M男さんS子さん
教師になって2年、平和だった私の前へあいつが現れた。
やっと平和な時間が訪れていたのにー!
お願いだから私には関わらないで欲しいと願うヒロインと色々問題のあるヒーローのお話し。
※ヒロインはノーマルです。
「はじめまして、今日からお世話になります高原雅人です。至らないところは多々あると思いますが宜しくお願いします」
ステージの上で物腰柔らかく無害オーラを醸し出しながら挨拶をしている人物を見て私は人前だと言う事を忘れて開いた口が塞がらない状態で見つめていた。
そんな私に挨拶をしていた人物は視線だけをつねに向けてくる。
なんで、なんでいるの…?!
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「はぁぁぁぁー…」
「滝本先生、ため息なんかついてなにかあったんですか?」
私が机に突っ伏していると同僚の飯島先生が声をかけてきた。
ここは朝日野学園。
ごくごく普通の私立の高校で私、滝本幸は国語を受け持っている。勤め始めてはや2年、割と平和に過ごしてきたのに…。
「はぁぁぁぁー。」
「ちょっと、人の顔見て更にため息つくのやめてくれる?!」
飯島先生はほかの先生と比べて私よりも歳が近く、よく話しかけてくれたり面倒を見てくれたりする優しい先生だ。
「ごめん、飯島先生。でもため息つかずにはいられないんですよー」
飯島先生は少し怪訝な表情を浮かべた。
「何かあったなら話聞きますよ?話したら少しは楽になるかもですし」
飯島先生が信用できないわけじゃないけれどおいそれと話すわけにもいかない。
「んー…」
私が応えを出しかねていると1つの人影が私達に近づいてきた。そしてその事に私は気がつかなかった。
「あのー…」
声のした方に視線を向けた事をすぐに後悔した。
なぜなら…
「あら、高原先生」
そう、あの先ほど挨拶をしていた人物が近くまで来ていたのだ。
「もう僕の名前覚えてくださったんですね。嬉しいです。」
「いやー、癒し系でかわいいですね。顔もイケメンだし眼福眼福」
爽やかわんこ系イケメン。そんな名称が似合いそうな感じに飯島先生も好感を持ったみたいだ。
「かわいいだなんて…。男の僕にはもったいないですよ」
そう控えめに少しは恥ずかしがりながら言う姿は確かにかわいい。皆これに騙されるんだ。
「またまたかわいい反応ご馳走です。そういえば私達まだ名乗ってなかったですよね?私は飯島佳代です。数学を受け持ってます。それでこっちが…」
あぁ、やっぱりそういう流れになりますよね。これははじめましてを装った方が学校で関わり持たなくてす「幸久しぶり。元気にしてた?」
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
先手打たれた!しかもいつも通り呼んできおった!
「あ、あはは久しぶりです、高原先生…。」
私は目線を合わせなかった。向こうはすごくこっちを見ているけど構わず斜め右下に目線を固定させた。
「あはは、やだなぁ、いつも通り"まさ"て呼んでよ」
「2人とも知り合いだったの?」
私がそんな素振りを見せなかったのもあって飯島先生が驚いている。
「はい、僕と幸は小学校から大学まで一緒だったんですよ。」
声だけでもわかるけどすごい嬉しそうだなこいつ。
「へー!長い付き合いなんですね!」
はい、そうなんです。すごくすごく長い付き合いなんです。
「そうなんですよ。あ、そういえば幸…」
「職場なので名前で呼ぶの辞めてもらっていいですか?」
私は突き放すような言い方でまさに言い放った。でも彼はこれを狙っていたんだろう。表情をは変わらないけれど目の奥が怪しく光っているのがわかる。
しまった!いつもの癖でやってしまった!
「あ、ほら、ここは私的な空間じゃないわけだし、ほかの先生とか、あと、生徒もよく見てるし、あんまりよくないかなーと…」
飯島先生は少し驚いた表情を浮かべていたが私が取り繕うとにまーっと笑った。
この人今すごい勘違いを巻き起こしたなきっと。
「やだー、冷たく言うから嫌いなのかと思ったけど照れ隠しだったんですね!」
ほらぁぁぁぁ!違うよ?断じて違うよ?!?!
「あ、いや、そういうわけではなくてですね…」
「いいのいいの、私はわかってるから!」
飯島先生がこうなってはもう面倒くさい方向にしかいかないのははっきりしている。
私がため息をつくのと同じタイミングでチャイムが鳴ったのがせめてもの救いだと思う。
「あー、もうこんな時間なのね。私HR行かなきゃいけないのでこれで」
救いじゃなかったー!
飯島先生担任も受け持ってるんだった!
私は受け持っていないからこの場に残されるしまさも来たばかりだから受け持っているはずもないしこれはまずいパターンでは…!
「い、飯島先生…」
「あとは2人で仲良くー!」
そういいながら飯島先生は去っていった。
しかもにやにやしながら。
さて、どうしたものか…。
というか、なんでこいつ自分の席に行かない!
「えっと、高原先生?」
「僕、滝本先生の隣の席なんだ。だからこれからもよろしくね」
「………は?」
「だから、僕と滝本先生はお隣さんなんだよ」
まじか!最悪だ…。
「また幸、じゃない滝本先生の隣でこうして話しが出来るのすごく嬉しい」
「ははは…」
私は乾いた笑い声を出すことしか出来なかった。
その後も適当に適当を重ねた返事でやり過ごし、学校画終わったあとの歓迎会と言う名の飲み会もそれもなーく終わり、後は帰るだけのはずだった…
「では私はこっちなので」
ほかの先生たちは普段車で通っている人がほとんどな為タクシーを使うが私は近くに住んでいるのでいつも歩いて帰っている。
「滝本先生もそっちなんですか?実は僕もなんですよ。」
はぁぁぁぁぁぁ?!
「あぁ、そういえば高原くん滝本くんと同じマンションなんだよね?いやー、こんな偶然あるんだな」
教頭先生がはははと笑っている。
笑い事じゃない!同じマンションとか由々しき事実ではないか!!
「そうだったんですか。じゃあ別々に帰るのもあれですし一緒に帰りましょうか。」
「えっ…?!」
や、やだ!それはいやだ!2人きりとか無理無理無理!!
「わ、私他に寄るところが…」
「夜も遅いし送ってもらいなさいよー。どうせその用事明日でもいいんでしょ?ほらほら、行った行った」
「え、え、ちょっと…!!」
飯島先生に背中をぐいぐいと押されてしまった。
ほかの先生たちも飯島先生と同じ勘違いをしている表情を浮かべて手を振ってきた。
もうこうなってしまえばやけくそだ。
「お疲れ様でした!帰ります!」
帰るだけ、帰るだけ。私はそう思いながらはや歩きでその場を離れた。後ろではまさが挨拶をして追いかけてくる足音が聞こえた。
私は無心で歩いた。当然何も話さないで。
その事にまさも痺れを切らしたのか声をかけてきた。
しかも周りに誰もいない時に。
「幸」
「……。」
「ねぇ、幸ったら」
「………。」
何も答えない私に今度はあろうことか腕を掴んできた。それがいけなかった。
「幸久しぶりに会ったんだから…」
「触るなこの変態が」
鋭い視線で睨み冷たく言い放ち腕を振り払った。
気づいた時にはもう遅い、またやってしまった。
恐る恐るまさの顔を見ると予想通りの表情を浮かべていた。
「あぁ、この感覚久しぶりだ…。幸のその表情、その冷たい声…。ゾクゾクするね。」
恍惚とした表情を浮かべ頬を少し染めている。
「気持ち悪っ…」
「あぁ…!いいね、いいよ。やっぱり僕を満足させられるのは幸だけだ」
そう、まさは変態なのだ。正確にはマゾなのだ。しかもかなりやばいどMというやつらしい。
私が冷たい視線や冷たい言葉、態度を示すと喜び、もっとなじられようとしてくる。私は普通に思ったことを口や態度に出しているだけだから毎度のドン引きしてしまう。しかも私のストーカーの如くいつも私の近くにいるせいで彼氏ができた事なんて一度だってない。私がいいなーと思った人は仲良くはなるものの彼女が出来たり疎遠になったり、男運がつくづくないのだなぁと思ってしまう。
「幸が僕の目の前からいなくなって2年、本当に辛かったんだよ?」
そんなこと知るか。私はこの変態が嫌で誰にも何も言わずに就活をして地元から出た。流石に人前ではこの姿は晒さないものの周りに人がいない時はよくこうなる。離れたら治るかそういうのが好きな女の人に出会うかすると思ったけどそうではなかったらしい。
この変態は学校での姿でもあったように普段は癒し系爽やかイケメンだ。モテない訳が無い。
「辛かったなら他の人に頼めばよかったじゃない。モテないわけじゃないんだからすぐ見つかるでしょ?」
「んー、何度か試してみたんだけどダメだったんだよね。やっぱり幸じゃないとダメみたいなんだ」
試したんかーい!
てか私じゃないとだめってどういうことや。
「ゾクゾク出来ないんだよ。気持ちが昂らないんだ。」
「だから私と同じ学校に移ってきたの?私は迷惑よ」
「ごめん、でも…」
「あぁもうそれはわかったから。でもわかってるはずでしょ?私はあんたが嫌で地元を離れて誰も知らない場所に来た。なのに同じ学校に来るししかも家まで一緒なんて…」
「僕が気持ち悪いって分かってるよ。でも、お願い…」
私も心が痛まないわけではない。いくら気持ちが悪いといってもやはり腐れ縁で少しばかりは情もある。こんな悲しそうな顔をされたらいくら気持ち悪くて嫌でも最後には切り捨てる事ができない。
私って甘いなぁ。
「はー…、もうわかったわよ…。私も正直追ってくるかもしれないとすこーしだけ思ってなから…。こんな早く見つかるとは思ってなかったけど」
「幸…!」
「でも条件がある」
「条件…?」
「そう、1つ、学校では必要以上に話しかけてこないと。2つ、くっついてこないこと、3つ、学校では名前を呼ばないこと。4つ、待ち伏せなど私が学校から帰るのをまって一緒に帰らないこと」
気持ち悪いことはもう日常茶飯事だから咎めることは出来ないと諦めてるけどこの4つだけは守って欲しかった。既に先生達には変な誤解をされてるけど生徒にまでその噂が行ってしまったら動きにくくてしょうがないだろう。多感な時期な彼らには多分よろしくない。
「その条件飲まなかったらお仕置き…?」
うっわ、また嬉しそうな顔したよ。
久しぶりにだからほんと気持ち悪い。イケメンだけど気持ち悪い。
「無視する」
「あぁ…!無視!いいね、無視。幸に冷たくされるのは本望だよ。」
逆効果だったか!
普通の人と過ごしてきたから感覚が鈍ってるんだなきっと。
「でも無視されたらそこで冷たい視線とかももらえなくなっちゃうんだよね…。それは惜しいから頑張ってその条件守るよ」
あ、やっぱり無視の方がよかったかもしれない。
なんにしろ一度承諾してしまったから私も腹を括ろう。
気づいたらマンションの前に立っていた。結構話し込んでいたのか。
「じゃあ明日からよろしく。あ、部屋までは来ないで、絶対。」
「わかったよ。じゃあ、また明日」
手を振ったまさを無視して私は急いでエレベーターに乗り込んだ。これからどうなるのやら…。
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それから何日か過ぎたけれどまさは条件通りにしている。たまにこちらに視線を送ってくるが気づかないふりをして流している。
まさも顔がいいだけあって女子生徒からの人気も高く休み時間に女子生徒が職員室にやってきて話しをしたりしている。
そんなある日
「先生、ちょっといいですか?」
「……。」
「滝本先生、すみません…」
あ、私に話しかけてきたのか。
職員室に来てまで私に話しかけてくる生徒なんてほとんどいなかったからびっくりした。
声をかけてきた生徒を見ると更に驚いた。
「柳君、どうしたの?」
柳君。彼はうちの学校でもトップの成績を誇っている生徒だ。そんな彼がどうしたのだろうか。
「えっと、国語で少し分からないところがあって…。」
なんだと?!多分私貴方より頭悪いよ?!
「えっとー、私で答えられるかな」
「先生が一番いい答えをくれるって僕は思ってます」
そういっていたずらっぽく笑って見せた。
私は不覚にもきゅんとしてしまった。柳君は動物に例えると猫のような顔立ちの子だ。切れ長の目だけどどこか可愛さも持っている。高校生にしては少し幼さのある童顔でこれまた人気のある子だ。
「よーし、先生可愛い生徒のために頑張っちゃうよー。それでどんな問題なのかな?」
「ふふ、ここの問題なんですけど…」
なんで笑ったかはよくわからなかったけれど柳君から問題を受け取った。どうやら小説の一文を読んで答える問題らしい。そこまで難しくはない問題だったのでささっと答えを解説し、あと少しで終わるっというところで休み時間を終えるチャイムがなってしまった。
「あ、ごめんね、あと少しで最後まで説明終わるんだけど…」
「いえいえ、ダッシュすれば大丈夫なのでお願いします」
「ごめんね、小田先生には私から言っておく…」
「柳君、チャイム鳴ったよ?教室に戻った方がいいんじゃないかな?滝本先生も別に今説明しなければいけないものでもないんですし授業の方が優先させるべきではないんですか?」
急にさっきまで女子生徒と楽しくお話していたまさが割り込んできた。しかも珍しく冷たい口調で。
「あ、すみません。そうですよね…。ごめんね、柳君。また今度ちゃんと解説するから」
「いえ、僕の方こそ…。じゃ、授業行きますね!ありがとうございました」
柳君はそういうと職員室を出ていった。
私も悪かったけどあんな言い方しなくてもいいのに…。
チラリとまさの顔を見ると柳君の出ていった方向をものすごい形相で見ていた。
な、なんであんな顔してるの?
「滝本先生。」
「は、はい!」
「…はぁ、なんでもないです」
た、ため息?!
なんでため息なんかついたのか私にはわからなかったけれど聞くのもなんとなく気が引けてそのままその日は終わった。
それから数日間柳君は職員室に通い続け、最初は国語の質問だけだったけれど最近は世間話しだけしに来ることもあった。その度まさはあの怖い顔で柳君を見ている。
「あの、先生。僕どうしても解けない問題があって…。出来ればじっくり教えて欲しいので今日僕の部活が終わったあとにでも時間を作ってもらえたら嬉しいんですけど…」
おぉ、これまた急な。まぁなにも用事がないしいいっちゃあいいか。
「いいよ、時間と場所は…」
ここでもしまさが隣に座っていたらもしかしたら止めに入っていたかもしれないけれど今日はもう一人の英語の担当の西田先生と話し合いをしているらしくいない。
「あ、時間と場所はここに書いておいたので、もうすぐチャイム鳴っちゃうので行きますね、それじゃ!」
そう言って柳君は私にはメモを握らせて走っていった。中を見てみると綺麗な時で「8:00に2-1で待ってます」と書かれていた。
まさが戻ってくるのが見えたので慌てて服のポケットにメモをしまいこんで何もなかった風を装った。なにもやましいことなんてない筈なのに。
まさはちょっと怪しむような顔をしたけれどなにも言わなかった。
なぜだか罪悪感浮かんできたけれど無視する事を決め込んだ。
色々な業務を終わらせ、8:00になったことを確認すると私は2-1へと向かった。廊下は電気がついておらず懐中電灯の灯りと月の灯りでだけが頼りだ。一人が歩くためだけに廊下の電気をつけるのはもったいない。8:00ともなると校内には誰もおらずいつも騒がしいだけにすごく静かに感じる。
なんとか2-1にたどり着き教室の中へと入る。電気がついていないからまだ柳君は来ていないみたいだ。
「電気電気ー」
入口で電気のスイッチを探していると後ろから誰かに突き飛ばされ扉はしまりガチャっと鍵がかけられる音がした。
「え、ちょっと、なに…?」
私がおろおろとしていると教室から何人かのくすくすと笑う声が聞こえてきた。月明かりで人影が何人か見えるが顔は見えない。
「なー、ほんとに来たよ」
「流石柳だな。警戒心0じゃん」
え…?どういうことん
「まぁね、てかこいつすごいチョロかったよ。」
この声は多分柳君だ。
「柳君だよね?どういうこと?」
私がたずねると更に嫌な笑いが聞こえた。
「どういうこと?だって。ウケる。」
「え?」
「普通さー、夜8:00から勉強教えてくれとかおかしいでしょ。それをのこのこ来るとかチョロすぎ。なに?学校だから安心だと思った?ざーんねん!」
あぁ、私騙されたのか…。今まで私になんて質問してくる子はいなかったから浮かれていたのかもしれない。
「ねぇ、先生。俺達と遊んでよ。あ、授業でもいいよ?勉強以外のね…」
「ばっか、そんなんこいつが教えられるわけないじゃん。見た目とかブスだし男とか全く知らなさそうじゃん、むしろこっちがこいつに授業することになるんじゃね?」
生徒たちに笑いが起きる。
私にとっちゃ笑い事じゃないけど。えぇえぇ、私は男の人の経験なんてないですよこんちくしょうが!
怒りたいけれどこっちの方が圧倒的に不利だ。なんとか逃げなくちゃ。
私はじりじりと後にさがる。が…
「おっとー、逃がさないよ。」
腕を掴まれて地面へと倒される。
「ったぁー…」
「さぁ、先生。俺達全員満足させてね?それまで帰さないから。」
背中がヒヤッとした。
立ち上がろうとするけれど柳君の力は思いのほか強く解けない。
「くく、暴れんなって、おい、お前たち俺が先に味見するから両方から押さえとけ」
「味見だけで終わんのかよー」
「もしかしたら食べ尽くすかもな」
暗くても柳君が舌なめずりをするのがわかる。これは本格的やばい。
「ちょっと離して!」
さっきよりも思いっきり暴れてみるがだめだ。
「あーもー、鬱陶しいなちょっと静かにしてくれる-」
その後にぱしんっと音がした。最初はよくわからなかったけれど頬がだんだんとじんじんと痛み熱を持ってきて自分が叩かれたのだと理解した。
痛みなのかショックなのかはわからないけれど涙が零れた。
「あーあ、泣いちゃったじゃん、柳ー」
「いいじゃん、泣き顔ってそそるよね」
あぁ、もう、なんかいいや、生徒に馬鹿にされてこんなことされてもう考えたくない。
「お、静かになったね、えらいえらい、じゃあ本番いきますか」
柳くんの顔が近づいて私にキスを落とした。いや押し付けてきたに近い気がする。
「んっ…。先生口開けてよ、もっと深いのやろう?」
何故かはわからないけど私も口を開けてしまった。柳君は舌を私の口の中に侵入させさっきよりも深く口付る。
「んっ、…はぁ、んん」
キスの合間に私と柳君のリップ音が教室に響く。
ぼんやりとしてきたが私の中の理性がかちっと一瞬スイッチが入った。
そして私は柳君の舌を思いっきり噛んだ。
「?!いっつ…!」
口の中に少し血の味がした。
「くそ!何してんだてめぇ!」
あ、殴られる。そう覚悟した時。
バコーンという大きな音がして扉が吹っ飛んだ。
その場にいた誰もが扉に注目する。扉は足で蹴られて開けられたらしく開けた本人の足だけが見えている。
「誰だてめぇ!」
一人が声を荒らげる。
「幸、こんなところで何やってるの?家にも帰ってこないから心配したじゃないか。」
あぁ、私はこの声を知ってる。
影はゆらっと教室の中へと入ってきて自分の顔を懐中電灯で照らした。
「まさ…!」
私は堰を切ったように涙が溢れだした。
「家のチャイム押しても反応がないから幸に仕掛けた盗聴器聞いてみたら幸の嫌がってる声と男の声がいくつか聞こえてって、幸、泣いてるの?」
「まさぁぁぁぁ…」
私はまさの名前を呼んで泣くことしか出来ない。
「高原なんでお前がここに…」
「おい、その手をどけろ、あと幸の上から降りろ」
私に話しかけていた優し声とは打って変わってとても低くずしんと重くのしかかるような声で私を押さえつけている生徒と柳君に言った。
「まずこっちの質問に…」
「聞こえなかったのか?今すぐ幸から手を離してどけ」
「ふざけてんのか?誰がてめえのいう事なんか素直に聞くかよ!」
「何か勘違いしていないか?これはお願いではなく命令だ」
聞いているだけで首元を掴まれたような気分になる。心なしか部屋の温度も下がっている気がする。
「勘違いしてんのはそっちじゃねぇの?高原。こっちは何人もいるんだぞ?」
周りの生徒が私から手を離して立ちがるのがわかる。
まさが危ない!
「まさ!この人数は相手にできないよ!助けに来てくれたのは嬉しいけどまさに怪我して欲しくない…!」
まさは正直言って弱そうだ。声にどんなに迫力があろうと手を出されてはきっと負けてしまう。
「くくく、今なら許してやるから部屋から出てけよ」
「幸すぐに終わらせるから大丈夫。心配しないで?」
そう言うとまさは懐中電灯の灯りを消して床に置いた。窓から入ってくる月の光飲みが教室を明るくする。
「出ていく気は無いみたいだな、おい、やれ」
生徒達が一斉にまさに向かっていく。
「やめて!!」
「お前は黙ってろ!」
私はまた殴られた。しかも次はぐーだ。痛みでまた涙が滲む。
「2回…」
そう聞こえた気がした次の瞬間殴る音と生徒達の呻き声が聞こえてきた。まさの声は全くと言っていいほど聞こえてこない。
きゅっきゅっという床に足が擦れる音と殴る音がしばらく聞こえ、音がしなくなった頃に月の灯りが教室の奥の方まで照らした。
そこには返り血らしいものを手や服に着けたまさが立っていた。しかもすごく楽しそうな顔で。
「え?なに?これで終わりなの?まだ殴り足りないんだけど?今の子ってこんなに弱いの?ははっ笑える」
その目は何かを狩りをする獣を思わせるような色を孕んでいた。
まさはしゃがみこむと近くで倒れている生徒の腕も掴んだ。
「幸の綺麗な腕に触ったのはこっちの腕かな?それともこっちの腕かな?まぁ、どっちでもいいか。両方折って使い物にならなくさせればもう幸には触れなくなるよね…?」
その声はどこまでも愉快そうだ。
私は初めてまさを怖いと思った。
これ本当にまさなの…?
「や、やめてくれ」
生徒の恐怖に彩られた声がする。
「あはは、やめてくれ?やめれるわけないでしょ?だって幸もやめてっていったけどやめなかったじゃないか。それなのに自分だけやめてくれなんて図々しいにも程があるね」
「そ、それはあいつがやったことで俺がやったことじゃ…!」
「はぁ?何言ってるの?幸を押さえつけて、あいつが幸にしていることを止めなかったんだから同罪でしょ?今ならどっちの腕から折って欲しいか希望聞いてあげるけどどっちがいい?」
まるでこっちのお菓子とこっちのお菓子どっちがいい?と言うようなトーンでまさは聞いている。そこには相手を追い詰めて楽しんでいるような雰囲気さえ伺える。いつものまさはどこにもいない。
「あ、あ、やめてくれ、頼む…」
「はーい、時間切れー。じゃあー、右から」
ごきっという音と共に生徒の叫び声が聞こえる。
「な、なんだよあいつ…。おい、お前!あいつとめろよ!」
「え、あ…」
私は何も言えなかった。恐怖で気絶しないように保つのが精一杯なのだ。
「あぁ、そういえば君もいたね、柳君。君にはもっともっときついお仕置きが必要だよ」
「ひっ…!」
まさはすっと立ち上がりこちらに近づいてくる。近くでみると満面の笑みを浮かべているのがはっきりと分かる。
「だってそうだろ?幸触れて、嫌がる幸を組み敷いて、あろうことかキスまでして、しかも2回も幸を殴った。そんなことをしておいて許されると思ってる?」
「その証拠はあるのかよ!こいつが望んでこの状況になったかもしれねぇだろうが!」
「なっ!」
どう考えてもこの状況でそれはありえない。でも証拠がなければ言い逃れできるの事実だ。
「滝本先生は俺に組み敷かれてあいつらに押さえつけられて喜んでたよ。もっと、もっとってな」
一瞬怯んでいた柳君も逃げられると思ったのか口からでまかせをいい始めた。
「ちょっと…!」
私が異論を唱えようと声を上げると近くにいた柳君は一瞬でいなくなり代わりに机が倒れる音と柳君の呻き声が聞こえた。
「侮辱するな…」
まさの声がものすごく近くに聞こえる。ふと見上げると横にまさが立っていた。
「幸を侮辱するな!お前が言ったことが嘘なのは盗聴器でわかってるんだよ。盗聴器の内容は全て録音してるから今更言い逃れできると思うなよ。」
「くっ!じゃあしょうがないな…」
柳君は立ち上がるとポケットから何かを取り出した。月の光が反射している。
「へー、ジャックナイフか、いいもの持ってるね」
「うるせぇ…!」
そのままナイフをまさに向けて柳君が走ってくる。そんなことは全くと気にしていないかのようににやりと笑うと突っ込んできた柳君の腕を掴み足で蹴りあげナイフを手から外させ地面へと押し付けるとナイフを拾い上げまさは柳君の首元へと刃先を向けた。
「ねぇ、一瞬で終わる痛みか長い時間続く痛みかどっちがいい?ちなみに僕のおすすめは後者だよ」
「ひぃっ…」
ナイフの刃先は少し柳君へと食いこむ。
「うあぁぁぁぁ」
柳君の叫び声が響く。
ここで止めないとまさは柳君を本気で殺してしまう。私はそんな気がした。
とめないと…!
「まさ!やめて…!」
「え?なんで?」
まさはきょとんとした顔で私を見た。
「幸を苦しめた相手だよ?これじゃ足りないよ。もっと傷つけて、痛い思いをさせて、苦しめないと」
鳥肌が立った。
怖い。
「わ、私はもう大丈夫だよ!ね?そんな危ないものおろして?」
「……はぁ。」
私の必死な懇願がまさに通じたのかまさはナイフを床に置いてくれた。
なんとかまさは落ち着いたみたいだ。
と思った瞬間まさは柳君の頭を持ち上げ思いっきり床へと叩きつけた。柳君はぴくりとも動かないから気絶したのかもしれない。
「ま、まさ…?」
「これくらいで済んだだけよかったと思え」
そう言うまさの目はすごく冷たかった。
いつものまさは私に冷たい目をしてくれとか冷たく接してくれとか言っているのに今日はまるで人をいたぶるのを楽しんでいるかのようですごく怖い。この人は誰?いつものあのまさはどこにいるの?これじゃあまるで別人だ…。人前で見せる爽やか癒し系でも私の前で見せる変態でもない。
今になってまたまさへの恐怖が蘇ってきた。
そんな私に気がついたのかまさは私の正面に座り私への頬へと手をかけた。それは私が殴られた方の頬だった。
「ごめんね、幸。怖かったよね?痛かったよね?もう大丈夫だよ?あぁ、頬腫れちゃって…。あとでしっかり冷やそうね?」
その声はどこまでも優しく穏やかだ。
でも先ほどの事が頭をよぎる。
「ねぇ、あなたは誰…?」
私は無意識にそう問いかけた。
まさは一瞬びっくりした顔をしたけれどすぐに優しく微笑んだ。
「僕?僕は幸の事が大好きなただの変態だよ?」
そう言ってまさは私に優しくキスをした。
お読み頂きありがとうございます!
単発で投稿してみました。
ヒーローにどうしても最後のセリフを言わせたくて書いたものです(*´v`)
気に入っていただけたら幸いに思います。