矢狭間 夕熾
木の板を適当に組み合わせただけの、家というのもおこがましい庵とういうのがせいぜいか、の側でこれまた手作りのとりあえず座れるだけの木切れに座って考えごとをしている。
勇者こと俺、矢狭間 夕熾は、現代日本で大学生をしていた。これから就活を始め、いよいよ社会人になるのだ。もうモラトリアムも終わりかとため息をついていたところ、この世界のとある一国の王様に魔王退治の先兵にと召還されてしまった。
なぜか会話は通じるものの、事態を飲みきれず混乱する俺を無視してどうかこの世界を救ってほしいと言われてしまう。
権力者にとって見栄も大事なのはわかるが、少々遊蕩ぶりが目について不信感を抱いた俺は表面上では取り繕って、裏では情報収集を心がけた。
「文字を読むことができる」ということに生まれて初めて心から感謝した。
異世界からこの世界に召還された者は例外なく”加護”をもらえるらしい。
最も”加護”という名は教会が自分達の名前を売り出すためにそう言っているだけで、実際には人間の適応能力によるものではないか、という仮説が気になっている。
要するに、今までいた世界と異なるシステムを持つ世界に送り込まれたことで、その世界で生きるために必要な能力を開眼する、というものだ。
”信託”の加護を持つ巫女が派遣されてきて俺の”加護”についての信託を授けてくれた。
ここでも運が良かったのは”信託”は加護を持った巫女に降りるのではなく、俺の脳裏に浮かび上がるというものだったことだ。
ゲームでいうところの”ステータス”を見られるようにするという認識に近く、生を受けたものは協会で洗礼を受ける、というのが一般的らしい。
ただ、貴族にとってはこの”信託”を受けることがの洗礼を意味するらしい。
俺の”加護”は”魔道の体現者”。
---ありとあらゆる魔法に関して適正を得るというものだった。
一般的には火、水、土、風の一般属性に光と闇の上位属性がある、と言われている。
王には光、火、水、土、風の魔法に適正があると答えたけどね。
というか、これ、勇者なのか?
ともかく、この世界にくるまで俺は闘いなどというものを経験したことがないと伝えたところ、引退してなお指導役という元騎士団長に宮廷魔術師長なんていう大物がつけられ、毎日のように地獄の指導を受け続けた。
勇者として喚ばれるだけあって下手に才能があったのがいけない。
教えたものをグングン吸収する俺に楽しみを覚えてしまった彼らは毎日俺がぶっ倒れるまでいじめ抜いてくれたのだ。
ひたすらに訓練、魔法による回復を交互に繰り返された俺は現代日本の知識で言うところの”超回復”というやつだろうか、恐ろしい早さで体が作り替えられていった。
日中はそんな感じで過ごす日々が続き、夜間は宮廷魔術師の所有する
図書館へと忍び込む日々だ。
気配を消すという行為が難しかったがなんとか忍び込み、この世界の地図や歴史といった常識から、訓練で教わるもの以外の魔法についてなどの学習をする。これらはだまされるのを防いだり、もっと直接的に敵の攻撃を防いだりするのに必要な情報である。
寸暇を惜しんで学習した。
大気を伝う空気の波を打ち消す魔法を改良して、自身の放つ音を消す魔法”ミュート”を。
光の反射を利用して相手を幻惑する魔法を改良して、自身の姿を映さないようにする”ハイド”を。
これらの魔法を覚えてからは行動の幅が広がって、夜間に城を抜け出して酒場に行ったりし始めた(むろん実地での情報収集のためである)。
お金はもちろん、城のものを着服した。
文明の発展の差で、あまり期待はしていなかったのだが、予想に反して魔法によって冷やされたエールは非常に美味だった。
そしていよいよ訓練の成果を見せてみろ、と言われた俺はある山に住み着いた魔物の退治を課された。
幾ら実力が身に付こうと生物を害することに忌避感を持つ現代っこである。巨大な蜘蛛の魔物とは言え、剣で攻撃するというのは躊躇われたので、遠くから魔法でやっつけてしまおうと思い、様子見のファイアボールという下から2番目に攻撃力のある火の魔法を放ち、
山が原型を失ったのである。
試験監督としてついてきた師匠2人に
「こんなところで火の極大魔法を使う奴があるか!」
と怒られたので
「これはフレア(極大魔法)なぞではない。ただのファイア(最下級魔法)だ」
と少し見栄を張りつつ答えれば、2人は顔を真っ青にしていた。
ファイアボール(下級魔法)だと正直に答えておいたほうがよかったかもしれない。
それから数日後、十分な実力がついたとみなされ、魔王退治へと行くことを命じられた。
中庭に民衆を集めてスピーチを行った後に正門までの大通りでパレード。そしてそのまま旅にでるわけだ。
一人で旅に出されるのかよ、と思っていたらちょうどそのことについて説明された。
協力体制をしている国からそれぞれパーティメンバーを出すらしい。
これは魔王撃破後の国の力関係の影響を懸念してということだ。
そうは言っても勇者を出したこの国の影響力がほかより強くなるのは間違いないのだろう。
その話をする宰相の顔は終始ニヤけていた。
とらぬ狸のなんとやら、だと思うけどね。
正直に言えばまだ完全というわけではない。
まだ調べておきたいこともあったし、魔法についてもう少し研究もしておきたかったが、ことにあたり、万事抜かりなくということはほとんどない。たいていはそのとき持つ力で乗り越えていくしかないいのである。
そして旅立ちの日当日、俺はこの世界にきてから言いたかったことを多少の誇張を含めて言い切った。
この世界のことはこの世界の人間で面倒を見ろ!余所の世界に迷惑かけんな!要約すればこれである。
とは言え、自分のせいで死傷者を出したりするのはさすがに後味が悪いので、姿を消した”振り”をした後は、中庭に降りて、光の魔法で姿を変えて混乱が収まるまで救助活動である。
勇者スペックは伊達ではなかった。
人の群れの中で特に苦労することなく搬送やら治療が行えたのだから。
まぁ事態が落ち着いた夕方頃には精神的に疲労していたけどね。
どうやらやるべきことはやった、と判断できたところでこんどこそ本当に転移で移動した。
移動先は俺を召喚した国が自国を守る霊山とあがめる山である。
ぶっちゃけ、あの国の目と鼻の先である。
とりあえず雨風を防げるだけの東屋を作ると、かっぱらってきた本や資料を無造作にあたりに並べ、椅子に座っててきとうに読み漁る日々を過ごしていた。
こうして冒頭へと至ったわけであるが、俺は本を閉じ立ち上がると、
肩の上で腕を組みながら伸びをして凝り固まった身体をほぐす。
---何者かが俺の警戒範囲に侵入し、脳内アラームが鳴り響いたのだ。
「めちゃくちゃ、うるさいな、これ。もうちょっと改良の余地あり、と。」