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ハイタツ 【1】

 ファウファウファウファウ、という音をたててフクーターは瓦礫の上を滑るように進んで行く。車体を障害物に引っ掛けないよう高度を高く保つ為に、僕は出力をずっと最大にしたまま走っていた。この調子だと一度に走れる距離はずいぶんと短くなってしまうだろう。しかし、瓦礫だらけの地上をこうして進んでいけるのだから、それだけでも感謝しなければならない。前時代のタイヤのついたマシンだったら、僕はもうすでにどこかで立ち往生していただろう。


 人類がこの反重力技術を手に入れてから、四半世紀ほどが経つ。

 浮力を発生させるユニットは電気エネルギーだけで起動している。空気を汚さない完全なクリーンエネルギーだ。浮力を得ることにより地面との摩擦がまったくのゼロになっている為、推進に使うエネルギー量もかなり少なくてすむ。空気を汚さずにしかも省エネという、本当に美味しいことばかりの夢のような技術だった。当然、人類はすぐに化石燃料を使うエンジンから反重力エンジンへの乗り換えを始めた。この偉大な技術革命によって人類による大規模な自然破壊がようやく止まるのだと多くの人がそう思っていたのだが、ところがどっこいそうそう上手くいくはずはないのだ。反重力ユニットの製造には新種の希少なレアメタルが必要だったので、地球は瞬く間に穴ボコだらけにされてしまったし、エネルギーによるパワーバランスが狂った幾つかの国家間で小さくない戦争もおきた。結局、地上は緑を多く失ったし、大気だってずいぶんと汚れてしまった。どうやら人類には慎重さが足りていないらしい。

 そういえば、地球外生命体による地球侵略説が噂として世界中でちらほらと聞かれるようになったのもこの頃からだと誰かが言っていたような。


 バッテリー残量を示すメーターのエンプティランプがチカチカと光り始める。同時に、視界の先に緑色に拓けている場所を捉えた。あの場所まで走ったら少し休憩をとろうと思った。太陽ままだ高いところにある。そこでしっかりと充電をして、それからもう一度走り直そうと思った。

 そのとき、後ろから薄い影が僕の頭上にふわりと被さったてきた。

 見上げると、太陽を背にした逆光の中に、羽を左右にいっぱいに広げた影が見てとれた。鳥はこの世界でもたくましく生きているのだなと思った。地球外生命体が破壊したのは地上に築いた人類の文明だけであって、自然はそんなこと知らん顔で今まで通りの営みを続けているのだろうと思った。

 しかし、その影が逆光を抜けたとき、それが鳥ではなかったことを僕は知った。


 人工的な銀色の輝きを放つ一対の羽根。その中心には、白いワンピース姿の女の子。


 銀色の羽根。あの羽根の形には見覚えがある。ウインドライダーという飛行競技用のマシンだ。羽根による浮力と反重力技術を掛け合わせた、ハイブリッドなマシンだ。競技者はみな空気抵抗を減らす為に全身をピッタリと包み込む専用のスーツを着用するのだが、その女の子は真っ白なワンピースをひらひらとははためせながら飛んでいた。競技を愛する者からすれば、きっと邪道だとか冒涜だとかそんなふうに思われてしまうであろうその姿は、しかし僕からすれば、それこそが正しい姿なのではないかと思えた。いや、正しい、と思ったのではないかもしれない。素直に、ただ単純に、美しいと思った。その姿はまるで、天使だとか妖精だとか、そういう触れることのできないものを連想させ、その光景の美しさに僕はただただ息をのんで見とれてしまっていた。

 ウインドライダーは高度をゆっくりと下げているようで、その姿は徐々に鮮明になってゆく。危険な事なのだが、僕はほとんど前を見ることなく空ばかりを見上げて走っていた。空を、というか、その女の子の姿を。ウインドライダーは高度を下げ続ける。顔を確認できるくらいの距離にまで降りてきた。

 肩にかかるくらいの長さの柔らかくウェーブがかった金色の髪。そこに幸福が詰まっているかような、あどけなさを残すふっくらとした頬。それに似つかわしくない泣き腫らしたようなその眼は、閉じられていた。

 どうして、眼を閉じたまま・・・と思った瞬間、ガクンとウインドライダーは高度を一気に下げた。

 ウインドライダーのエネルギーが切れたのかもしれない。女の子は気を失っていたのだろうか、何の操作をする気配もない。かなりマズい状況だと思った。反重力ユニットによる浮力を失ったウインドライダーは、慣性のままに僕を追い越して行く。僕はスロットルを全開にして追いかける。頼むから、もうしばらくは走ってくれよ。ウインドライダーの落下地点を予測して、フルスロットルのままそこへ突っ込んで行く。女の子と地面との距離があと2メートル程に近づいたところでなんとか追い付くことができ、下にもぐり込むことができた。僕はカタツムリのフットボードに立ち上がり、振り向いて女の子の体を掴まえた。その背中に右腕をまわして体を固定しながら、左手でハンドルを探りあて、ブレーキレバーを握った。グゥッと制動力を体で感じる。上手くいったかと思ったが、次の瞬間にはカタツムリはバランスを大きく崩して転倒し、僕は女の子もろとも投げ出されてしまった。さっきかけたブレーキとウインドライダーの羽根による空気抵抗で少しは勢いが和らいだのだろうが、僕は女の子を抱きしめた格好で背中から激しく地面に叩きつけられた。何度か跳ね、その度に背中を打ち付け、ようやく止まった。

 一瞬息ができなくなったが、ゴホッゴホッ、と何回か咳を繰り返したあとは、少しずつ呼吸が戻ってきた。すぐに起き上がって女の子の無事を確認しようと思ったが、体を動かすのにはもう少し時間が必要だった。僕は首だけを上げて女の子の顔を覗きこんだ。「いたたた」と小さな声が聞こえた。女の子の瞼が少し動いた。胸の上に女の子の呼吸を感じた。僕は空を見上げて一息をついた。

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