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ハイタツ 【2】

 僕は見知らぬ女の子を抱きしめたまま仰向けに地面に倒れて空を見上げていた。

 風が吹いて、草が僕の頬を撫でる。どうやら草原の上に落ちたようだ。草の生えた柔らかな土の上に落ちたことで致命的な怪我はせずにすんだのだろう。もし瓦礫の上に落ちていたらと考えたら、ゾッとする。


 胸の上で女の子が動く気配がした。

「あいたたたたた」

 そう言いながら女の子はモゾモゾと体を起こした。眠そうに瞼を手でこすり、んーっ、と一度大きく伸びをした。僕の上で。そして、眠たげながらも開いた瞳が世界をとらえる。

 目が合った。

 女の子は僕の顔を見て、辺りを見回して、それからもう一度僕の顔をじぃーっと覗きこんだ。

 そのままの格好で、固まる。

 何か言葉をかけようと思ったのだが、何から話せば良いのかわからないので、言葉が出てこない。僕も黙ったまま、固まってしまった。

 沈黙。気まずい。

「お、おはよう」

「・・・」

 返事はない。どうやら、おはようという切り出しかたは間違っていたらしい。

 しばしの間再びの沈黙が流れたのだが、しかし時間が経って徐々に整理が出来てきたのだろう、女の子の顔にゆっくりと表情が戻ってきた。そこには当然困惑の色しか張り付いていないのだが。

「ここはどこ? 私どうして・・・」と、そこまで言ってから自分が見知らぬ男の上に乗っている事に気づいたのか、女の子は小鳥が跳ねるような素早さで後ろに飛び退いた。

「な、ななな、何か変なこと、してないでしょうね」と、胸元を腕で隠すような格好をして僕に言った。

「何もしてないよ」と、僕は首だけを上げて答えた。

 目が合った。

 女の子は敵意溢れるじとーっとした疑いの視線を容赦なく僕に刺している。痛い痛い。思春期頃の女の子というのは、異性に対して一番容赦がないんじゃないかと思う。ちゃんと弁解しなければ。

「何もしてない。本当に。仮に僕が君が思うような変なことをしたいと思っていたとしても、残念ながら僕は今全身打撲でしばらく体を動かせそうもないんだ 」

 ほら、と言って僕は首を上げて手首から先だけを動かしてポーズをとってみせた。上手く伝わっただろうか。

 女の子はしばらく僕の姿を観察し、自分の服に乱れがないことを確認して、それから、疑いを少しだけ解いてくれた。

「あの、私たちどうしてこんなところで倒れてたんですか」

 そう言って、女の子は立ち上がった。

 あれ、と言って僕は近くに転がっていたカタツムリを指差した。

「あれで走っていたら君が空から落ちてくるのが見えたんだ。助けようと思って、追い付いて君を受け止めたら、転倒してこうなった」

 それを聞いた女の子は少し複雑な表情をしてうつむいた。そして小さく「ありがとう」と言った。

 うつむいた女の子は、自分の膝に赤い色を見つけた。

「あぁー、膝擦りむいてる。痛ーい。うわっ、血が出てる。服汚れちゃう、どうしよう」と騒ぎだした。

 僕はそのテンションの触れ幅に、少し吹き出してしまった。小鳥みたいな人だなと思った。

 女の子も、つられて笑った。

 僕は目の前にいるその女の子にもっと笑っていてほしいなと、そう思った。


 女の子は背中からウインドライダーを降ろすと、僕の乗っていたカタツムリの方へと歩いて行った。

「ごめんね。私を助けてくれたせいで傷だらけだよ。あー、ミラー割れちゃってる。壊れてないかなぁ」

「まあ、大丈夫だと思う。あの車種は丈夫さだけが取り柄みたいな感じだから。ちょっと前にさ、頑丈さを試す為にビルから落下させるっていう馬鹿げた動画が出回ってたんだけど、ちゃんと動いてたよ」

「よかった。ちょっと安心」と言って、女の子はおおげさに見えるくらいの仕草でホッとしたポーズをとった。「だけど、ひどい人だね、その動画を撮った人。物は大事にしないと」

 そうだね、と言いながら僕は一度ごろりとうつ伏せに転がり、そこから膝を抱え込むような姿勢をとって、それからゆっくりと上体を起こした。背中と腰が痛い。思わず、あいたたたた、と声が出た。

「大丈夫ですか」と女の子は僕に声をかけてくれた。

「ありがとう。大丈夫」と答える。

 煙草をポケットから取りだし、一本くわえて火をつける。煙を肺いっぱいに吸い込んでから、鼻から抜く。その姿を見ていた女の子が、顔をしかめて言った。

「うわー、おじさんっぽい」

「失礼な。これが一番しっかり味わえるんだよ」

 そう言って僕はもう一度、今度はわざとよりたくさんの煙を鼻から吹き出して見せた。

「ばっかみたい」

 そう言いながらも、女の子は笑ってくれた。

 煙草を吸いながら、あたりをぐるりと見渡してみる。

 草原は瓦礫の中にぽっかりと広がっていた。草原の中にはぽつりぽつりと幾何学的な形をした人工物が散らばっている。なるほど。

「はくぶ・・・」と言いかけたところで、ぐうううぅと音がなった。僕のお腹から。

「すごい音がしたよ、おじさん」

「おじさんじゃない」

「だって、おじさんの名前聞いてないし」と言って女の子は膨れっ面をしてみせた。

 この先、おじさんと呼ばれ続けてしまうのも癪なので、名前を伝える。

「カケル」

「カケルさんかぁ。なるほど」

 何がなるほどなのかと突っ込みたかったがそのままにしておいた。

「ええとね、私は、ミサ 」

 ミサ。空にその姿を見つけたあの瞬間、天使みたいに見えたその女の子にぴったりの名前だと、僕は素直にそう思った。

「よろしく」

「よろしくね、おじさん」

 そう言ってミサはいたずらな顔で笑った。

 僕はがっくりと肩を落としてみせた。

 そして、そのやり取りが可笑しくて、心地よくて、笑った。

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