王女の決意
とりあえず3話までは連続更新で。
勇者様のお言葉を聞いて誰もが呆然としていました。
普段は解放されていない、この中庭に集まった誰もがこれで平和になるるのだ、と期待に胸を膨らませていたのですから。
それからは誰もが声を失って、ただ呆然と見上げていただけだったように思います。
勇者様の、始めに結論を述べ、後からその根拠などを述べていくという珍しい技法は、じわじわと、確実に私たちを蝕みました。
そして、本当に勇者様が姿を消して誰もが理解しました。
勇者様は魔王と戦い、倒してくれる気はないのだと。
その後に続いたのはひどい暴動でした。
勇者様への<<えんさ>>の声、怒号、憎しみ、縋る声。
王家への不信、疑惑、困惑。
そして多くはないが、確実に存在した勇者への謝罪の声。
それらはお互いに混じりあい、退けあって膨大な熱を放つ渦となって
中庭に惨劇の跡を刻みました。
王家の記す歴史書には、犯罪者・反逆者として勇者様の名前が残されているはずです。
実際のところ、美しかった中庭は見るも無惨な有様で、芝生はめくれあがり、花は踏みにじられ、城は至るところに傷がつけられていました。
今は、改めて振り返り記しているので冷静に思い返すことができますが当時はこれのどこが勇者なものか、と喚いていたように思います。
父上や兄たちの口から漏れるのは勇者様への恨みの声。
「よくも我らを謀りおって!あんなものは勇者ではない。手配書を回せ!兵士たちはなにをやっている。やつらを止めろ!城から追い出せ」
「はっ。」
控えていた兵士たちが命令を実行すべく動き出しました。
私はそれを聞いて民と兵士の間で血が流すの!?と思い背筋を冷たいものが走ったのを覚えています。
このような無秩序を生み出して、勇者はなにをやっているのよ!と私は自身の持つ加護、”探索”を働かせました。
この世界には”加護”と呼ばれる不思議な力を持つ者がいます。
私もその一人で、探したいモノを思い浮かべると脳裏に地図が浮かび、探したいモノがその地図上で光るのです。
地図は詳細をみたり大まかにみたりと便利ですが、同じモノが幾つもあるものを探そうとするとすべての情報が一度に流れ込んでくるせいか軽くて頭痛、酷いときにはその場で昏倒したこともあります。
何を隠そう、勇者、もとい「魔王を倒せるほどの力を持ちうる者」を探知したのは私です。さすがに異世界までこの力が及ぶものとは思っていなかったのですが、結果的には世界の境界を越えてそれを認知してしまった私はその場で倒れ、鼻、耳、目至る所から血を流しあわや廃人になってもおかしくなかったそうです。
それでも私は召還を行う術師にそれを伝えました。
方向がわかるだけでも召還には大いに助かるのだとか。
ともかく、そんな思いまでして探し出した勇者があんなだなんて!
そう、私は悔しかったのです。こうやって記述してみることによってはっきりとすることもあるのですね。
ともかく、勇者様の行方を探索しようとした私はめまいがして膝をつきそうになりました。
勇者様の位置は私のそばだったから。
慌てて”詳細”に切り替えると中庭に相当する部分を光が恐ろしい早さで移動し続けていました。
「何よこれ、通常の3倍の速さ」
って、明らかに3倍じゃ済まないのにどうしてかそんな言葉が私の口から漏れました。
「それとも、質量を持った残像だとでも言うの!?」
城の中庭を模した、頭の中の地図上を紅点が駆け回っていました。よく見れば深紅の点と薄くなった点の2種類があったのですが、それに気づく余裕もないくらい、その紅点は地図を塗り変えるように動き回っていました。
それを追いかけようとした私の頭はオーバーヒートを起こしてその場でうずくまってしまいました。
頭痛に耐えながら地図を参考に中庭を見下ろせば、確かに何者かが動いているような気がしました。
地図の動きと完全に一致しているとしたら、私にはとても感知できるものではなかったのです。
・・・こんなことを続けていたら胴体視力がものすごいことになってしまいそう、だと振り返った今は思ってしまうのです。
日が沈む頃になってようやく騒ぎが静まりました。
父上や兄上たちは勇者様のことで相変わらず言い争っていましたが、私はそれどころではありませんでした。
護衛のことなども気にかけず、中庭に降りて警戒を続けている兵士の元へと駆け寄り、尋ねました。
「この度の騒動による負傷者・・・及び死亡者はどのくらいになりますか?」
「騒動をおこした者たちの身をご案じなさるとはお優しい姫様」
そう言って少し誇らしげな顔をした後、一転怪訝そうな顔になり、
「0人です」
そう言った。
「0人、ですか・・・!?」
「はい。騒動が起こっているとき、救助や取り締まりに駆けつけたとき中には弾きとばされた者や踏みつけられた者、殴りつけられた者など怪我をした、もしくはもう死ぬんじゃないかと思った者が何人もいましたし、そうあっておかしくない状況でした。ですが、再び目を開けたときには騒動の中心から遠ざけられていて、怪我一つなくなっていた、と。」
「そう。」
「一応、診察などさせてみたのですが,怪我の痕も残っておらず、本当に怪我をなさったんですか?と聞いて怒られましたよ。」
と言って苦笑する。
「一体何があったんですかね?」
不思議そうに首を傾げながら職務に戻っていった。
ーーー勇者様、貴方は一体何がしたいの?
少しホッとしながらも疑問は消えなかった。
護衛を置いていったことを叱られたが、そんなことはまるで頭に入っていなかった。
わからない。私には勇者様のことがわからない。
考えても考えてもわからなかった私は、
「---本人に聞くしかないわ。」
勇者様の元へと訪れることを決意した。
後々酷い目に遭うことを知っている私は、できることなら過去の私を止めてあげたくて仕方ないのだけれど。
いえ、やはり止めはしないでしょうか。