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死と神


「ナ、ニャ、ナンナンだァその姿は……?」


 神を喰らい神をも凌駕する力を携えた大猫は物怖じした。

その両まなこに写る圧倒的な存在を前に、いつの間にやら後ずさりしていたのだ。

 甲虫(かぶとむし)のような光沢のある黒い髪、身に纏う外套は黒煙のようにうねり、窪んだ二つの深い闇にぼんやりと光る瞳は、まるで不吉な晩の空に浮かぶ紅い月のよう。

小さな手に握られた異形の大鎌は、呼吸を繰り返すように脈動している。


「神」


 ただ二文字呟いただけなのに、周囲の木々はこの地に根を張ったことを後悔したかのようにざわめきだった。

ビリビリと肌が火で灼かれ焦げていくような、でもそれでいて骨の芯から内臓の先っちょまでが凍てついていくかのような、形容しがたい恐怖が全身を触って撫で回すのだ。

 それは生物が何よりも恐れる死という概念、神が持つ死を与える権能の具現化、人々の間で飽きるほどに語り尽くされた、


死神そのものだった。


「オイオイ、ピンチを助けにきてくれたヒーローにしちゃぁ、ちょっと禍々しすぎるんじゃないきょん……?」


 ボロボロになったキョン子さんが掠れた声で、でも少し呆れつつ笑ったような声で呟いた。


 伝説のエクソシスト、エクソシス・R・フォンティルテューレとは違う、マスターのもう一つの姿。

アタシだけが知っている不死をも殺す死の女神、名付けてエクスデスシトーー。(どやあ)

膨大な詠唱時間の割には姿を保つのに数分しか持たない上に、このマスターの姿を知るアタシが存在を補正しないとダメだし、オマケに詠唱中は無防備になるという、本来は実用範囲外の究極の付け焼き刃である。


  だがこれを、カシャニャンとキョン子さんの決死の時間稼ぎのおかげで完全詠唱で転身させることができた。

今のマスターに殺せぬものは、もはやアタシ以外に何もなし。

 例えそれが神であろうと、例え神を食らった不遜な魔物であろうと、例えそれが死んだという事実結果であろうと、だ。


 死神はコツ、コツ、と骨身に染みる足音をたてながら、見るも無残な姿になったカシャニャンの元へと近づき、手にした大鎌でその身体を切り裂いた。

 するとカシャニャンの傷はみるみると塞がっていき、そのまま意識を取り戻した彼女はパチクリと目を開けてすくっと立ち上がったのだ。


「ニャニャニャぃ!?何だ、何故だ!?そいつはワタシが確かに葬った!何をしたオマエ!何が起きたンダァ!」


 驚きの声を上げたのは真っ先に大猫の方であった。

まだ自分の身に起きたことと、今の状況が飲み込めていないのか、カシャニャンは借りてきた猫のようにあたりをキョロキョロと見渡していた。


「……"死体を殺した"。故に死者は生者へと戻ったんだ。そう声を荒げるな、神様なんだろう?」


 フゥ、と死神が冷たいため息をもらすと、気温はみるみる下がり辺りは凍えるほどに寒くなる。

 初撃を受け止めた時と同じような煽りをしたマスターはそのまま大猫の横を通りすぎ、キョン子さんとジョンさんの傷、それと意識を失ったネコたちの疲労感などに大鎌を振るい、次々と殺していった。


 どうだろう、このチートじみた反則級の応用性と活用性の広さは。

即死攻撃なんてもちろん、回復だろうがバフだろうがデバフだろうが、なんなら蘇生まで出来るのだ。

こんなクソみたいな屁理屈が通じてしまうのがこのエクスデスシトモードの恐ろしい所である。

 こんなんが「お寿司ややるー!」とか言っているんだから、アタシの気苦労がどの程度のモノであるかは察していただけることだろう。


「ハッ……!ハァ……ッ!」


 得体の知れぬ、感じたこともない歪んだ恐怖に足元をすくわれた哀れな大猫は、身動き一つ取れないまま身震いだけして息を荒げた。

 死神は踵を返し、コツ、コツ、とゆっくりと歩き出して化け猫の前に立つと、そのまま冬の寒い早朝の水たまりのように、結界を粉々に蹴り破った。


「ハァアァ……ッ、アアアァァァ……!」


 いよいよもって追い詰められ、余裕の無くなった大猫はその場にへたり込み、顔面を歪ませ目や鼻から汁を垂れ流したまま恐怖に溺れた。


「……許し、許してくレ……!ワタシが悪かった、もう二度と近づかない……!ここから離れるから、だから、ダカラ」


 命乞いをする大猫の眼前に死神は立ち、そのまま手をかざすと大猫から何かを抜き取った。

きらきらと淡い光を放つ、狐色の朝霧のような塊である。

それは死神の手元から離れると、ふわりと宙へと舞っていき、あたたかな光を放ちながら夜空の星に溶け込むように消えていった。

 この場に居る誰もがその光景を見ただけで、説明を受けずとも察した。

今消えていった光の霧がいわゆる神の力、土地神の魂というヤツなのだろう――、と。


「アアアアァァ……、アアッ、……!」


  姿外見だけでなく、気配や何やらまで萎んだように感じる大猫からは、もはや力だとか畏れだとかそういうものは一切感じなくなった。

ただただ哀れな姿だけが残り、その無様な容貌はもはや直視すらできない。


「……わかったよ。わかったわかった私は赦そう。命までは取らない」


 その猫を見て、自分の頭を乱雑に掻きむしったマスター・オブ・デス・ザ・ゴッデスは、ため息交じりに背中を向けると、大猫に何かする様子もなくゆっくりと我々の元へ歩み寄ってきた。


「本当か、本当なんだニャ……!?見過ごしてくれルンだな……?」


  返ってくる答えが予想外だったのか、大猫は嬉しそうな顔を向けて確認をとった。

マスターは背を向けたまま、何か返事をするワケでもなくヒラヒラと手だけを振っていた。


「ところでオカミさん、知ってるかにゃ?石とかコインを握るとパンチの威力が上がるらしいにゃ」

「ヘェ、良いこと聞いたきょん。じゃあお礼に一番拳を叩き込みやすい角度っつーのを教えてあげるきょん」


  マスターこそこっちに戻ってきたものの、代わりにと言わんばかりに、ズンズンと二人の女子が大猫へ向かって歩き始めた。

 分かりやすい語尾からお察しの通り、完全回復したカシャニャンとキョン子さんである。

何か物騒なことを言いながら、彼女らは気の合う女子大学生のように声を弾ませて目標に向かっていった。


「オイ……?ニャんだよ、ニャに、ニャにするつもり、オイ、こっち、なんでこっちクルんだよォォオ!!」


 そんな彼女らを見て、一時の安寧を得ていた大猫は砕けた腰とすくみきった足を震わせながら声を荒げた。


「あ、掛け声とか決めるにゃ?」

「んー、せーのって言うから後は各々の気持ちでいいんじゃなかきょん?」

「う。じゃーそうするにゃ」


 しかし彼女らの耳には全く届いていないのか、完全にスルー、ガン無視である。

両者共地獄耳だから聞こえていないわけではないだろうけど、たぶんもっと強い感情に行動が支配されてしまっているのだろう。


「……オ、オッオイィ!許してくれンジャあなかったのかよ!止めろ!止め、助けてくれェッ!」

「えー……、"私は"赦すって言ったけどなあ。おいどうするワイト?止めてくれってよ」

「えー、イヤですよ勘弁してください。だって今の彼女ら止めようものなら『死にそう』じゃないですかー」


 アタシやマスターには、もはや化け猫に同情してやるだけの心の容量など残っていない。

己の蒔いた種が芽生えて咲いた結果がコレだ。


 咲いた花など愛でるだけで充分でしょう?


「せ〜の……!」

「待て!ァ!許してくれ、やめ、ヤメロオオォォ!何でもする!何でもするから、やめめめ……!」


 「死ぃぃねええええええあああぁぁっ!」

 「死ぃぃねええええええあああぁぁっ!」


 ゴギャン、と聞いたこともない痛快な打撃音を放ち、大猫は衛生ロケットのように真っ直ぐ夜空へ飛んでいくと、そのまま夏のお星様になった。

 息ぴったりでバケネコの顎をブン殴った二人は爽快な表情を浮かべハイタッチをすると、こちらに向かっててちてちと小走りに戻ってきた。


 「よし、一件落着だな。帰るか。」


 禍々しい姿のまま、あっさりとマスターは腰に手を当てそういった。


結局、ドロボウには特に何も気の利いた声をかけてやることはできなかった。


ご愁傷様でした。

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