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勇者リボルト  作者: 夢辺 流離
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勇者の反抗

 異世界に召喚された勇者が召喚者の言うことを聞かないのももはや王道ですよね。

 王道の小説も書いてみたいって思ったのでちょっと手を出してみた。

反省はしていない。

 今、父、もとい陛下に促され、一人の青年が一歩前に踏み出す。

それで姿が見えたのだろう。

城の中庭を歓声の波が包み込む。

いつまでも静まらず、ついには警備の兵士たちが落ち着かせようと奮闘するが、それでもとどめることが出来ないでいるようだった。

それも仕方がないことのように思う。

長らく、本当に長らく待ちわびていたのだことを私も知っているから。

歴史を紐解けば、より長く苦しんだ末に救済を得たこともある。

だがしかし、今を生きている私たちには過去の大いなる災難より、身近な苦難の方が切実なのだから。


 いつまでも続くかと思われた混乱を沈めたのは他ならぬ青年自身だった。


 嵐のように荒れ狂った中では誰にも聞きとれそうもない静かな落ち着いた声だったが、魔導具を介して広場に届けられるとそれまでの喧騒が嘘のように凪いでいく。


「こんにちは、ただいま紹介に預かりました、ユージ=ヤザマです」


 それは些かならず、不作法な挨拶の始まりだったけれど、こうでもしなければいつまでたっても始めることができなかっただろう。

私自身、この身に無自覚に熱量を発していたのだから。

そのお言葉を記録しておこうと、決して安くはない、なめらかな紙と一度インクに浸せばしばらく書き続けられるペンを手にとった。

後から思えば、その作業を通して聞いていたから私は冷静でいられたのだろう。


「まず結果から申し上げて、私はあなた方を、この国を救うつもりはありません」


 静まり返っていた広場は予期せず沈黙に包まれる。誰もが自分が聴き違いをしたのだろう、と呆っとしていたからだ。


「私は異世界から召還されてきました。召還の際にあなた方の信奉する女神様が御力を貸してくださったかもしれません。ですが、この身は女神様に与えられたものではなく、世界は異なれど私を生んでくれ、育んでくれた両親がおり、長らく迷惑をかけましたが、職に就き、落ち着いた頃を見計らって結婚し、子を設けて、老いた両親を養いながら平凡で退屈な、幸運な人生を歩むことを思い描いていた」


 先ほどとは別種のざわめきが、動揺が辺りに満ちていました。

陛下も


「勇者殿を止めよ!」


 と周囲の兵士を向かわせますが、勇者様から一定の距離より近づくことが出来ずに弾かれていました。


「け、結界!?ばかなこれほど強力な結界はみたことがないぞ」


そんなあたりの騒ぎも関係なさそうに勇者様は続きを紡ぎ始めました。


「職場からの帰り道、俺は召還されてこちらにいた。事態が飲み込めず混乱していた俺は、兵士に連れられて、この国の王の元へと連行された。魔王が現れ、長く人々は危機にさらされており、この度この苦難を乗り越える度に勇者を、俺を召還した。この国をお救いください、とそう言われたよ。そのあたりで俺もわずかに冷静さを取り戻した。さっきも言ったが俺は異世界で、平凡に暮らしていた。魔王どころか魔物さえも戦ったどころか、見たこともない。そんな俺を意志など無関係に勝手に連れてきてコイツは何を言っているのかと思った。」

 頬を伝うものがあって、風に乗って別の誰かの頬に触れたそれは赤い色をしていた。


「俺には想像することしかできないが、もうじき結婚を迎える予定だった恋人は俺が突然姿を消し、どんな思いをしているだろうか。周囲から後ろ指を指されていないだろうか。両親は出来た人だ。だがそんな両親も俺を心配して憔悴していてもおかしくはない。俺は暴れた。元の世界に返せと叫び散らした。そんな俺に王は言ったよ。魔王を倒し、この世界に平和を取り戻したあかつきには俺を元の世界に返そう、ってな。それから3日3晩暴れ続けて声も枯れた後、俺はこのままではどうにもならないと思った。幸いなことに言葉が通じたがこの世界のことなど何もわからない。勇者として不適格として放逐されればますます帰還が遠ざかると思った。それからの俺は従順に従う振りをした。剣や魔法の訓練を受け必要な知識を授けられた。一方で王の言葉など信じられなかった俺は夜な夜な抜け出して城の書庫の歴史書や魔術書を読み漁った。何も知らなければ、都合のいいように操られるだけだと思ったからだ。現に、これまでこの世界に召還された勇者12人の内誰も元の世界に返ったという記述はなかった。これはどういうことだ?」


 陛下の方へと振り向いた勇者様の表情はそれこそ魔王ではないかと思われた。バルコニーの前に立つ前の人と同じ人だとは誰も思えないだろう。


「先の勇者様方はこちらの世界が気に入られ、自らお残りになられたのだ。勇者殿のそれは邪推というものです」

 不可視の圧力に押され、息絶え絶えに王が答えた。


「12人の勇者の全員がこの世界への残留を決意した、か。確率としては低いが、まぁゼロではないな。」


 その声を聴いて陛下はわずかに生気を取り戻したようだった。

ヒュッと空気を切る音がして、続いて鈍い音がして手すりが半壊し、落下する破片に悲鳴が上がる。


「ならば、どうして無事に帰還できるとわかるのだ。誰一人として送還された者はいないのだ。もっとも、帰還したと伝えられたとして、それでも証明できるものはこの世界にはいないわけだが。とにかく王家には俺を帰す手だてがないことは明確になった。何より王の言葉は信用ならない。」


 無論これまでのやりとりは魔導具を通じてこの場にいる者すべてに伝わっている。はじめに結論を述べるという異質な手法に、勇者様の言いたいことが妙にすっと染み込んできたのは私だけだったのだろうか。


「国を治める者が時に非情な手段をとるのも、あんたらが力ある者にすがる気持ちもわからないでもない。皮肉なことに勇者として喚ばれただけのことはあったみたいで、訓練を通してこの世界で生きていくに十分な力はついた。だが、俺にあんたらを救わなきゃならない理由はない。俺は自分で帰還の方法を探ることにする。自分たちの世界は自分たちでなんとかしろ。」


 その場に居合わせた誰もが凍りつき、動こうとしなかった。

勇者様の姿が一瞬にして消え、カツン、と声を届けるための魔導具が地面に落ちた音が響いて、ようやく時が動き出した。

勇者への、王への咎める声、恨みの声、縋る声がその場を飲み込み、阿鼻叫喚の大渦となって広場を飲み込んだ。


 勇者に見放されたこの日の宣言を、後生の史家は「勇者反抗宣言」とし、とある王女の記録から全文が残っている。


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