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無音。
何も聞こえない。眼前に広がるのは闇。そして、散り散りの光。
自分の髪の毛が、ふわふわと目の前に揺らめく。思わず、ふ、と息を吹きかけてみた。髪はオレの息に従わなかった。というか…息が出てこない。そういえば宇宙空間だった。そうか。空気が無いから、息も出ないか。…ん?
じゃあ、オレはいま無呼吸状態でいるのか?有害な宇宙線とか、放射線とかの影響は?そもそも、気圧とかが無いなら体だってヤバいんじゃ…――
―――は。
そこまで考えて、馬鹿馬鹿しくなった。どうでもいいか。些細なことだ。ああ、なり果てた。神以上の、悪魔以上の、何かになり、その成れの果てになった。
始まりはこうだ。
ある日オレは、交通事故に遭い、死んだ。次に気づいた時には、異世界の人間の子供<アルマ>として
生まれ変わっていた。転生した世界は、電気もない、ガスもない、機械らしいものは何もない、剣と、魔法と、ドラゴンの、ファンタジー世界だった。
その世界に、特別な力を持って生まれた。いわゆる、異世界転生主人公だ。
エルフがいたり、ドワーフがいたり、獣人や亜人種や妖精や精霊がいたり、王族と仲良くなったり、王政のトラブルに巻き込まれたり、自分の力がチートだから畏敬の念や憎むべき対象になったり、生まれ変わった世界は、まるで映画か漫画の世界だった。
それ以前の記憶は、わりかし鮮明だ。オレは調理師だった。
この世界に召喚される直前まで俺は寿司屋をやめようか、続けようか悩んでいたところだった。
何の気なしに調理師の免許を取って、地元のデパートの回転寿司店へ就職した。じいさんが、「調理師なら喰いっぱぐれない」と幼いころからオレに言っていた。それにこじつけて、調理師学校へ通った。
大学まで行く学力がなかったので、専門学校へ行ったわけだ。
ぶっちゃけ、就職したくなかったからだ。
しかし、人は立場で変わる。地元のデパートに就職できたころには、オレがこの小さいな回転寿司屋を繁盛させてやる!とか思ったものだ。でも、実際は五ヶ月でやめた。全てはオレが未熟だったからだ。
店長ともうまくいかなかった。彼は少し神経質で、器が小さく、なんとも好きになれない人だった。しかしそれ以上に、オレは他人に甘えていた。それが原因でオレは寿司屋を離職することになった。
最後の最後まで迷惑をかけたオレに、店長は持ち帰り用の寿司を握ってくれた。そんな、最後のチャンスにでさえ、オレは心を開く事も出来ず、謝罪のひとつも出来なかった。どうも、と帰るのが関の山だった。
クズの王がいるなら、オレだと。さらに甘えた考えをして逃げた。逃げたことさえ自覚できずに、
オレはその職場を後にした。…店長、元気かな……――オレは甘えまくりのクズだ。何もかも人以下。
そしてそれを理由に、ネガディブに拍車をかけ、なんてダメな奴なんだと悦にひたる。
ここまでくるとわざとそうやっていじけてるんじゃないかと思えてくる。いじけていじけて、自己否定をこじらせまくって一種の快感を感じているような気がする。
ガチでクズ。
そんなオレでも世界を救った。
ざっくり話すと魔王みたいなヤツがいて、勇者みたいなヤツがいて、2人はバチバチのバトルをしたけど、ホントは邪神みたいな黒幕がいて、魔王と勇者、それにオレが加わって邪神を倒した、みたいな。昔を思い出していると、鈴のような音がした。カラカラと軽い音ではなく、一度鈴の音をスマホで録音して、再生を遅らせて流したみたいな音が鳴った。
目の前の星々が、歪み始める。
ああ、始まったか。
目の前の歪みがどんどん酷くなり、色も消える。すべては白に塗りつぶされていく。
…あと何回なんだろう。
諦めと呆れの感情が胸に広がる。
オレはあと、何回、異世界を漂流したら地球に帰ることが出来るんだ…?
半ばあきらめているこの疑問を、あえて、無理やり、右手にある黒塗りの長方形の物体に向かって呟いた。