プロローグ
ラフェミナは水鏡の間の中央に佇み、足元の水面に映る光景をみつめていた。
ラフェミナは大魔女と呼ばれる魔女たちの最高位。
教会が魔王認定者すらも軽く凌駕する、現行大陸最強の魔法使い。
その比類なき魔法力は未だ健在であり、彼女を崇拝する者は結社の垣根を越えて多い。
「お呼びですか?」
ノエルは音もなく影から姿を現す。
制服をきっちり着こなし、その動きには無駄がない。
ノエルは暗黒魔法使い。
影と同化する暗黒魔法を使える存在は彼女たちの中でも稀であり、
それゆえに間諜等の特殊役に重宝されることが多い。
「少し大変なことになったわ」
ラフェミナはどこかおっとりとした声で語りかける。
ノエルは仏頂面を崩さない。
この方が大変だというのは珍しいし、経験上それを口にするときは一大事が起きることが多い。
この方は物事のはるか先まで見通せる能力がある。
それは魔法ではない。そしてその能力が三百年以上の平和を築きあげてきたのだ。
「ミイドリイク。いえ、起きそうといった方がいいのかしら」
「ミイドリイク?エレナ様が聖堂回境師を務めているはずです。
大概のことは彼女に任せれば心配ないと思いますが?」
「おそらくエレナでも今回の事件の解決は難しいでしょう」
「ほう、エレナ様ほどの方でも手に余ると?」
ノエルは驚いた素振りをみせた。
「エレナを見くびっているわけではないわ。彼女の力は私たちの中でも屈指の実力者。
こと戦闘において彼女に勝るものはそうはいません」
ノエルは女王の言葉に少し考え込む。
「…グドラシュ黒葬隊を使いますか?」
「グドラシュ黒葬隊は魔女を倒すのが目的の部隊。…この場合ふさわしいのはハーティア聖滅隊となるでしょうね」
ハーティア聖滅隊の名を聞いてノエルは驚愕の表情を浮かべる。
「…ハーティア聖滅隊は対魔王用の切り札。むやみに動かせば教会が黙っていません」
ラフェミナの意図が読めず、ノエルは思わず声を張り上げた。
ラフェミナはノエルの声にも顔から笑みを絶やさない。
「…今の異邦の王は邪王だったかしら」
「はい。たしかそう聞きおよんでおりますが…」
「こういう時にあの方たちとの回線を、持っていないのが悔やまれるわね」
しばらくの沈黙の後に、ラフェミナは一人の魔女の名を思い出す。
「この今の状況で動け、結界に詳しく、相応の実力をもつ者…一人だけ私に心当たりがあるわ」
ラフェミナの足元の水面に一人の少女が映し出される。
「…その方はまだ就任されて日も浅いと伺っておりますが」
「フィアちゃんなら大丈夫よ」
ラフェミナ様が直に推挙されたお方だ。
ラフェミナ様には珍しく、就任の際のあまりに強引な手腕に、各方面から反発があった。
しかし、就任してからわずか二年という短期間にフィアという聖堂回境師は
フゲンガルデン防衛、マールス騎士団領の魔女捕縛、そして聖都コーレスにおいての魔王討伐という、
莫大ともいえる功績をあげ続けている。
面識は未だないが、それなりの人物なのだろうとノエルは想像していた。
その思い込みもすぐに打ち砕かれることになる。
ラフェミナが杖で水鏡に触れると場面が変わる。
映し出されたのは街の中を歩く二人の男女。
見方によっては微笑ましい兄弟の姿に見えなくもない。
「ここは…聖都コーレスね。どうやら彼も一緒のよう。あらあら、仲の良いこと」
少女は男の腕に抱き着いている。
「この者たちは?」
「フィアちゃんとそのナイトよ」
ラフェミナは楽しそうにそう言う。
「…ナイトですか」
ノエルは呆れたような声をあげた。
フィアと呼ばれる女性は聖堂化教師という重役に就いている。
人目のある通りの中で、殿方に抱き着くなどあまりにはしたない行為としてノエルはとらえたようだ。
立場のある人間として、あまりに軽率な行動にすら見える。
一方のラフェミナはその背後に視線を向けていた。
「…手間が省けたわ」
二人の背後を歩く帽子を着けた男を見て、ラフェミナはつぶやいた。
「今回の件、フィアちゃんに任せることにします」
「本当によろしいのですか?」
ノエルは少しだけ不安を覚えた。
「彼女ならおそらく大丈夫。念のためこちらからも保険もつけておくことにしましょう。
ノエル、ニルヴァに連絡を取れるようにして頂戴」
「はい」
ノエルは闇に溶け込むようにその場から消え去った。
「賽は投げられた。フィアちゃん、あなたはこの状況をどう覆すのかしら?」
ラフェミナは水面に映るフィアを見て微笑んだ。
魔軍襲来を書けます。
同じ言葉使ってる人いたんでちと単語を増やしました。
ミイドリイクにおいて行われるのは異邦との遭遇。
それぞれの立場からそれぞれがそのできうる判断をして行動する。
思惑や思想、信条。そして彼らに与えられた材料。
どうそれを組み合わせ、仕上げていくか。楽しいわw
よろしければ最後までお付き合いください。