもんだったし、当然といや当然だけど、保護者のような立場のアタシは少しほっこりした気持ちになる。


「ふゃあぁぁああっ!美味ひいぃぃ……!美味ひいぃぃよおぉおお……!」


 ほっぺがパンパンになるほどだし巻き卵を詰め込んで、トロけきった顔でマスターが悶絶している。

『美味しいモノを食べるとシアワセになる』という持論を身を以て体現しているというべきか、何だか見ているこっちもシアワセな気持ちになってくる。


 たまらずアタシも箸を伸ばしたが、これがまた美味しいんだ。

ふわふわの優しい口当たりと、抜群のインパクトを残す喉越し、口から鼻に抜ける甘い香りとお上品な風味は、その姿をシアワセに変えて身体に満ちてくる。

丹精込めて旨味を抽出された白だしは、繊細でありながら力強く、もはや一つの芸術だろう。飲む宝石と言っても過言じゃない。

そこに、ふわっふわに焼くキョン子さんの愛と技術が溶け合って、この極上のだし巻き卵は完成されているのだ。空気を閉じ込めてコゲなく焼くのがコツらしい。


「お嬢ちゃん、そういえばお店持つんだったっけ?こりゃお得意様が増えちゃったかな?」

「うんうん!もちろんもちろん!いつか店を構えたらたゆんたゆん発注かけちゃうよ!最高だよ!」


  巨乳っぽい発注の掛け方だな。

それはともかく、まだ店も無いというのに随分先の商談が決まったものだ。

でもこの出し巻きを始め、お味噌汁とか茶碗蒸しとかもお出汁は使うし、非常に心強い提携先をこの早い段階で味方につけてしまった。


「あー、そのことでミーから一個提案があるきょんけど」


 座りながらサーモンに手を伸ばしたキョン子さんは、それをおもむろに口に放り込むと指をピンと立てて案を述べた。


「そのネコ、ウチで雇わせるのはどうきょん?」

「う?」


キョン子さんが顔を向けたのは、お寿司には目もくれず、特製ニボシを齧っていたカシャニャンであった。

 思いもよらぬその提案には、本人以外みな口を開けて驚き、ほろ酔いのマスターもさすがに真顔になって「へ?」と聞き返した。


「ほら目利きってのは知識はもちろんだけど、何より経験や勘がモノを言わすきょん。直接教えてやってもいいけど、魔物祓いはこれからも旅を続けるつもりきょん?だったら、その知恵と技術をこのネコにミーが叩き込んでやるきょん。」

「いや、そりゃ願っても無いほど嬉しいけど、そんな、いいのか?」


 マスターの動揺も当然だ、だってそれはこちらにとって都合が良すぎる。

カシャニャンを鍛えるだけ鍛えて、育ちきった完成形をこちらにくれるといっているようなものだ。

普通ならそんなこと、人間関係がこじれた末に汚いお金の動きがあって解決する案件である。


「ミーはこのネコとかなりシンパシーを感じてるきょん、まあ色々世話になったし、ミー達なりのお礼みたいな? そりゃもちろんこっちで雇う間はネコにだって働いてもらうし給与も出すきょん、どう?悪い話じゃなかきょん?」


 キョン子さんはチラリとジョンさんに目配せすると、それに応じてかジョンさんもこくりと頷いた。


「えと、カシャニャン当人はどうなんだ?」


 マスターはやや躊躇いながら、だがそれでもやはり嬉しそうにカシャニャンへ問いかけた。


「う、ココん家は美味しいし、にゃーはベツにそれでいいにゃよ。でもにゃーは一応オマエとオネーサンに監視されてる身にゃけど、いいの?」


 そう、そこなのだ。

今カシャニャンが我々と行動を共にする理由と、カシャニャンの現在の存命の理由は主にそこに集約している。

例え双方が合意だとしてもそのしがらみは浴室の奥の奥の根元まで浸透s…


「あー、ちーとんの。いいよあんなん口約束だしカシャニャンいい子だし、月一で定期連絡さえくれれば大丈夫っしょ」

「そーにゃね」


いいのかよ。


「ということで商談成立きょん!ウチは現状猫の手も借りたい上に家計は火の車、雇ってみるは猫妖怪の火車!あらヤダピッタリジャストフィット!まさにこれ以上ない適正の持ち主に巡り合ったきょん!」

「うー。よろしくお願いするにゃし」


 キョン子さんとカシャニャンは互いに握手を交わしてにっこりと微笑んだ。

共に死線をくぐっただけあって、二人はすっかり仲良しさんだ。

 その後はキョン子さんとカシャニャンとLINEの交換を済ませて再び宴会再開。(LINEって誰でもやってますね。猫もやってる、現代すごい。)

ジョンさん秘蔵の、どっかの国の変なお酒もあけてやんややんやと大騒ぎ。

口の中に仄かに残るサーモンの脂の余韻と、鼻をくすぐるだし巻き卵の幸せな香りに包まれたままちゃっかり一夜を過ごしました。

 ちなみに明日は約束通りジョンさんの仕事を見学するようです。


 復活して二日目、資産数億円を稼ぎ、古い友人と再会し、土地神食らいの化け猫を蹴散らし、困っている乾物屋を救い、そして新しい友達ができた。


 思っていた通り、いや、思っていた以上のとんでもない一日だった。

ただそれでも、自身の端末に送られた「お疲れさまニャ」という猫のキャラクタースタンプを見ただけで、今日は素晴らしい一日になったのだ。

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