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妖術師マリウスの怪奇なる事件簿  作者: キロール
地下神殿より
1/3

手記から始まる神話探求

 王国暦815年7月某日、アーカニア王国第三騎士団員である私カール・アンハイサーが記す。

 本来ならば生きて戻り、偉大なる我が王に全てを報告せねばならぬ身だが、それは叶わぬ夢と消えた事を自覚せずには居られない異様な状況下にある。

 新たに編成されるであろう討伐隊の手に、この手記が渡る事を願い記す。


 私は第三騎士団を主体として編成された『深淵の魔術師』討伐隊の一員である。

 今更、記すまでも無いが3年前に王都郊外に突如現れた地下遺跡の主を討伐する為に編成された部隊であった。

 過去形として語らねばならぬのは、既に私を除き皆死亡している為だ。いや、一部の幸運の持ち主はまだ生きているかも知れないが。

 ここで一体何が起きたのか、順を追って記したい。


 地下遺跡が現れた当初は、主に冒険者が捜索の主役であった事は記憶に新しい。

 それから三年の間に、地下遺跡の主を倒したとする報告は何度かなされていた。

 冒険者の中でも人望も実力もある者達からの報告ではあったが、生憎と『深淵の魔術師』がその活動を停止した事は無かった。

 当初は虚偽の報告がなされたと考えられていたが、如何も本当に彼等は『深淵の魔術師』を討伐しているらしい事が分かった。

 そこで、我々は『深淵の魔術師』は死を何度も乗り越えて現れてくると仮定した。

 死すら乗り越える恐るべき魔術師に、如何に立ち向かうのか答えが出ぬままに、地下遺跡が現れてから3年の月日が流れた。


 業を煮やした王は、遂には騎士団より討伐隊を編成し打って出る事を命じたのだ。

 その栄えある第一陣であった我々は、先日地下遺跡に足を踏み入れた。

 冒険者達の報告通り第一階層は無機質で単調な造りであった。

 自然に出来た洞穴よりは、整備されていると言った程度のものだ。

 程なくして第二階層、第三階層と降りていくが、その様子は特に変わらなかった。

 巣食う魔物とて、地上でも戦った事がある低級なものばかりだ。

 当初の緊張感とは裏腹な幾分、弛緩した空気が隊内に流れたことを覚えている。

 そう、討伐隊は順調に行軍していた。第四階層に足を踏み入れるまでは。


 第四階層に足を踏み入れた我々を出迎えたのは、半人半蛇の忌まわしきラミアであった。

 正確にはその死骸であったが。

 女の上半身を持つ魔物は、旅人を誘惑し食らうことで知られている。

 だが、この地下遺跡では餌にあり付けなかったのか、だらしなくうつ伏せに倒れていた。

 当初は寝ているのかと思われたが、ラミアは蛇の体でとぐろを巻いて眠る事は知られていたので、そうでは無い事が判明した。

 もっと詳しく調べようとラミアの上半身を仰向けに変えた。

 そして、私たちはこの地下遺跡の悪意を突きつけられた。


 ラミアの女の顔に浮かぶその恐怖の表情は、今までの隊内の空気を払拭するには十分すぎるほどに凄まじかった。

 美しく整った顔立ちは、今にも絶叫を放つのでは無いかと思われるほど歪んでおり、見開かれた双眸からは血涙が流れ落ちた痕がはっきりと残っていた。

 旅人を食らうはずの牙は砕けており、両の手の爪は剥がれ落ちていた。

 何かを恐れるあまり遺跡のむき出しの岩壁をかきむしったのだ。

 二十の騎士に囲まれて討伐されたラミアは、常に笑みを浮かべていたとも聞いていたので、私はこの光景が一層異様に思えた。

 誰かが、異様に怖がりだったのさと軽口を叩き、場を和ませようとしたが、それは叶わなかった。


 第五階層に近づくにつれて、地下遺跡はその本質を顕にし始めていた。

 最早魔物にすら出会うことは無く、その死体も転がっては居ない。

 ただ、謎めいた幾何学模様が岩壁に浮かび上がり、それが毛細血管のように脈打つように淡く発光している。

 そして、たどり着いた第五階層への階段は、巨大な生物が獲物が飛び込むのを、大口を開けて待っているかのようだ。

 異様さの極めつけは、第五階層へと続く階段を降る最中に、遺跡の奥深くより響いた絶望的な絶叫である。

 助けてくれとの懇願や神への祈り、そして口汚く現状を嘆く声たちは、程なくして消えた。

 後には不気味なほどの静寂しか残らなかった。


 この状況下では、討伐隊で口を開くものは既に無かった。

 出来る事ならば取って返して、この遺跡を永久に封鎖してしまいたかった。

 外に出て、日の光を浴びる事が出来るのであれば、大枚を叩いても後悔は無かった。

 だが、我等には任務がある。

 重い足取りを引きずりながら、第五階層へとたどり着いた我々が見たのは、より異様な地下遺跡である。

 グネグネと曲がりくねった太い石柱が何本も立ち並び、不快極まりない不定形の赤や青に発光する粘液状の生物が、その柱に纏わり付いていた。

 知性無き原生生物のようにも思えたが、奴等は体を猥雑に震わせて、意思の疎通を図っているようだった。


 何故そう判断したかと言えば、連携をとりながら我々を取り囲もうと蠢きだしたからだ。

 その光景は地獄の底の泥が魂を貪る為にこの世にあふれ出て来たかのような、醜悪極まりない光景だった。

 奴等が近づくに連れて、腐臭に似た臭いが微かに漂う。

 流石に勇敢を鳴らした第三騎士団より選抜された討伐隊ではあったが、常軌を逸したこの状況に耐え切れず悲鳴を上げながら階段を駆け上ろうとする者達が出た。

 場合によっては、彼等の後ろについていくことも必要かと私も思案した矢先に、階段自体が溶解した。

 石造りの階段は、まるで泥のように崩れだして、逃げ出した者達を巻き込みながら溶けていく。

 僅かな時間で階段は閉ざされて、我々はこの地下遺跡に閉じ込められた。


 突然の不可解な現実に狼狽していた我々だが、まずは迫ってくる粘液状の生物から逃れなくてはならない。

 一箇所に固まっていたのでは危ないと誰かが告げたので、我々は散り散りに逃げた。

 粘液状の生物は我々に襲い掛かり、見かけよりは素早い動きで口腔へと侵入して内部から貪っているようだった。

 不明瞭な断末魔が幾つか響くが、私は脇目も触れずに走り抜けた。

 漸く難を逃れたと確信した時には、私はこの状況が絶望的であることに気づいた。

 どの冒険者も報告しなかった新たな魔物が蔓延るこの地下遺跡で仲間とは散り散りとなり、地上に昇るルートを新たに探さねばならない。

 

 この段階ではまだ生還を諦めている訳ではなかったが、非常に困難であることは理解できていた。

 唯一の心の慰めは、灯りを持って居らずとも、遺跡の壁に走る幾何学模様が仄かに発光して遺跡の内部を照らしている事であろうか。

 或いは、これも見ずに済む物を見せる為の遺跡の悪意が仕掛けた罠かも知れない。

 その考えが事実であることは、すぐに証明された。

 気配を殺しながら出口を求め彷徨うと、信じられないような状況を見ることとなった。

 虹色に輝く岩壁に描かれた冒涜的で正視するのに耐え難い奇怪な壁面。

 幾つもの見知った魔物が混ざり合い、到底生き長らえる術は無いというのにうごめき悶える狂気の産物。

 傷も無いのに腹部のみ異様に潰れた仲間の死体(これは内臓のみ貪り食われたと思われた)等々。


 最早、自身の正気に疑いを抱かざる得ない。

 諸々の現象が自身に降りかかる前に、人としての生を全うする為に己の首に刃を押し当て、引き裂く以外に道は無いのでは無いか。

 その様な暗澹(あんたん)たる思いを抱えながらの行動は疲労を誘発した。

 どれ程歩いたのか、此処が何処なのか分らないままにへたり込み、極彩色に彩られた壁を背に眠り込んでしまった。

 だが、眠りの中にすら安息は無かった。名状し難い悪夢により叩き起こされてしまった。


 その時である、不意に風の流れを感じたのは。

 微かな唸り声を上げて風が吹き抜けていったのだ。

 空気の流れがあると言う事はこの階層の出口があると言うことだ。

 それが地上へと続く道なのか、地下へと続く道なのかは分らない。

 ともあれ、此処にじっとしているよりは意味があるように思われて、風が吹いてくる方へと歩き出した。

 そこで、第六層に至る階段を見つけたのだ。

 垣間見た第六階層は荘厳にして絢爛な神殿の如き造りであった。

 何が起きるか分らないが、第六階層も調べぬ訳にはいかない。

 いや、私は抑えがたい感情に突き動かされ、どうしても調べたいのだ。

 あの美しく乱立する捩れた巨大な石柱を。

 神性を感じさせる精緻な幾何学模様を。


 故に、ここに手記を記す。

 私が地下を調べて生きて戻れる筈は無い。

 だが、だからこそ、調べに行かねばならない。

 今も尚、風は囁き、私を第六階層へと誘う。

 あの地下の大神殿に。

 だから、行かねばならない。


 星の知恵が汝等に幸を齎さん事を。




        ※   ※   ※   ※   ※

 


 私は、上記の如き手記を突然私の塔にやって来た騎士に読まされた。

 これがあの地下遺跡にまつわる真実の一端らしい事は理解できたが、アーカニア王国が何を求めて私のところまで赴いて来たのか。

 双眸を細めながら、羊皮紙を丸めて騎士に返すべく、顔を上げれば騎士の豊満な胸が目の前に飛び込んできて視線のやり場に困る。

 胸元のボタンが外れており谷間が垣間見えそうだ。

 童貞をこじらせて数十年の私には些か辛い。


「来訪の理由はこれの解明、と言う事で宜しいですか?」


 私の言葉に直立不動の騎士は、頷きを返して来た。

 緊張しているのが良く分る。

 私は、私を緊張させる要因から視線を伏せ、騎士の足元を見やり告げた。

 騎士の制服とでも言うのか、ズボン部分は普通の着こなしなのに……。


「その前に問いたいのですが、何故私の元へ?宮廷魔術師のフォルカー殿は如何なされた?彼や教会などは私を妖術師と忌み嫌っていた筈だが。」

「は、はい! その今回マリウス様を王に推挙なさったのはそのフォルカー様です。我が師の最後の弟子にして、最も秘術に精通為したマリウスであれば、この困難を打破できるだろうと…」


 不肖の兄弟子は相変わらず調子が良い事を言う。

 既に70歳を超えているのだから少しは落ち着いてもらいたいものだ。

 嘆息しつつ、私は更に問いかけた。


「その着こなしは貴方の趣味で?」

「違います! しかし、マリウス様に仕事を頼む際にはこのように服装を着崩すのが礼儀であると…。」


 その言葉に、不服そうに視線を向ければ、生真面目そうな女騎士は申し訳在りませんっ! と、一声あげて双眸をぎゅっと瞑って直立不動の姿勢に戻った。

 

 兄弟子は調子が良い男だが、人の弱点は良く分かって居るようだ。

 金色の髪は背後で結わえられ、それがこの女騎士の能動的な美しさを引き立てている。

 言葉の節々や態度からは非常に真面目である事が窺われ、深い緑色の騎士の制服を纏えば、堅物といった印象すら与える。

 そして、その女性特有のプロポーションは、出るところは出ており、引っ込む所は引っ込んでいる。

 非常に私の好みを突きながら、やる気を引き出させようと企んでいる事が、この人選からしても良く分った。


「……良いでしょう、お受けしましょう。」


 結局、私はその企み通りに依頼を承諾した。


 無論、美人に頼まれたからだけでは無い。

 星の知恵と言う言葉が、ある種の連中を想起させたからだ。

 星の知恵派教団、あの恐るべきカルトがこの地にも、その腕を伸ばして来たかも知れない。

 それを阻止するのは、亡き師の希望であれば、一も二も無く今回は王国に協力するべきであろう。

 立ち上がり、先程まで見上げていた女騎士を、僅かに見下ろして不意に未だ名を聞いて居なかった事に気づいた。


「所で騎士殿のお名前は?」


「はっ! 私はラウラ・アンハイサーであります! 第一騎士団に所属しており歳は19であります!」


 其処まで語らずとも良いのだが。

 そう思いはしたが、その様子が少しばかり可笑しくて、微かに笑みを浮かべて側の外套掛けに掛けてあった外套を手に取った。

 それから、若い女騎士を伴ない、我が塔を出たのである。アーカニア王国の首都アーカムに向けて出発する為に。

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