邂逅
「いろいろ聞きたいことはあるが、お姫さん、俺を恨んでここまで来たのか?」
しばらくお悩みになって、勇者様はそう尋ねられました。
…少し私の名前の発音がおかしかったですが、異世界の人には発音が難しかったのでしょうか?わざわざ嗜めるほどのことでもないので続きを始めます。
「正直に言って、…初めは恨みました。それだけの力を御持ちになってどうしてお助けくださらないのかと」
「私、勇者様の発言を記録しておりましたの。憤りのままに破り捨てようとしたんですけど、その前にもう一度読み返してみて思いました。勇者様の言うとおりだと。少なくとも私には勇者様に文句を言える資格はないのだと確かに実感したのです」
ここで、私は一息ついた。ここから先をいえば、もしかしたら激昂した勇者様に殺されるかもしれない。そう思い、それでも決意のままに続けることにした。
「例えば、日々魔物に怯える村の民であれば、希望にすがりついたとしても仕方ないでしょう。ですが、私は王女として、魔物に遭遇することもなく、安穏と過ごしていたのです。勇者様と同じようにいきなり剣をもたされ、いきなり魔物と戦え!と言われても唖然とするだけでしょう」
私は膝をつく。
城であったなら、王族としてそのような態度ではいけないと叱られてしまうでしょう。
「話は少々変わりますが、、我々がなぜ、異世界から勇者様を召喚すると思いますか?」
「異世界から召喚されたものはこの世界で生き延びるために肉体を適応させようとする。それは身体能力の向上であったり、スキルであったりと幅はあるが、能力の高い者を呼び出せる可能性が高いからだと想像している」
「……はい。我々の間では”女神様の加護”と呼んでいました。ですが、”女神様の加護”は異世界人でなければ持っていないわけではありません。総称として”女神様の加護”と呼ばれますが、それぞれの能力に応じて更に個別の名称を持ちます」
勇者様は訝しげな表情をされていました。
内容は理解されているのでしょうが、話の展開が読めないからでしょう。
「私にも”女神様の加護”があります。個別の名称でいえば”探索の加護”。恐らく勇者様の疑問の一つへの答えとなるかとおもいますが、勇者様の位置を特定してこちらに参りました。」
勇者様の頭の回転は悪くない、どころかむしろするどい。もうすでに私の言いたいことは理解していらっしゃるとおもいますが、これは私の方から言うのが筋でしょう。
「……そして、矢狭間様を勇者様として特定したのも私です」
召喚を行うことは私には出来ませんが、勇者として、"能力の優れたもの"を特定することはできます。
「…」
「言わば、矢狭間様をこちらに勝手に召喚したのは私のせいです。申し訳ありませんでした。そして私をいかようになさっても構いません。どうかわが国へのお怒りをおときくださいませ」
私は頭を垂れる。
いわゆる"土下座"の体勢である。
国のものが見れば卒倒すること間違いなしだ。
「…次第については分かった。幾つか尋ねたいことがある。頭を上げてくれ」
首を切り落とされても仕方ない、とまで思っていたので、全身から力が抜けます。そもそも"土下座"とは自らの弱点をさらすことで謝罪する体勢なのですけど。
「俺の位置が分かったのは理解できるとして、だ。どうやってここまできた?お姫さんを見つけたときの姿はとても魔物を振り払ってこれる格好じゃなかったはずだ。それとも魔法が優秀だとかか?」
「いえ、勇者様の位置が霊山山頂であることが判明してからは"私に害を与えうるもの"という条件で周囲を警戒しながら山頂を目指したのです。私の加護は、発動すると脳裏に地図が思い浮かび、探索条件に該当するものが表示されるので、危険を回避しつつ登山致しました。迂回などで予想以上に体力を消耗してしまい、力尽きてしまいましたが」
「…」
勇者様は何か思案されている様子でした。
「なぁ、お姫さん、あんたの首をとったところで、俺が元の世界に変えれるわけじゃない。むしろ俺が帰れるように力を貸すのが正しい責任の取り方ってものじゃないか?」
なるほど、確かにそうかもしれません。
「わかりました、勇者様のご帰還のために微力ながら尽力致します」
真剣に誓約を交わしていた私の額を、勇者様が右手の親指で力を溜めて中指で弾きました。
「痛っ」
ちょっとぼやけた視界で勇者様を睨むと、困ったような顔でおっしゃいました。
「謝罪は受け取ったし、罰も今与えた。お姫さんには帰還の手伝いをしてほしいと頼んでるだけだ。そんな奴隷みたいに接しないでくれ。それから、俺はこの国を救ったわけでもないし、そもそも勇者様なんて柄じゃない。夕熾=矢狭間だ。夕熾とでも呼んでくれ」
「…夕熾様。初めて謁見された時、夕熾=矢狭間と偽名を仰っていたということですか。真名を隠されるほど警戒なさっていたのですね」
そうと知り、私は申し訳なさを募らせる。
「いや、俺のいたところでは濁らないほうが言いづらいらしくてな。知人が皆”ゆうじ”とか”やざま”って呼ぶからそう呼ぶようになってたっていうか。」
「…」
こうして勇者さ…もとい夕熾様と私の奇妙な縁で生じた生活が始まるのでした。そして私はその生活を記していくことになるのですが、それはもうちょっと後のことで、ここまでは書き始めてから振り返って書き出したので、少々おかしなところがあるかもしれません。
この物語は、一躍有名になった古代学者が、権威として縛られて歳月を送り、嫌気が差してきたころに「昔は金はなかったが、歴史の謎に挑む夢と希望があった」と再び野に下り、かつての王国跡について調べだします。霊山としてその国があがめていた山に登った男は山頂に遺跡を見つけます。明らかに文明がズレている遺跡の調査を調べていくうちに一冊の書物を発見する。著者の名前はかつて勇者に攫われたと言う王女の名前だった…。慌てつつも丁寧に、という器用なことをした男は知られざる歴史を紐解いていく。
という裏設定があったりします。