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妖術師マリウスの怪奇なる事件簿  作者: キロール
地下神殿より
3/3

地下遺跡

 11月も中旬に差し掛かる頃に私たちは王都に辿り付いた。

 日もまだ高く王へと謁見してから遺跡に向かう段取りを私は考えていたのだが

 なんとマリウス殿は、王への謁見どころか王城に入れてもらう事すら許されなかった。

 その酷い待遇に怒るでもなくマリウス殿は遺跡行きを望まれたので、すぐさま地下遺跡へと向かう事になった。

 王国のあまりの対応に恐縮する私に、フォルカー殿らしいとマリウス殿は笑った。

 如何にも、宮廷魔術師のフォルカー様とは同門の関係ではあるようだが、その仲は良くないようだ。

 それにしても、力を借りるべき相手にこの様な対応をしていたのでは、国の行く末は暗いのでは無いか。


 地下遺跡までの道のりは、馬やロバの足であれば日が出ているうちに付く。

 軽く様子を伺い、用意を整えてから本格的な調査を行う事と決めて、私たちは遺跡へと向かった。

 私自身、何度か兄を探す為に地下遺跡に赴きはしており、マリウス殿をある階層までは案内できると言う自負があった。

 だが、地下遺跡の変異は想像以上に進んでいるようで、遺跡の入り口には兵士の一団が怯えながら警護している。

 彼等に声を掛けて、急ごしらえの柵を開いてもらえば遺跡へとマリウス殿を誘う。

 兵士達は何か物言いたげな様子であったが、時間も無いので急ぎ中へと入っていく。


 遺跡の中は、以前に足を踏み入れた時よりも、一層薄気味悪い空気を感じた。

 11月の外の空気より、地下遺跡のほうが空気が暖かいのは分るが、如何にも滑るような不快さを感じるのはどう言う訳か。

 それに、第三階層までは要所要所に灯りを設えて居た筈なのに、中は第一階層から暗い。

 私が訝しみながらマリウス殿に声を掛けた。


「申し訳ありません、マリウス殿。何が在ったのか分らないのですが、灯りが消されているようです。」

「見るべきではない物を見てしまったのだろう。地下からにじり寄る狂気の先触れか、そのものを。」


 マリウス殿の重々しい言葉に、私は思わず息をのむ。

 この遺跡の空気は、確かに何かが出てきそうだ。

 私は幼い頃、母から聞かされたアーカニアに伝わる魔女の伝説を思い出していた。

 知らずに身を震わせ、祖霊に対して祈りの言葉をつぶやいていた私を見やり、マリウス殿は小首を傾げた。


「アンハイサー殿は女神の信徒ではないのか?」


 私は突然の問いかけが何故なされたのか一瞬分からなかった。

 そして、自身の行いに気が付いて、羞恥に顔を伏せながら言い訳じみた言葉を告げた。


「女神ルバ=シスアは、無論信仰しておりますが、我が家は未だに祖霊に対する想いが強く……。」

「私は女神の異端審問官では無いので、気にする必要は無い。しかし、ルバ=シアス信仰も言うほど浸透していないようだ。」


 そう可笑しげに笑うマリウス殿の表情は、地下遺跡の薄闇の中ではいま一つ判別し難かった。

 女神信仰が国の国教の制定されたのは、20年は前のことだ。

 それまで王国が国教を制定してこなかったのは、多様な文化の尊重にあったと聞く。

 それが、現王が即位された際に、富国強兵を推進するため国教制定の命令を出された。

 結果、女神ルバ=シアス信仰を国教と定められたが、マリウス殿が言うように唯一の信仰とはなり得ていない。

 しかしながら、国教制定の際に女神信仰を後押ししたのはフォルカー様であったと聞く。此処からも二人の仲の悪さが垣間見えた気がした。


「貴族は今の礎を築いた祖霊を、農民は豊穣の神を、商人は商いの神を。それぞれ崇めるのが筋と言うものだ。上から信仰を押し付けるものでは無い。」

「……。」


 マリウス殿が妖術師として、遠ざけられている意味が分ってきた。

 力ある存在だからこそ、遠ざけておきたい訳も。

 今の王国の政治に否定的な部分を多々持っているのだ。

 私がどう返答したら良いのかと悩んでいる間に、マリウス殿は何やら呪文を唱えると小さな灯りを呼び出した。

 ぼんやりと浮かび上がる手掘りの洞窟の壁を見やって、私は一度首を左右に振れば、余計な考えを締め出した。

 軽く潜るとは言え、ここでは何が起きるか分らない。

 意識を集中せねば、マリウス殿を守るどころか自身も危ない。

 思考を切り替えたらしい私を見やり、マリウス殿は微かに笑みを浮かべたが、何かを言う事は無く、先に進もうと動作で示した。


 第一階層は、次の階層に続く階段までは一本道なため迷う事は無かった。

 然程長くも無い道を進めば、程なくして第二階層に続く階段にたどり着く。

 ふわりと浮かぶ灯りが階段を照らした際に、異様な物が階段にこびり着いているのが見えた。

 七色に光る何者かが這った様な跡。

 そして、微かに臭うのは…墓場の臭いに似ていた。


「既に、彼等は第一階層まで出入りしているようだ。」


 気をつけて進もうと告げながら、マリウス殿が灯りを天井の方へと浮かべれば、目を疑うような光景が広がってた。

 びっしりと、鬩ぎ合うように、不定形の泥のような生物が蠢いていた。

 光が当たれば七色に光る泥のような生物から、まだ真新しい人間やその他の魔物の手足が突き出ていた。

 私は、その光景を見て悲鳴を上げることすらできずに、数歩知らぬ内に下がってしまった。

 ドンッと壁に背を打ち付けて、初めて自分が下った事に気づいた。

 壁にぶつかった音に反応してか、テラテラと滑り輝く異様な生物達は、目も耳もないのに明らかな敵意を私に向けてきた。

 蠢きながら天井を進み私に迫ろうという生物達を、マリウス殿は見上げて。


「ただの先触れだ。地下の迷宮には多く居ると言うスライムが星々の海より来る力により変容した姿に過ぎない。」


 そう告げて、マリウス殿は右手を掲げて何やら呪文を唱えると、炎が右手に生まれ、渦を巻き燃え盛り始めた。

 その渦を伴なう発火現象は十秒も続かなかったと思われたが、天井にへばり付く者達にはそれで十分だったようだ。

 焼かれて力を失い床に落ちていく最中に、炎に巻かれて消滅していく。

 その光景が、私にはマリウス殿が神聖な浄化の炎を用いて不浄を焼き尽くしたようにも見えた。

 後日、その意見を告げたときには、マリウス殿に大笑いをされたのだが。


「手記を読んだだけでは判断できなかったが、星々の海より来る力その物が存在している訳でもなさそうだ。今少し潜ってみればその辺もはっきりするのだが……。」


 私の側へとマリウス殿は戻り、伺うように告げた。

 言わんとする所は、私が大丈夫かどうかと言う事だろう。


「も、勿論、潜りましょう!」


 勢い良く告げた心算だったが、声が些か震えていることに気付いた。

 当然、マリウス殿も気付いている筈だが、その事に対する指摘は無く、一度考えるように小首を傾げてから頷かれた。

 そして、私たちは第二階層へと足を踏み入れた。

 そこは、既に恐るべき世界が広がっている魔境だった。


 第二階層は既に兄が記した幾何学模様が、壁に浮かび上がっていた。

 脈動するように七色の光が、強く、弱く灯る中を進んで行く。

 私は、何故先ほど引き返さなかったのかを後悔し始めていた。

 光が脈動するたびに、私の呼吸は荒くなり、じっとりとした汗が吹き出てくる。

 終いには、歩く度に目眩を感じるまでに体調が悪化していた。

 前を行くマリウス殿は何ら変わりない様子なのに。

 私の自尊心が、その様子に鼓舞の言葉を思い起こさせる。


 私は幼年より剣の研鑽に明け暮れてきた。

 今となっては、男の騎士や従者にひけはとらない。

 だから、王族の傍で仕える第一騎士団に所属出来たのだ。

 如何に妖術師と言えども、鍛えていない者に後れをとる等……。

 私は一度立ち止まり、目を瞑り呼吸を整える。

 少し立ちくらみを起こして、私は慌てて身を支えるべく脇の壁に左手を添えた。

 途端に感じる、ずぶずぶと左手が沈んでいく感触。

 はっとして、目を開けた私の視界に飛び込んで来たのは、ズブズブと左手が手首まで幾何学模様が浮かぶ壁に沈んでいく所だった。

 一瞬、意味が分らず、逃げる事も、悲鳴を上げることもできなかったが、更なる物を見て漸く悲鳴をあげる事が出来た。

 壁のように擬態している其れが、私を引き込もうと壁の一部を隆起して、液状の蛇の如く、私の二の腕をまでを絡めとっていた。

 悲鳴を上げながら、私は暴れ、もがいたが最早囚われた腕は動かなかった。

 手首から先の感触が消えている事にも気づけば、このままでは取り込まれると絶望し、泣き叫んだ。


 気が付いた時には、私は囚われた筈の左手を右手で抱きかかえて、床に座り込み泣いていた。

 壁に浮かぶ幾何学模様は消え去り、マリウス殿が呼び出した光だけが周囲を照らしている。

 この地下の遺跡は、今となっては敵意と狂気しか感じられない。

 私は、恥も外聞もなく、泣きじゃくりながら此処から出たいと側に居る筈の彼に告げた。

 だが、答えは返らなかった。

 私は、幼子のように……思い返すと非常に恥ずかしいのだが……マリウス殿の名を呼ばわり、周囲を忙しなく見渡した。

 それと同時に、大地が大きく震えだした。

 敵意や悪意、狂気が形となって見える様な心地になるほどの異様な気配の後に、声にならない断末魔の叫びで空気が更に震えた。

 声として聞こえた訳ではなかったが、私はそれを断末魔の叫びとして認識していた。

 そして、先程まで感じていた厭な空気が薄らいだ事に気付いた。


 不安と期待が入り混じり、未だに震えて動けずに居た私の元に、近づいてくる足音があった。

 そちらを凝視していると、待ち望んでいた人物が顔を見せた。


「マ、マリウス殿……!」

「アンハイサー殿、怖がらせてしまったようだが、その魔法円を出なければ大丈夫だ。それに、貴方に危害を加えた壁のアレはこの世を去った。」


 そう言って笑って見せた妖術師の顔は、私に安堵をもたらすと共に、全てが解決した訳では無い事をも知らしめて居た。

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