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ハイタツ 【4】

 駐車場だったと思われるその場所は、遠くに見えていた時にはフラットに見えていたのだが、近づいてみるとバカでっかい足跡がドスンドスンといくつもつけられていて一面が穴ボコにされてしまっていたので、それを迂回するためにわざわざジグザグに走らねばならなかった。ただでさえ自信があるわけではない体力を、余計に奪われてしまう。

 ミサにかなりの遅れをとって自動販売機までたどり着いた頃には、僕はもうすっかり息を切らしてしまっていた。ミサはと言うと、これが若さというものなのか、涼しい顔をしている。先に着いていたミサは、斜めに傾いた自動販売機と同じ角度に首を傾けてディスプレイの中の商品を見定めていた。

「・・・うーん。ミルクティーか、桃のソーダ。かなぁ」

 ミサはそう言ってディスプレイを眺めている。僕はあがっている息を整えるのに必死で、黙っていた。

「ミルクティーか、桃のソーダ」

 ミサはもう一度そう言うとこちらを振り返り、僕と目が合うと「うん」と頷いた。何が「うん」なのだか。いや、大体想像通りの、まあ、そういうことなのだろう。

「はいはいはい。好きなの飲みなよ」

 そう言って僕はポケットから取り出したコインを斜めに傾いた自動販売機に投入した。ボタンのランプが点灯しないので投入金額が足りなかったのかと思いコインを取り出そうとポケット探ったところで、ミサに肩を叩かれた。

「いや、電気でんき」

「あっ」

 慌てて返金のレバーをひねったが、自動販売機は僕のコインを飲み込んだまま黙りこんでいた。ガチャガチャガチャと繰り返しレバーをひねり返金を試みたが、虚しい音が響かせただけだった。さようなら、僕のコイン。

「先に言ってよ」

「いや、だって、おじさんが何も考えずにコイン入れたのが悪いんでしょ。・・・それに、おじさんは女の子に奢ったりできないタイプの人だと思ってたから」

「ひどい偏見だなぁ、それ。意外とできる子なんだよ、お兄さんは。そこんとこ、よーく覚えておきなさい」

 少しも悪びれる事なくそう言い放つミサと、見栄で返す僕。意外とできる子。嘘をついているわけではない。見栄だ。僕はそういう事が出来ないタイプの人間ではない。そういう事が下手なタイプの人間なのだ。下手ながらも、できることはできる。分類上はできる子に属しているはずだ。よって、嘘ではない。

 そんな事より、どうしたものか。走ってかなり喉が渇いてしまったので、このまま目の前の水分を諦めてここを立ち去るという気にはとうていなれそうもない。どうにかして中身を取り出したい。

 取り出し口に手を突っ込んでみたが飲料には手が届かず、フロントパネルをこじ開けようと体重をかけて思いきり引っ張ってみたが、やはりというか、びくともしなかった。まあ、こんなんで開くようじゃ製品として欠陥品だよな。素手でだめならと、僕は足下に転がっていた木の枝をフロントパネルと本体の間に差し込みこじ開けようと試みたが、思いきり力をかけたとたんに、木の枝はミシリという音を立てていとも簡単に折れてしまった。もっと硬くて丈夫そうなものをあたりを探してまわったが、結局見つけることはできなかった。

「くそう。砂漠の蜃気楼詐欺にあったみたいな気分だ」

 そう言って僕は手に残った棒を地面に投げ捨てた。

「蜃気楼詐欺って」とミサが笑う。その言葉がツボに入ってしまったのか、ミサはしばらくの間笑っていた。僕は笑う気になれなかった。

「さよなら、僕らのオアシス」

 僕が肩を落として立ち去ろうとしたその時、ミサに肩を叩かれた。

「おじさん、ここ」

 そう言ってミサは、コイン投入口横を指差した。正方形をした半透明の小さな板のまん中に、なにやら色褪せたステッカーが貼られている。よく見てみると、それはどうやら非常用のマークだった。ピンと伸ばされた白くて小さなミサの人差し指は、そのままの形でプラスチックの保護プレートをぐいっと押し込み、中のボタンをカチリと押した。その瞬間、僕の前では沈黙を守っていた自動販売機はまるで馬鹿になってしまったみたいにガラガラガラという音をたてて中に溜め込んでいた飲料を勢いよく吐き出しはじめた。色とりどりの缶やペットボトルが次々と吐き出されては地面を転がっていく。

 あっけにとられた僕は、その光景をただただ呆然と眺めていた。

 横を向くと、ミサがしたり顔でこちらを見ている。

 自動販売機から吐き出された飲料の最後のひとつが地面をくるくると回りながら転がって僕のつま先に当たり、止まった。

「だから、知ってるなら先に言ってよ」

 僕がそういうと、ミサは心底楽しそうな声をあげて笑った。


 宣言通りにミルクティーと桃のソーダを拾い上げたミサは、見るからに上機嫌だった。ミサを見ていると、笑顔にも色々な種類があるんだなと、ふと思った。僕はこれまで、笑顔というものをひとつのカテゴリーぐらいにしか捉えてこなかったのかもしれない。楽しい、嬉しい、可笑しい、同じようなのに、よく見るとけっこう違うんだなと気づかされた。きっとミサの表情がそれほどまでに豊かなのだろう。

「どっちから飲もうかなぁ。ねぇ、おじさんはどっちがいいと思う?」

「ミルクティー」

「なるほど。じゃあ、おじさんの意見を参考にして桃のソーダにしよう」

 ミサは意地悪く僕にむかってそう宣言すると、プルタブに指をかけた。

「だって、ぬるいよ、それ」

「あっ」

 ミサの表情が崩れる。しかし、その瞬間にはもうすでにミサの手の中の缶はプシュと力のない息を吐いてしまっていた。

「先に言ってよ、おじさん」

「これで、おあいこ」

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