ワシが内股なのはお前らのせいだ
三題噺
「内股」「無差別」「緑」
いったい誰が信じようか。
世界一の大賢人と評されるワシが。
ノーベル知的な雰囲気賞受賞のワシが。
某魔法学校の校長先生もびっくりの白ひげを蓄えたこのワシが。
内股などと!
「あのー、どうでもいいですけど……」
炎天下。このあたりの中学校の制服を着た、通りすがりの女の子の肩を掴んで力説すると、心底下劣なものを見る眼差しを向けてきた。むっ、まずい。ぞくぞくしてきてしもうた!
膝が知らぬまに内側を向き、プルプルと小刻みに震えている。た、耐えるんじゃワシ。今日は白いスキニーパンツを履いているのだから。
ワシはこれまでの人生を、内股とつきあって来た。学生のときは「ゴツイ肉体派なのに内股とか」と嘲笑され、社会人になってからは「インテリみてえな見た目のくせに、内股なのかよ」と同僚から陰口を叩かれた。要するに、どんな体型になろうと、どのようなキャラ作りをしようと、最期にはこの内股が足を引っ張ったのだ。
それでも、去年までは良かった。
「そんなあなたの内股が好き」
そう言ってくれた、ワシの妻がいたのだから。
緑はよくできた女性だった。教養が豊かで、家事も得意で、なおかつ内股フェチだった。淑女とはかくあるべきという姿を生涯貫いた緑だったが、ワシの膝を枕に寝るときだけは、だらしなくふやけた顔を見せた。
「えへへー、ここが一番です」
と。
それだけじゃない。彼女はワシにローブを着ることを勧めた。ローブは膝を隠す。そう、ワシの内股がバレる可能性が激減したのだ。
「この内股は誰にもあげません」
などと言ってはいたが、賢い緑のことだ。ノーベル知的な雰囲気賞を受賞することで、傾いた服装によって仕事をクビになったあとも、賞金で暮らしていけることを見越していたに違いない。事実、これまで毎年受賞するその謎の賞によって、生活費は十分に賄えていた。
だが、もう。
緑はいないのだ。
ワシの生涯のコンプレックスを包み込み、愛してくれた緑はもういない。
ワシは寂しさの穴を埋めるものを求め、肯定の言葉を捜し歩いて街をさまよった。
無差別に街の人々を呼び止める。
「内股ってどう思いますか?」
そこにあったのは、無関心という名の灰色の壁だった。
ワシはこれまでの人生を全て否定された気分になり、家に帰った。
ワシが生涯嫌ってきたこの忌むべき内股を、緑が生涯愛してくれたこの内股を、誰もがどうでもいいといったのだ。
よろめき、壁にもたれかかったワシは、調度品のツボを転がして割ってしまった。砕け散った破片の中に、一枚の二つ折りにされた紙が現れる。――なぜ、こんなところにこんなものが? ワシはツボを割ったことも忘れ、その紙を手に取りめくった。
そこにあったのは、見覚えのある字。
『拝啓 大好きなあなたへ
これにあなたが気づくときには、私はもこの世にいないでしょう。直情的でプライドが高くて、でも、純真でひたむきで私にだけは誰よりも優しくて、そして、実は涙もろいあなたのことです。きっと、この手紙を読んでいるころには、すっかり気持ちが疲れてしまっているのではないでしょうか。
あなたは気づいていなかったかもしれませんが、私が本当に好きだったのは、あなたの内股ではありません。あなた自身です。
ごめんなさい。あなたが内股を気にしているのを利用して近づいたんです。どうしようもないくらい、あなたが好きだったから。でも、あなたの膝枕はお気に入りでした。世界で一番暖かい場所だと今でも思っています。
あなたは若いころから誰よりも優秀で、数多くの嫉妬を集めていましたね。本当は、内股を心から馬鹿にしている人なんていませんでした。ただの嫉妬です。本当は、みんなにとって内股なんてどうでもいいことでした。会社の方々はあなた自身に嫉妬していて、私はあなた自身を愛していました。
私がいなくった今、あなたの内股を肯定する人はいないかもしれません。でも、内股を否定する人もいなのです。あなたはあなた、ノーベル賞を受賞するくらい素敵な人なのです。恐れないで。
――敬具』
ワシは言葉に詰まった。
「緑……」
脳裏に浮かんだのは、いつまでも子どものように無垢だった、その笑顔だ。
「すまん、心配かけたな」
ワシがつぶやくと、家に一筋の風が吹いた。風鈴が一つ、別れを告げるように、涼しく鳴いた。
所要時間40分。
鬼畜なお題で頑張りました……。
「よく頑張った!」と思った方は、評価してくださるとうれしいです。




