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ぐらぐらと揺れる世界。
薄暗い、布に覆われたこの世界の
真ん中にオレはいた。
もう3日もこれが続いている。
「魔女様」
外からリーフの声が聞こえる。
「ご機嫌はいかがでしょうか」
「…うん。まあ。だいじょぶ」
オレは今、時代劇でよくみる
駕籠のような乗り物で運ばれていた。
大きさはかなりあって、
まるで祭りの御神輿だ。
10人ほどが担いでくれている。
「なんなりとお申し付け下さい」
「あい…」
5分に1回こういうやりとりをする。
何回目なんだ。
リーフはもう完全に魔女の使い魔としての
自覚が板についているようだ。
オレは魔女じゃないんだけどね。
ディーガンを始め、サポート役の数人、
駕籠担ぎ数人、リーフ、そしてオレは
黒龍討伐に出発していた。
向かう先はリーフ達がいた街から
50キロほど南下した場所。
黒龍が住まう赤い岩壁。
通称レッドサークル。
どうしてこうなった…
タケノコのように突き出た岩山の
縁を外周に沿って歩き、
その頂上へ向かっている。
「探索」で見たところ一本道だ。
異世界人と会話がしたいだけ
だったのに、気がつけば
黒龍を討伐する集団に
巻き込まれていた。
異世界人、ディーガンは先頭を歩いている。
これじゃあ手が出せない。
いや出すのは口か。
この世界の竜は、
地球で言うイノシシみたいな感覚だ。
ただし、スケールが違う。
畑を荒らすイノシシと街を燃やし尽くす竜。
そのくらいの差はあるが、突然、人里に出てきて、
被害を及ぼす害獣という点では同じ。
そんな認識だ。あくまで人間側は、の話だが。
「探索」で理解した竜の存在意義は、
全く違った。彼らは賢者だ。
人間より発達した脳を有し、人の世界観も完全に
理解している。
個体数が少ないのに、繁殖をしようという
意識が薄い。
自分たちが繁殖すれば、たちまち星の支配者になり、
星の資源を食い荒らし、それはおのずと自らの首を
締めると、理論的に理解しているからだ。
しかし、そんな彼らは、ただ、生きているだけで
周りに深刻な被害をもたらす。
その巨躯を維持するためには
大量のエネルギーを摂取しなければ
ならない。おかげで慢性的に飢え、
有機物ならなんでもいいところまで
常に追い込まれている。体の機能も万全ではない。
山にいる野生動物をはじめ
どんな動物でも構わず摂食する。
それが例え、街にいる人間でも・・。
彼らは賢いが、コミュニケーションは取れない。
そこはやはり、動物なのだ。
人間と違う。人間を特別だなんていうつもりはない。
ただ、人間社会が、あまりにも
野生から離れてしまっている。
この世界の人間も、オレが知っている
地球の人間と変わりはない。そんな気がする。
「魔女様」
またリーフの声が聞こえる。聞こえないように最小限の
ため息をつかせてもらった。
駕籠が地面に降ろされて、2、30分が経過した。
「探索」で見るに
頂上付近に到着したようだ。
駕籠を担いでいた人達は、100メートルほど山を
降っていた。
「いまから黒龍を討伐します」
ディーガンの声が少し遠くから聞こえた。
「私はお傍におりますゆえ」
リーフの声は鼻先から聞こえた。
すごくビックリした。
夕方にさしかかり、リーフの
シルエットを捉えようも
駕籠が大きな影となり、
リーフの影が消えてしまっていた。
どこにいるか、この中からでは
解らなかった。
まあ、「探索」を使えば
一発で解るんだけどさ。
うーん。しかし。ちょっとまずい。
いや、かなりまずいな。
何がまずいって、黒龍と呼ばれる
その存在の戦力が
あきらかにディーガンより上だからだ。
オレの頭上、200メートル上の、
タケノコ岩山の先っちょに鎮座している
体長8メートル程の黒龍は
とっくにこちらに気がづいて
臨戦態勢を取っている。
ディーガンも何となくの殺気を
感じてはいるものの、どこから
それが発しているのか解っていない。
リーフはただオレの傍にいるだけだ。
ああ。もう。
30秒以内に黒龍がディーガンを襲う。
筋書きはこうだ。
タケノコ岩山の先から自由落下する黒龍。
その間にブレスを腹にためて、
錐もみ状態で速度をあげる。
地面に激突するその瞬間に
ブレスを解放。
黒龍は自分のブレスで
クッションを作り、
激突のダメージを軽減。
しかし、錐もみ状態で
放たれたブレスは渦を巻き、
恐ろしい暴風となって
その場に広がる。
そのブレスでディーガンは
吹き飛び、岩肌に叩きつけられ
全身を強く打って行動不能になる。
リーフも吹き飛び、100メートルほど
岸壁を転げながら、突き出た岩に
後頭部を衝突させ、頸椎を損傷し、
即死する。
…はあ。
これはオレのネガティブな予想だと、
そう思ったかな?
違う。
これ、さっき体験した。
オレは一切動かないつもりでいた。
ディーガンが何とかするのだと思った。
でもこんなザマだ。
黒龍は強い。仕方ない。
「予知」を発動し、
もう一度ここへ戻ったオレは、
黒龍を自ら殺滅することに決めた。