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第7回:美術の右利き左利き〈3〉

挿絵(By みてみん)


 よこがきの文章をかくのは、左利きの危機です(大ゲサに云ってます)。


 そのため、レオナルド・ダ・ヴィンチは独自の方法で、左利きにとって快適な文章をかきました。それが「鏡面文字」です。


 美術のみならず軍事や建築、しぜん科学など、おおくの手稿をのこしたダ・ヴィンチですが、かれの文章は鏡にうつして反転させないとよむことができません。


 かれが「鏡面文字」で文章をかいたりゆうについては諸説あります。当時のキリスト教下で禁止されていた人体解剖についてぼうだいなメモがあったことや、あたらしい兵器のアイディアなど、他人によまれてはこまることがかいてあったせいだと云われています。


 しかし、ほんきでだれにも解読できないようにするのであれば、独自の暗号をもちいたはずです。すくなくとも、鏡にうつせばよめるていどの文章にはしなかったでしょう。おそらく、こう云った解釈をしてきたのは右利きの研究者です。


 左利きのレオナルド・ダ・ヴィンチにとって「鏡面文字」さいだいの利点は「手のそくめんがよごれずにすむ」と云うことです(笑)。


 文字を反転させて右から左へかいていけば、かいた文章をあやまって手のそくめんでこすってしまうしんぱいはありません。公的な文書とはことなり、あたまにうかんだぼうだいなアイディアの断片をメモするには速記性もじゅうようとなるでしょう。


「鏡面文字」は左利きにとっての利便性とあそび心からうまれたのだとおもいます。すなわち、左利きの発想なのです。


 余談ですが、わたしの左利きの知人は、よこがきの文章をたてにかく妙技をもっていました。やはり、手のそくめんや、かいた文章をよこさずにすませるため、しぜんと身についたクセだったそうです。


挿絵(By みてみん)


 先にのべたように、書道は「右利きの芸術」ですが、ふしぎなことがひとつだけあります。


 たてがきの文章が、右ではなく左へつづいていくことです。


 日本の書道は、ふでをまっすぐにもち、手のそくめんを紙の上へおくことはありませんが、中国の書道は手のそくめんを紙の上へおいてかくと云います。


 左利きのよこがきとおなじように、右利きのたてがきは手のそくめんや文字をよごしてしまうかのうせいがあるにもかかわらず、中国からやってきた「たてがき」は左へとつづいていくのです。


 よく、文字をおぼえたての小さな子が、たてがきの文章を右へつづけてかくことがあります。おそらく、ほんらいはそれが右利きの「しぜんなながれ」なのでしょう。


 わたしは小学1年生のとき、同級生がそうやってかいているのを見て「正気か!?」と、ほんきでおどろいたおぼえがあります。


 わたしがおさないことから、いちどもそんなまちがいをおかしたことがないのは、たんに左利きだったからではないかとおもいます(もちろん眉目秀麗頭脳明晰(びもくしゅうれいずのうめいせき)だったからだとおもってくださってもかまいません)。


 文字を右利きの感性でかき、文章を左利きの感性でかく。「たてがき」を左へつらねるようにさだめたむかしの人のバランス感覚の妙にかんどうすらおぼえます。「右利き優先社会」に無自覚な人間にはおもいつかない発想です。


 そんなわけで「たてがき」考案者は、もともと左利きだったのではないか? とおもったりします。

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