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妖術師マリウスの怪奇なる事件簿  作者: キロール
地下神殿より
2/3

王都への道行き

 王都を出てから一週間ほどの道のりは、不安が胸中で一杯になっていた。

 兄があの地下遺跡で消息を断ってからは、家族皆に不安と悲しみが付いて回っていたけれど、今はそれらとはまた別種の不安が湧き起こってくる。

 曇天の空を切り裂くように聳えるあの塔に住まう妖術師を説得して、王都に連れて行かねばならないのだから。

 曰くありげな噂を幾つも語られる妖術師と一対一で対面しなくてはならないのは、やはり不安だし緊張する。

 しかし、この仕事をきちんとこなさないと色々と問題が生じてしまうのだからやりきるしかない。

 僅かに震える指先に力を込めて、馬の手綱を確りと握った。


 一体どんな石材を使っているのか分らない黒々とした塔に到着すれば、その高さに威圧されるばかり。

 こんな塔に住まう妖術師ってどんな人物なのか、考えれば考えるほどに悪い方向に考えが向かってしまう。

 一体、何が通る事を想定しているのか分らない大きな扉にあるドアノッカーを叩けば、程なくして覗き窓ががしゃんと音を立てて開いた。

 其処から顔を出したのは、小さな蛇だった。

「何用か?」

 少し甲高く、子供のような声で鋭く問われると、私は思わず緊張してしまいしどろもどろに用向きを伝えた。

 その様子を蛇はじっと見ていたが、僅かな間の後に主に伝えるといって顔を引っ込めた。

 呆れられてしまったかも知れないと情けなく思え、俯いて待っていると然程の時間をおかずに扉が開いた。

 そして、扉の向こうには翼が生えた小さな蛇が、私の顔の高さで滞空して待っていた。


 その蛇に誘われて、塔の内壁に沿って設えられた螺旋階段を上っていくと妖術師の部屋があると言う。

 吹きさらしの窓から吹き抜ける冷たい風に揺られ、塔内を照らす灯りが揺れる。

 一歩一歩階段を踏みしめるたびに不安ばかりが募る。

 妖術師マリウスに関する噂の中で、最も有名な物の一つに女嫌いがある。

 世情に疎い私でも知っている噂だ、だから、妖術師の手を借りると決まった時でも、まさか私が伝令役を仰せつかるとは考えて居なかった。

 不安を押し殺しながら、蛇の案内に従い階段を上りきれば、妖術師の居室にたどり着いた。

 そして、居室に辿り付いた私が見たものは、聞いている年齢や逸話から想像していた厳しい初老の男ではなく、フード付きのローブを羽織った30前後の若い男だった。


「マリウス様、アーカニア王国よりの使者でございます。」

「分った、お前は下るが良い。」


 手短な遣り取りに、一瞬抜けかけた緊張が蘇る。

 見目若く見えても、相手は恐るべき妖術師なのだから。 

 その妖術師は鋭い双眸を細めさせて、小首を傾いで問いかけて来た。

「さて、王国がこの妖術師に如何なる御用時で?」

 慇懃な物言いだが、微かな敵意を感じて、私は思わず身震いした。

 震えを悟られぬように身を硬くして、大事に懐にしまっていた羊皮紙を取り出した。


「まずはこの手記をお読みください。それを読んで頂ければご理解いただけるものと。」


 手渡す際に、微かに指先が震えたけれど、バレていないと良いのだが。

 そして、マリウス殿は羊皮紙を広げて、視線を走らせる。


 程なくして、手記を読み終えれば、彼は思いのほか素直に王都までの同行を承諾してくれた。

 その際の遣り取りは些か気恥ずかしい遣り取りが在ったのだけれど……。

 妖術師と会話する際は、胸元の釦を外せという宮廷魔術師のフォルカー殿に指示されていたのだが、危うく不況を買う所だったし、誤解される所だった。

 如何に任務とは言えそんな誤解は真っ平だ。

 不況を買ったのではと思った瞬間には、石にされたり、殺されたりするのかと恐れたのだがマリウス殿は、視線を伏せ平静を取り戻して不問に付してくれた。

 案外噂は当てにならないのかもしれない。

 少なくとも、直ぐにこれだから女はとか蔑んだり、人の体に不躾な視線を投げかけたりするような輩よりは、遥かに理性的に思われた。


 ローブの上からマントを羽織り、腰に奇妙な形の剣を下げてるマリウス殿は、老いたロバに跨り、私の愛馬と併走している。

 正直、この老いたロバが王都までの道のりを耐えうるのかと不安を覚えたが、直ぐに杞憂である事が分かった。

 ロバの健脚は、私の愛馬すら凌駕しそうだ。

 このロバも使い魔と言う物なのかもしれない。

 

 王都への道すがら、私はマリウス殿に手記を書いたのが兄である事、どのようにこの手記を王国が入手したのかの説明を始めた。

 兄による手記と思われるこの羊皮紙が、王宮に投げ込まれるという事件が起きたのは10月も始めの頃。

 討伐隊のメンバーは全滅した事は確定的だったのに、大規模な崩落で三階層から下には行けなくなり、状況が何一つ分っていなかった。

 だから、どんな形であれ、情報が齎されたのは上層部には朗報に思えた様だ。

 本来ならば、内容が内容であり私たち家族に知らされる事はなかった筈だが、筆跡を見定める為に兄の代わりに騎士となった私が呼ばれ、この手記を見せられた。

 正直に言えば、非常に複雑な感情を抱いたのを覚えている。

 この手記を誰か届けたのか? 兄が生きていて届けたのかと言う希望と、第六階層なんて足に踏み入れていたら帰ってこれる筈もないと言う絶望が綯い交ぜになった感情が胸の中で暴れていた。


 上層部にしてみれば、兄であろうと別の者であろうと、生存者が居るのならば情報を得られるチャンスだから、懸命に手記を持ち帰った者を探した。

 勿論、私も家族も懸命に探した。

 それは、討伐隊に参加した者達の家族は全てそうだった。

 もしかしたら、自分たちの家族が生き残ったのかも知れないという希望が生まれたのだから。

 しかし、約一ヶ月もの間、如何に探そうとも地下遺跡からの生存者は見つからなかった。

 ただ、その捜索の過程で6月のあの日に崩落して下に続く階段が塞がれていた地下遺跡に異変が生じている事が分かった。

 手記に記されているような、虹色の光を放つ幾何学模様がゆっくりと第三階層に広がっていると言う事実が。

 そこで急遽、傍らで静かに話を聞いている妖術師に出張ってもらう事が決まったのだ。


 軍馬に引けを取らない所か、それ以上の働きを時折見せるロバに跨る妖術師マリウス。

 私が知る噂は仄暗い物ばかりだった。

 曰く、死を弄び死者の魂を使役する。

 曰く、地獄の王達と契約を交して、多くの悪鬼を従えている。

 曰く、凡そこの世界の者が見聞きした事が無い恐ろしい世界を知り、邪悪なる神々の存在を知る等々。

 どこそこの村に疫病を流行らせた、今期の麦の不作はこの妖術師が呪っているからだ、等と根拠すらない噂まで飛び交っている。

 だが、私の所感としては、彼は私の周りに居る者達から比べても、理性的で落ち着いた雰囲気のある男だった。

 王都までの道すがらで、その性格が露わになっていくにつれて、私は彼に対する評価が否応なしに高まっていくのを感じた。


 例えば、ある村で一夜を明かす事になった際、村人達は私が騎士であると知ると途端に態度を硬化させ、邪険にあしらわれる様になった。

 私は年も若く経験も浅い為、何故そんな扱いを受けたのか分らずにいた。

 如何やら貴族の小娘がやって来たと思われたようだとマリウス殿は静かに告げた。

 そして、麦の不作ではあったが、収税官に税は毟り取られた後のようだととも、囁いて教えてくれた。

 国の根幹を賄う為の税ではあるが、不作時ならば其処まで重い税は掛けない筈だと、思わず声を上げたところ、村人達が一斉に此方を向いた。

 しまったと思う間もなく、村の男たちが怒りの表情で口を開きかけた瞬間。


「それは、収税官が悪さをして居るからだ。人に憎まれる仕事を何故やるか? 其処に旨みが在るからだ。」

「マリウス殿?!」


 村人の毒気を抜く為にか、収税官に罪を擦り付けるかのような言葉に、思わず咎めるように彼の名を呼ばわる。

 途端、ざわめきが起きる。


「マリウス?」「妖術師……」


 宮廷魔術師フォルカーを知らずとも、妖術師マリウスを知らぬ者は王国には居ない。

 父や兄がそう話していた言葉が事実である事がまざまざと示された。

 思わず名を告げてしまった私に、鋭い双眸で一瞥したが、それ以上は何も言わずマリウス殿は片手を挙げて。


「私はマリウスである、私にも連れの者にも手を出さずに捨て置け。手を出せば、私に仕える者達が夜に大嵐を伴ない現れるぞ。」


 等と静かに告げた。

 途端、村人達の顔に浮かぶ恐れ。

 怒鳴ろうとしていた男たちも、途端に愛想笑いを浮かべて私たちから離れていく。

 子供を連れた母親は急ぎ、自身の家に逃げ込んでいく。


「みだりに私の名前を人前では呼ばぬように。特に、農村部では。」

「申し訳ありません。」


 私が肩を落として謝罪の言葉を告げれば、彼は柔らかく笑い首を左右に振った。

 そして、僅かに視線を伏せてロバの上で小さく呟いた。


「知ってしまった以上は、手を尽くさないとな。」


 その言葉の意味は程なく知れる事になった。

 彼の名は勿論、収税官にも伝わっていた。

 その収税官の元まで足を伸ばし、幾つか言葉を交せば収税官は素直の自分の罪を認めた。

 そして、余分に税として徴収した作物を返還させる事に成功したのだ。

 勿論、それが己の知れ渡った悪名を巧みに利用した結果に過ぎずとも、その行い自体は善であるように思えた。

 村人達も、諦めていた作物が戻って来た事に驚いてたが、それでも彼に直接礼を言うものはなかった。

 私が憤れば、マリウス殿はその様子に一瞥を向けた後に、視線を伏せて。

 そして、少しばかりはにかんだように笑って告げたのだ。


「私の行いに評価をくれたのか。ありがとう、アンハイサー殿。」


 やはり、噂は結構当てにならない物らしい。


 そんな遣り取りを交しながら、私たちは漸く王都に辿り付いた。

 そして、あの忌まわしい地下遺跡を探索する事になったのだ。

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