4-4 一日の終わりに
フィアは今結界を調査しに行っている。
今日は遅くなるといってエルナと面会した後、宿に荷物を置き馬車で結界の調査に向かった。
ヴァロは手伝えることがないかと聞いたが、セージというエレナの弟子にやんわりと断られた。
『狩人』であるヴァロを結界の要所には一緒につれていけないとのこと。
こうしてヴァロは一足先にエルナの手配した宿に行って待つことになった。
ちなみに今回ヴァロたちとフィアの住む宿は違っている。
セージさんが気を使ってくれたらしい。
フィアの宿泊している施設は目の前の大きな建物の最上階だそうだ。
フィアはもちろん抗議したが、セージさんに半ば強制的に説得させられていた。
ドーラが宿にやってきたのはヴァロが宿に着いて一刻ほどしてからだった。
ヴァロは自身の武器の手入れをしていると、ノックの音が部屋中に響く。
「鍵は開いてるぞ」
ドーラは頬を高揚させ、おぼつかない足取りでヴァロの部屋に入ってきた。
両手には何か食べ物らしきものをもっている。
ヴァロはそんなドーラを見て怒る気も失せた。
「観光地だというのに閑散としていて、貸切みたいだったヨ。はい、お土産。
ミイドリイク名物ドルンガ焼き。冷めちゃったけどネ」
ドーラは手にした食べ物をヴァロに手渡してくる。
どこぞの屋台で買ってきたらしい。
妙な液体が振りかけてある
「なんだこれ?」
「いいから一回食べてみなよ」
さっそくそれを口にしてみた。
一口入れただけで、じゅわっと口の中に熱いものが広がる。
この味なら行列ができるわけだ。
「うまいな」
「でショ。ガイドブック一押しってことで並んで買ってきたヨ。
地元の人でも並ぶもんだネ。フィアちゃんの反応みてみたかったのにナァ」
ドーラは無邪気な笑みを浮かべる。
そんな笑みにヴァロはいつも毒気を抜かれてしまう。
「後で連れてくよ。その店教えてくれ。それにしてもよくここがわかったな」
「僕を誰だと思ってるのサ?魔力は無くても、君ぐらい探し出すのはわけないサ。
とはいってもその聖剣がなければ見つけるのに時間がかかったかもしれないけどネ」
ドーラはしたり顔で言い放った。
既に三か月一緒にいるが、この男どこまでできるのかヴァロにも見当がつかない。
だからこそコーレスであれだけ警戒されたのだが。
「さすが元魔法長」
「君にそう呼ばれるのは少し複雑な気分だヨ。
…ところで僕の部屋も用意されてるんだよネ?」
すごい事をやっているらしいが、最後の一言ですべて台無しである。
「隣の部屋だ」
ヴァロは部屋の鍵をドーラに投げつける。
ちなみにクラントの部屋だけは用意されていない。
クラントは仮面をつけて、エレナの護衛に就いているためだ。
「ところでフィアちゃんは?ここにいないみたいだけど、一緒じゃないノ?」
意外そうにドーラは聞いてくる。
「フィアは今結界の調査に行っている」
「結界の調査カ。気が遠くなる話だネ」
ドーラがそういうのも無理もない。
結界の要所とされる場所はミイドリイクは八か所あるという。
それを一つ一つめぐってその結界式を一つ一つチェックしなければならないという。
一度ヴィヴィに依頼され、フゲンガルデンをフィアの手伝いで一緒に回ったが、
一緒にいるヴァロでさえ相当疲れたのを憶えている。
ましてここミイドリイクは初めての場所、どれほどの手間と時間がかかるかわからない。
フィアを頼りにしなければならないことに、ヴァロは罪悪感をおぼえた。
とにかく今は自分のできることをしよう。ヴァロは思考を切り替えた。
「ドーラに聞きたいことがある」
「何サ?」
ヴァロは自身の聞いた情報をドーラに話した。
送られてきた手紙の内容、そしてそこに書かれていた魔族の名を。
「カリア=ノーブフォンデネェ…。
悪いけど、その名前は聞いたことないネ。僕が何百年封印されてたと思ってるのサ。
もう僕のいたころの世代は孫やひ孫に取って代わられてるヨ」
もっともな話だ。ドーラがいたころは三百年以上も昔のことだ。
既に残っているものは数えるぐらいしかおるまい。
「ただいくつかわかることはあるヨ。その手紙にはたしかに伯爵と書かれていたんだネ」
「ああ」
「『爵位持ち』は異邦で六十六人。制度が変わってなければ今も同じ人数のはず」
「爵位は貴族の地位を指し示すものだろう?そんなものに注目したところでなんになる?」
フィアとエレナとの会話の中で『爵位持ち』は出てきている。
二人とも異様に警戒していたし、フィアですら伝説とまで言っていた。
「人間社会の爵位持ちと異邦の爵位持ちは意味が違ウ。
異邦の荒くれ者どもをまとめるには、その荒くれ者の一番の実力者とりこんで位を渡すのが一番だからネ。
僕がいたころも『爵位持ち』には異邦でも選りすぐりの実力者が選ばれていたヨ。
ちなみに侯爵、公爵ともなれば君らの言うところの魔王に匹敵、あるいはそれ以上の力を持ってると思うヨ」
「…なんだと」
魔王に匹敵するという言葉にヴァロは驚愕する。
「伯爵を名乗るぐらいだから、相手は準魔王級を想定しておいた方がいいネ。
もしもそんなのが二人以上いた場合、こっちの勝ち目はないとみた方がいいヨ」
「準魔王級…」
ヴァロはその重すぎる事実に打ちのめされる。
現在魔王が君臨した場合、人類は未曽有の危機にさらされるといわれている。
事実、魔王の力を持った一人の男の手により、三カ月前の聖都事変では聖都コーレスが一夜で滅びかけた。
そんな化け物が異邦にはうじゃうじゃいるという。
「それじゃ…」
「さらに言うなら、幻獣王はさらにその上。頂点に君臨しているものが、その下の連中より弱いわけがないよネ?」
その話で行くと幻獣王を従えていたという第一魔王、第三魔王はとんでもないことになる。
そんなものたちと戦う?否、戦いにすらなりはすまい。
ヴィヴィたちが必死で結界を守っているのもよくわかった気がした。
「…四百年前、人類よく滅びなかったな…」
ヴァロの口から思わずその言葉が漏れた。
「そりゃ、人類側に抑止の力が…」
「抑止?」
「…当時は事情がいろいろあったのサ。…ということで戦闘は極力避けるべきだネ。
もしここで何かあれば、異邦との戦端を開くことになりかねないヨ。
事を大きくすれば人類の存亡にかかわってくる。…選択肢は慎重に選ぶことだネ」
ドーラはそう言い残して部屋を出て行った。
…釘を刺された。そんな気がした。
折れているとはいえ聖剣と契約したこともあるし、聖堂回境師のエレナ、フィアをはじめ、魔剣使いのクラントや『狩人』の面々がいる。
ヴァロにひょっとしたらどうにかできるのではないかという楽観的な気持ちは心の片隅にあったが、
ドーラのその話を聞いてその楽観的な気持ちが吹っ飛んだ。
相手の戦力はほとんど未知数の上に、準魔王級が少なくとも一体はいる。
戦闘になれば罪もない一般の市民が巻き添えになってしまう可能性が高い。
これからどんな形であれ戦闘は回避しなくてはならない。
そのためには聖剣と契約していることは、可能な限り伏せておいた方がいいかもしれない。
ヴァロの肚は決まった。
そしてその決定が、今後のヴァロたちの運命に大きな影響を及ぼすことになる。
フィアが宿に戻ってきたのはその日の明け方だった。
ドーラは以後異邦と関わりあってくことになります。
それは避けて通れない道であり、彼の過去の因縁が関係しています。
どうして彼の後の座が空席なのか。
彼を巡る相互関係。それは大陸全土を揺るがす大事件に発展していきます。
構想はあるけど、順番的にかなり先になるでしょうね。
まずはこのあとルーラン。ある意味で最大の敵になる『漆黒』の登場。
書いてて楽しいですわん。




