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2-3 話し合い

異邦と呼ばれる地はこの大陸のおよそ四割。

さらにいうと絶対凍土と呼ばれる極北の地が二割、山岳地帯が二割となっている。

人の住める環境は二割強ぐらいしかない。

中でも異邦とよばれる地は濃い瘴気と魔素に覆われ、独自に進化した巨大な魔物が闊歩する人を寄せ付けない禁域である。

その異邦と呼ばれる地を支配するのが三人の幻獣王。獣王、邪王、悪魔王である。

それぞれがとてつもない力を誇り、その力であまたの部族をまとめ上げているという。

かつてその三人は第三魔王クファトスに従っていたが、意見の相違により対立し、袂を分かったという。

現在人間の国家とは不干渉を貫いており、大陸で交易のある国は魔術王の治めるラムード自治領だけである。


ヴァロたちは先ほどの丘から戻り、商隊の近くで休んでいた。

どうやって帰ってきたのかすら覚えていない。

戻ってきてから、三人はずっと黙り込んでいた。

商隊の人間たちの会話が三人のどうしても耳に入ってくる。

たまにヴァロたちに売り込みに来ることもしばしば。

転んでもただでは起きないということらしい。ヴァロは平和なものだと思った。

目の前で三百年続いた異邦の沈黙が、破られようとしているのだ。

もし異邦が動き出したのならば、この辺り一帯は戦場になる。

「魔軍っておとぎ話でしか聞いたことがなかったんだけどな」

そうクラントはぼやく。

魔軍という存在は知っていたがここ三百年の間、その言葉を聞くことはなかったはずだ。

知る者は今は生きてはいまい。目の前に例外はいるが。

「ドーラ、魔軍って異邦ではどんな存在なんだ?」

ヴァロはふとドーラに聞いてみる。

何もできることがないのなら少しでも情報を集めたほうがいい。そう考えたからだ。

「魔軍は異邦の各地から集められた強者で構成される組織。

魔軍は三つに分かれていて獣王の率いる破軍、邪王の率いる呪軍、悪魔王の率いる制軍にわかれている

一人一人が各部族から選りすぐった、一騎当千の力を持ち、血の気の多い連中ばかりと聞くネ」

「本当に詳しいんだな」

感心したようにクラント。

「まあネ」

それにドーラは気をよくしたのか胸を張る。

素性を知っているヴァロとフィアからすれば知っていて当然と思える。

なにせこの男、元魔王軍の魔法長である。

「…あんた魔法のことも詳しいのか?」

クラントは少し低い声で話を切り出してきた。

「…少しはね。君は何か知りたいことでもあるのかい?」

ドーラは、クラントの声の雰囲気が変わっていることに気づいたようだ。

クラントに向ける視線には、どこか違っていた。

「反魂の秘法って知ってるか?」

クラントはしばしの沈黙の後、思い切ったように話し始める。

「…聞いたことはあるヨ。魂を扱う秘術。異邦でも数人しか使えない最奥の秘術とかネ」

「俺はそれを扱える者を知りたい」

身を乗り出してクラントはドーラに問う。

「うーん、かなり昔に聞いたからネ。…思い出したら教えるヨ」

ドーラは考え込むようなしぐさをする。

「ああ、なんでもいい。何か思い出したら教えてくれ。俺は少し果物でも分けてもらってくるわ」

そう言うとクラントは商人たちのいるテントの方へ歩いて行った。


「反魂の秘法、本当は使えるんじゃないのか?」

クラントが視界から消えるのを見計らって、ヴァロはドーラに問いかける。

「まあ、少しはネ。この躰もその秘法を使って入れ替えたのサ。

あの疑似魂もその秘法を使ってるヨ。ただあまり得意ではないけどネ」

この男は本当に何でも知っている。

「そうか」

「…事情は話してもらえるのカナ」

クラントは魔剣に身をささげた者を助けたいと言っていたのをドーラに聞かせる。

もしドーラがそれをできるのであれば力になれるのではないか。

一度戦いはしたが、どうもヴァロはクラントを憎み切れないのだ。

「ドーラできれば力になってやれないか?」

「僕ではできないネ。あれは秘術だけあって、とても扱いが難しいんダ。

とてつもなく繊細かつ緻密な魔法式が必要なんだよヨ。

それに魔剣って人間の作り出した技術じゃないカ。僕らの技術とは根本的な体系が異なってるのサ。

それの魂を置き換えるとか…厳しいネ」

「そうか」

「君は君と戦った相手を気遣うのカイ?」

きょとんとした顔でドーラ。

「まあ…あれはお互いの合意の上で戦ったものだし、

そもそもクラントさん本気じゃなかった」

あのときクラントが本気を出したと思えるのは、直接剣を交えたときと、

呪剣ジャダルカを使った最後の一撃だけだ。

互いに剣をまじえたからからこそわかることもある。

「ヴァロはそれでいいの?」

脇からフィアがヴァロの顔をまじまじと見てくる。

「もともとあの人とは俺自身戦ってみたいってのもあったし、特に恨みとはないよ」

「やれやれ、騎士っていうのは馬鹿の集まりだネ」

フィアは同意したように頷く。

「本題に入ろう」

(話を逸らした)

フィアとドーラは同時にそう思った。

「まずはミイドリイクに入らないとな。中がどうなっているのかこのままじゃさっぱりだし、

中の聖堂回境師とか狩人の人たちにも連絡が取れない」

現在魔物に包囲されているミイドリイクは、

第一次魔王戦争、第二次魔王戦争の際に砦として使われている。

数週間の籠城は可能だろうが、城壁の中にいる人間は平常心を保っていられるだろうか。

「問題はミイドリイクまでどう行くか…ね」

「コーレスから来たあれでどうにかできないか?」

陸路は封じられていようと、空からならば行くことは可能だろう。

「空から行くのはやめたほうがいいネ。アレは人の目に触れるのは避けたほうがいいヨ」

大魔女が定める大憲章で飛行魔法は特定の地域以外、禁じられているらしい。

見られた場合、最悪ミイドリイクの聖堂回境師を敵に回すことになる。

さらにミイドリイクは厳戒態勢だろう。

『狩人』が昼夜交代で、魔物を含めたミイドリイクの周囲を見張っているのは想像に難くない。

「それに魔軍に見られるのはやばいナ。どんなのがいるかはわからないし、攻撃を受けるかも知れないヨ

それに必要以上に警戒されたくないネ」

ドーラの一言ももっともだ。

「正面から突破するのは?」

「なんて直線的ナ…。あの魔物とこの三人で相手にするっていうのカイ?

しかも魔軍も中にいるんだよ?僕は謹んで辞退させてもらうネ」

「これの力があれば…」

ヴァロは布に包まれた聖剣カフルギリアを手で触る。

「ヴァロ、聖剣を人前で使うのは…」

フィアがヴァロを止める。

聖剣と契約していることがばれれば、大罪人決定だ。

いかに『狩人』という肩書をもち、聖堂回境師の口添えがあったとしても牢獄行きは免れないだろう。

最悪教会の監視下で余生を過ごすことになる。

「ヴァロ君、君はその力を十分に使いこなせるのカイ?」

ドーラは見透かすような眼差しでヴァロを見る。

使ったのはクラントとの戦闘の一度きり。それ以上は使っていない。

扱える訓練をしようにも威力が異常なのだ。

制御を誤れば村や街を地図上から消してしまいかねない。

そして、それが原因で教会に知られてしまうことも十分ありえる。

「…ならどうする」

「ミイドリイクには地下に上下水道があったはず。そこを使えませんか?」

ミイドリイクの地下ははるか遠くの湖とつながっていると、来る途中ドーラから聞かされていた。

「ミイドリイクの地下は迷宮になってると聞いたことがあるヨ。地図もなしに抜けられるとは思えないネ」

三人は黙り込んだ。

「中の聖堂回境師に連絡がつけば、地下の地図は手に入れられるのだろうけれど

どうやって連絡を取るつもり?」

彼女たちは職業柄その都市の地形をすべて把握している。

どうにかして連絡を取れればたどり着くことも容易だろう。

「伝書鳩とか…」

「交通網を断っておいて、波動を使って外界との通信を遮断している連中が、見逃すとは思えないネ」

ドーラの言葉には説得力があった。

「地下の地図さえあれば…」

地下を通って進むのならば、何の問題もなく、ミイドリイクまで行く算段がつく。

ヴァロは困り果ててその言葉を口にした。

「地下の地図?持ってるぜ?」

陽気なクラントの言葉がその場に響く。

大量の果物を腕に抱え、いつの間にかクラントは戻ってきていたらしい。

三人の視線がクラントに集まる。

「どういうことだ?」

ヴァロはクラントをまじまじと見つめる。

「どういうことって、ヒルデの奴からもらったんだよ」

その言葉にフィアは納得したようだ。

ヴァロは釈然としないものを感じた。

そもそもなんで一介のはぐれ魔女がそんなものを持っていたんだ?

「とにかくそれなら話は早いネ。地下を通ってミイドリイクまで行けばいいだけの話じゃないカ」

そうしてクラントの一声で、方針は意外と驚くほどすんなり決定したのだった。

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