13
3日間をかけ、エンティオに戻った。
黒龍はディーガンが倒したという事にした。
リーフは、「仰せのままに」と
口外しない事を約束してくれた。
「14回…?」
「うん」
「…」
仕切り布の奥に見える
シルエットのディーガンが
固まった。
バナナに似た果物をぱくつきながら
マロのあごをなでる。
オレはリーフの家に戻っていた。
リーフは家を空け、代わりに
ディーガンがオレの護衛という
形で傍にいた。
リーフにはちゃんと
魔女じゃないと言ったけど、
優しい笑顔を返されただけだった。
なんなの。
「14回も、異世界へ
転送されたっていうのか??」
「そう」
「そうって…」
仕切り布ごしに
「魔人化」を
発動させているオレは、冷静に会話ができた。
マロも、この状態のオレに慣れてくれたらしく、
のんびりとしている。
「最初の世界は、ファンタジー世界だった。
妖精とか魔法が当たり前のね。
そこで生まれて、勇者、みたいな
人をサポートして世界を救った」
「…」
ディーガンは沈黙する。
「2番目の世界は、ファンタジーに
未来的な世界観を足したような
世界だったよ。魔法なみの
化学的な物が溢れた世界だった。
例えば粉を振りかけるだけで、
欠損した人体が復活する、とか。
電話に似た通信機もあった」
「…――」
「全部、聞きたい?」
「いや、もう、十分だ。解った」
大きく息を吸うディーガン。
「本当に異世界人なんだな」
「そう」
ようやくディーガンはオレを
信用してくれたらしい。
「でもアルマ、お前、異常だぞ」
「へっ?」
まさかの変化球。
予想だにしない答えが返ってきたので
少しテンパった。
「何でそれでイカれないでいられるんだ?
人間は弱いぞ。終わりのない旅に
耐えられる人間はそういない。
俺がそんな状況に追い込まれたら
おかしくなる自信がある。
それこそ3回くらい繰り返した時点で…」
なんだ。そんな事か。
「多分、第1世界で会得した能力のせい。
「浄化」って言うんだけど、
簡単に話すと、これを持っているだけで
オレは自分の体と精神に一切の障害を
受け付けなくなる」
マロのお腹を触りながら言葉を繋ぐ。
「例えば、毒なんかも効かない。
体に入った途端に無害な物に変わる。
体に有害な金属を飲んでもミネラルに
変わるだけだと思う。
宇宙空間に行っても、
放射線は受けない。
精神的なものも洗脳とかも
多分受けない」
「……―反則かよ」
「あはは。
そういう能力が、13種類あるよ」
「はあ!?なんだそれ、完全に反則だろ」
ディーガンは
呆れたように地面に寝っ転がる。
「俺も大概のチート能力者だと
思ってたけど、アルマと比べると
全然かわいいもんだな。
お前って神様なんじゃないか?」
適当な事を言いやがって。
「第10世界で受けた呪いで
オレは人の視線が駄目になったんだ。
見られてると、顔が真っ赤になって
汗がでてきて心臓がバクバクする。
「浄化」でも軽減できない。
多分、害だと認識されてない。
そんなヤツが神様なわけないよ」
「まあ、解るよ」
ディーガンはぽつりとつぶやく。
「かわいいもんな」
一瞬、ドキリとした。
この野郎。リーフとは違うタイプの
オラオラ系イケメンか…!?
これはこれで憧れるけど。
話を無理やり戻す。
「で、本題なんだけど
オレは地球に帰れるの?」
オレの問いに対して
「…」
ディーガンがまた沈黙した。
ほんのちょっとの間を空け
ゆっくりと語りだす。
「俺の能力、<創造の徒>と
魔女様の無尽蔵の魔力があれば、
異世界への門は開ける。
でもそれが地球へ繋がって
いるのかは解らない」
ディーガンが
緊張しているのが解る。
「俺は、まるで逆だと思っているんだ。
異世界を行き来できる便利な門、
なんかじゃなく、造ったら最後。
すべてが崩壊する破壊を呼ぶ門だと。
例えるなら、異世界へ繋がる門ていうのは
空気を膨らませた風船を2個並べて、
特殊な方法で繋げた部分の事だ」
ディーガンの組んだ両手に力が籠る。
「こんなの、均衡が取れると思えない。
空気がどちらかの世界へ流れ込む。
結果、どちらかの世界が極限まで
絞られ、どちらかの世界が極限まで膨らむ。
…どちらにせよ、崩壊する。」
シルエット越しだが、ディーガンは
恐怖を感じているのが解る。
「<創造の徒>の能力を持ってる
俺だから解る事なんだ。この能力は、
そこまで都合のいい能力じゃない。
本来は釣り合わない世界に、無理やり
トンネルを造ってしまう。
造れてしまう。そんな能力なんだ」
「最悪な事に、魔女様は、
俺の能力を把握しつつある。
魔女様は、異世界の門を開き
その世界も支配するつもりだ」
水を打ったかのような静寂。
「えと、つまり、魔女様がラスボス?」
素っ頓狂に言ってしまった。
いや、だって、この状況ならどうみても
魔女様が悪だし。
「ラスボス?いや、魔女様は別に
悪いお人ではないよ」
ふむむ?
てっきり魔女様を何とかするのが
「星の問題」だと思ったんだけど。
「魔女様には魔女様の考え方があるんだ。
俺たちには解らない。知る必要もない。
世界の安寧は魔女様が決めることだ」
ん?
「魔女様のために生きる。これが
この世界のルールなんだ」
うーん…??
「しかし魔女様にこの能力を
知られる訳には…」
うんうん悩んでるけど、
何か話が矛盾してない?
「でも魔女様って、ディーガンの能力
把握してるんだよね?なんで?」
「ん?ああ。そんなの
俺が魔女様に報告したからに
決まってるだろう」
あーーーー…はい。
思い当たる。この反応。そかそか。
はいはい。試しに軽く言ってみる。
「ね、ディーガン」
「ん?」
「魔女様、コロしていい?」
布越しにみるみる殺気が増大していく
ディーガン。
その雰囲気にマロは震えていた。
「冗談でも言っていい事と悪い事がある」
今すぐにでもドリルを繰り出しそうな
雰囲気だ。やれやれ。「あはははは」
思わず笑ってしまう。
オレは右手を軽く上に挙げ、
「浄化」の霧を作り出す。
躊躇なく布越しのディーガンへ
流し込む。殺気のない攻撃には、高速移動で
躱すディーガンでも反応できなかった。
霧はディーガンの体に難なく
入り込み、彼を縛っていた
障害をばらばらに溶かしていった。
「……」
無言のディーガン。
「おーす。目が覚めた?」
「…ああ」
ディーガンのシルエットはふらふらと
地面に尻もちをついた。
「…――マジか」
「うん。マジ」
「いつから…」
「さあ?
わかんないけど」
彼は魔女に、洗脳されていた。