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ハイタツ 【3】

「しばらくこうして充電をしておこう」

 僕はミサのウインドライダーの翼部にあるソーラーパネルがしっかりと太陽の光を受けられるように角度を調節して、僕のカタツムリのボディに立て掛けた。

「ありがとう、おじさん」

「おじさんじゃない」

 痛む体を押してウインドライダーを動かしたというのに、おじさん呼ばわりはないんじゃないかなと思う。

 僕がカタツムリやウインドライダーを移動させている間にミサは何をしてたかというと・・・何もしていない。辺りをキョロキョロと眺めては、花やら草やら砕けた石やら、興味を引かれるままに駆けて行っては、観察をしてあれこれと声をあげていた。今は、自分の胸くらいまでの高さがある大きな四角い石の上に腰をかけている。ミサが腰かけているその大きな石は四方を直線に削られていて、真ん中には人工的なまん丸い穴がひとつ空いていた。

 そこから辺りをキョロキョロと見渡しながら、ミサが言う。

「変なところだね、ここ」

「そうだね」

 ここに来るまではずっとガラクタでぐちゃぐちゃな景色の上を通って来たので、こういうふうに緑が残っている場所に違和感を覚えてしまう。しかしそれを抜きにしたとしてもこの場所は、世界の終わりの前の日常生活の中で普通に見ていた景色とくらべてみて、やっぱり変な場所と言える。

「わけわかんない形の石がいっぱいあるし」

 一面の瓦礫の中にぽっかりと広がった草原には、ミサの言うとおりのわけのわからない形をした石がいくつも不規則に置かれていた。まん丸の球体や、額縁を立てたようなものや、軟体動物を輪切りにしたようなウネウネした石像もあった。遠くには首の折れたキリンに見えるようなものも見える。

「美術館か、博物館・・・だったんじゃないかな、ここは。」

「美術館?」

「うん。たぶんね。そういった施設の庭だったんじゃないかな、この場所は。これらはきっとオブジェなんだよ」

「たしかに。そう言われれば、っぽい」

「ああいう石像とか。まあ、僕には全然その良さが理解できないけれどね」

「それについては同感。あのウネウネのやつとか趣味悪いし」

 だよねぇ、と僕はあいづちを打つ。

 それから、と僕は言ってから、そのいくつものオブジェの向こうにみえる瓦礫の山に向かって指を差した。

 草原はギリギリ丘と呼べるくらいの緩やかな斜面になっている。この丘全部が広大な庭なのだろう、遠くのてっぺんあたりには建物だったであろう瓦礫がひと山、帽子のように被さっていた。

「たぶんなんだけど、あれが美術館か博物館だった建物跡だと思う」

「うわぁ、ぺしゃんこ」とミサは顔を歪めた。

 風が吹いて、千切れた草や葉がいくつか流れていった。主を失った庭はどことなく寂しげに見える。まるでケーキの無い誕生日会みたいだ。

「あ、別館はっけーん」

 ミサは本館だったであろう場所から少し右に外れた所にある瓦礫を指差して、はしゃいで指を指す。

「なんか中から大きな木も飛び出してるし、キラキラしてるし、こっちのほうがすごいね。私の勝ち」

 そう言ってミサはケラケラと笑う。

 何をもって勝ち負けが決まるのかはわからないが、一度そう言われてしまうと不思議なものでちょっぴりくやしくなってくる。

「いやいや、普通は本館をみつけたほうが勝ちでしょう」

「でもあれはただの灰色のぺしゃんこでしょ。こっちは壊れた鳥籠みたいに形が残ってるし、そこからおっきい木がいっぱい突き出てるし、芸術的だよ。よって、私の勝ち」

 うぬぬ。さっきウネウネの石像を否定していた人間が芸術を語るのもどうかとは思ったが、たしかにその建物の残骸は美しいのかもしれないと、不覚にも僕もそう思ってしまった。もとは壁全面が大きな窓だったのだろう、グニャリと曲がって崩れた鉄枠はたしかに鳥籠のように見え、所々に残る硝子がキラキラと反射して光っている。そこから何本か突き出ている木はどうやら南国のもののようで、広く大きな緑色の葉が長い幹の先でゆっくりと揺れていた。

 得意気な顔をしてこっちを見てくるミサは、僕が悔しそうに黙ったのを確認すると、さらに鼻を高くして楽しそうに「にぃーっ」と笑った。それを見たら、横隔膜が痙攣するみたいにお腹の奥から笑いが込み上げてきた。笑えてくるがしかし、この感情の半分は悔しさだ。悔しい。勝ち負けの基準はおよそミサにしかわからないのだろうが、負けるわけにはいかない。

 僕は意地になって周りを見渡した。しかし、丘の上に見える瓦礫はもうそれだけだったし、丘を取り囲む瓦礫は何がなんだかという感じにごちゃごちゃでなので、それがなにか言い当てることはできなさそうだ。しかし、何か見つけなければ。しかたがない。僕は斜面に見つけた小さな建築物跡を指差した。

「公衆トイレ跡、発見」

「うげ。なんかばっちいので、減点イチー」

「なんだよそれ!」

「おじさん、ざんねーん」

 ミサが心底楽しそうにべぇーっと舌を出す。

 再び僕のお腹の奥が揺れる。悔しい。腹が立つ。ちょっぴり涙が出そうだ。そもそも加点方式だったのかとか、突っ込みたい事もあるのだが、もうどうでもいい。やけくそだ。こうなったら乱打戦だ。

「電波塔跡、発見」

「遠過ぎてちっちゃくしか見えてないので、0.1点」

「キリンの像、発見」

「さっき一緒に見てたやつなので、0点」

「ベンチ発見」

「微妙なので、審議」

「駐車場跡、発見」

「私の身長じゃ見づらくて確認できないので、採点不可ー!」

「なんなんだよその理由は!」

 ミサがまたもや舌を出す。さすがに頭に来た。

「見ろー!」と言って僕は両手をミサの脇に挿し込み、そのままぐいーっと天高く持ち上げた。自分で言うのもなんだが、見事なリフトアップだった。

「きゃああああぁ!ごめんなさいごめんなさい!」

「ちょっと、暴れちゃダメ。あぶな・・・」勢いで持ち上げてみたものの、僕は決して力自慢な人間などではない。

「セクハラセクハラバカバカバカバカ」手足を振り回して暴れるミサ。

「あぶないあぶない、落ちる落ちる落ちる落ちる」

「フィジカルコンタクトは反則!減点ごじゅ・・・!?」

 バタバタと暴れていたミサの動きが止まった。

「あーーーーっ!」

 遠くを指差しながらそう言ったミサは僕のお腹を思いきり蹴って地面に降りると駐車場の方へと駆け出した。

「ちょっ・・・」僕はお腹を押さえてうずくまる。たしかにさっきの行動は大人げなかったが、これはちょっと酷いんじゃなかろうか。今度は本当にちょっぴり涙が出た。

 駆けて行くミサの後ろ姿はみるみるうちに小さくなる。

 豆粒ほどの大きさに見える距離まで走ったところでミサは立ち止まり、振り返った。豆粒、という比喩では大袈裟なので、空豆の粒ほどとでも言い直そうか。

 ミサはなにやら口に両手を添えてこちらに向かって大声をあげている。

「・・・ぁーケールーさーぁー・・・」

 僕も、口に両手を添えて聞き返す。

「なぁーにぃー? なんだってぇー?」

「・・・ぃーはー・・・きぃー」

「ごめーん! きこえないー!」

 ミサは一度怒ったような仕草をした後、思いきり空気を吸い込んでこちらに向かって大声で叫んだ。

「じぃー! はぁー! んー! きぃー!」

 ああ、なるほど。

 僕は聞こえた事を伝えるために両腕で頭の上に大きな丸を作った。

 ミサはそれを確認すると腰に腕をあて満足そうにうなずき、再び駐車場へと向かってさっそうと駆け出した。

 僕もミサの後ろ姿を追いかける。

 体の痛みのせいで引きずるような足の動きになるのがもどかしい。風のように軽く駆けて行けそうな、少し大袈裟に言ってしまえば、僕はそんなふうな気持ちになっていた。

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