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えーと。おさらい。
オレは今14回目の
異世界転送に巻き込まれた。
そしてこの転送された世界を攻略し、
いずれは地球に帰るつもりだ。
そのためには、この世界の
「星の問題」を解決する必要がある。
右手に握る黒いスマホもどきを
にぎりしめ、心の中でしゃべり続ける。
その手は震えていた。寒さではなく、
他人と話すという緊張感からだ。
いや実際には
盗賊らしき集団に捉えられていた
目の前の他人と
まだ一言も言葉を交わしてないけど。
「…」
「…」
金属でできた牢を素手で引きちぎり、
目の前にいるにもかかわらず
無言でただ部屋の隅を見続ける
オレに対して、目の前の人は
どうしていいか解らないようだった。
まあ、だよね。
「…」
「あの」
「はい!!!」
オレの突然の大声でその人は思わず構えた。
声のボリューム間違えた。
「ま、魔女様…でしょうか?」
「ち、ちゅがいます」
噛んだ。もうやだ。
オレは元々は男で、今は女、いや
美少女に姿が変わっている。
本当はイケメンになりたかった自分の
コンプレックスが呪いとなり、
女性へと変貌してしまった。
しかし、呪いはそれだけにとどまらない。
地球時代では人と話すのが
少し苦手な程度だったのに、
呪いのせいでコンプレックスが前面に、
つまり、強化されてしまっている。
人が怖い。
人と話すのが恥ずかしい。
人の目を見るのが無理。
人の視線が耐えられない。
コミュニケーションなんて不可能だ…
というところまでこじらせて
しまっている。
厄介なことに、人と話すその瞬間までオレは
以前のままの感覚なのだ。
盗賊の砦に来たのだって、そうだ。
「探索」で
ここの事を理解し、
戦力分析をするつもりで
散歩がてら来た。
世界を何度も救った力がこんな
雑魚敵に負けるわけがない。
自信満々だった。
余裕綽綽だった。
焦りも動揺も微塵もない。
たかが人間だ。
そう、思っていた。
ゴロツキに見られる、その直前までは。
話す、話しかけられる、
もしくは視線を送られた瞬間に
呪いが発動する。
心臓が高鳴り、背中にじっとり汗をかき、
顔が紅潮していき、全身が緊張し、
頭が真っ白になる。
ようするにテンパる。
炎のように赤面し、うっすら涙を
うかべるオレは、踵を返し
さっさとこの砦から出ようとする。
「あ…」
「あの、待っ…」
声が遠くになっていく。
地下牢から地上へ繋がる階段を登り切り、
彼の視線がオレに届いてない事を
確認すると大きく息を吸った。
腹筋にできる限りの力を込めたが
「盗賊はみんな倒したので
逃げてくださーい」
と、ギリギリ
彼に届くんじゃないかと
思えるくらいの声量で
こんなことを
言うのが限界だった。
砦を後にする。
今は少しでも、誰もいないところに行こう。
小走りしながら両手で顔を隠し、無言で
「魔王技巧」と
「魔人化」を発動する。
顔を隠していた右手を地面へ向けた瞬間、
地面が爆発し、その爆風でオレの体が
天高く舞い上がった。
続けて空中を爆発させる。
その爆風をモロに食らい、さらに上空へと
吹き飛ばされる。
「魔王技巧」は、
対象に、爆発を起こす疑似魔法だ。
正確には、水分と、圧力と、温度を操る能力だ。
ゴロツキたちの頭をぶっ飛ばしていたのは
この能力だ。
「魔人化」は
自身を強化する能力だ。
全てが強化される。体はもちろん、精神的なものも。
「魔人化」でいるときだけは、
コンプレックスの呪いを軽減できる。
それでも緊張するんだから、
自分の人見知りは意外と根が
深いのかもしれない。
空中を連続爆破し、オレの体は、その爆風
で宇宙にまで達した。
正確には成層圏・・・じゃないかな。たぶん。
ダメージはない。水蒸気爆発程度では
「魔人化」の
オレにかすり傷ひとつ負わせられない。
どちらも前の世界で会得した能力だ。
目を開くと、さっきまでいた星が
オレの頭上にあった。
目をつぶり、脱力する。
無音。
ああ、やっぱり、宇宙はいい。
耳が痛くなるほどの静寂。
落ち着く。
なんて心地がいい。
無重力でゆっくり
くるくる回るオレは、
この世界に転送される前の
世界を思い出した。
第13世界。
粉々になってしまった、
あの星の事を。
…いや、オレが粉々にして
しまった星の事を。
……―本当にあれで
良かったのかな。
思わず涙がこぼれた。
ネガティブなのは、
「魔人化」でも
軽減できない。
やめよう。
過去の世界の思い出に
浸ってる場合じゃない。
まずはこの星だ。
攻略しなければ、先に進めない。
凍った涙をすくい取り、
「魔王技巧」で
涙の中の水分を操る。
水分を水素と酸素に分解し、
圧力をかけて空気をバーニアのように
背中側から噴出させる。
進行方向先は、攻略するべき、
この星だ。
すぐにとりかかろう。
今やるべきは、異世界へと
転生か、もしくは転移した
元地球人との接触だ。
彼らは「星の問題」に
直接関わってる場合が多い。
水素に酸素を少量加え、
550度以上に熱する。
音のない爆発と共に、
オレの体は星へと落下していった。