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第五章

 夏が終わり、秋になった。秋は、この病院でも運動会のシーズンである。病院の運動会は競技会というよりはお祭りという意味合いが強い。だから競技の内容も小学校の運動会に近い。例えば、パン食い競走とか、だるま運びリレーとか、綱引きとかもやる。中でも力を入れるのが仮装行列のような演目である。三田君や良吉さんなどはこの演目のスターだった。それと、参加者には競技ごとに記念品や参加賞が配られる。中にはお菓子のようなものも配られたとも思う。これが目当てで競技に積極的に参加している者もいたくらいなのだ。とにかく病院の運動会とは、楽しいことしかやらないのである。だから、それにはまってしまうとこんなに楽しい行事はない。

 バーベキュー大会もあった。病院の中庭に大きなガス台を幾つも持ち出して、鉄板も出してきて、牛肉豚肉鶏肉レバー野菜に焼きそば、何でも焼いて総勢二〇〇人を超す入院患者全員で食べるのだが、一つ普通のバーベキューと違うことがあった。

 焼きながら食べるのではないのだ。全部焼いてしまって、全員の皿に盛ってから揃って食べるのである。だからどうしても少し冷めてしまっている。美味しいには美味しいが、出来れば焼きたてを食べたかった、というのが正直なところだった。それと不謹慎だが、ビールが欲しかった。

 順番が前後するが、九月一日の震災の日には、病院全体で避難訓練をやった。まずサイレンが鳴り、看護師が入院患者を混乱なく全員誘導し病院の中庭に移動させる。僕らは大変でも何でもないが、看護師は大変で、役職が重い看護師ほど大変にピリピリしていた。集まると、ヘルメットを被った院長先生からの訓示のようなものがあり、全員に缶入りの乾パンが配られた。中にはこの乾パンが目当てで、看護師の誘導に素直な人もいたのではないかと思う。何せ食べることだけが楽しみという人が多いのである。

 季節と関係ないが、レクリエーションは運動会や盆踊り大会等の他にも色々あって、例えば歌の会があった。僕は以前からギターが弾けることを信之先生に知られていたので、頼まれて歌の伴奏をやった。その前に講堂の照明を暗くして、フィルムコンサートをやった。演歌やフォークの歌番組を録画したものが多かったと思う。その後、歌の集いになるのだが、これもみんなに歌の本を配って、みんなで歌うのである。演歌、フォーク、歌謡曲、ポップス、何でもリクエストがあればやった。ピックを持っていなかったので、看護師さんに十円玉を借りてピックの代わりにした。僕の他に信之先生もギターが上手いので、知らない曲は先生の演奏を聞きながら弾いた。歌の集いがあることは入院前からわかっていて、デイケアにいた時も時々呼ばれて、ギターを弾かせてもらったが、その時は先生のエレアコではなく、自分のエレキ・ギターの方が弾きやすいので、ギターも自前だった。入院中は先生のギターを弾いたが、太い弦なので、コードを押さえるのが大変だった。時々変わったリクエストもあった。お座敷小唄をギターで伴奏した時は楽しかった。歌う方も楽しかったようだが、弾くのも愉しめた。茶目っ気たっぷりに弾いたら大いに受けた。

 有志だけが参加するレクリエーションは、前述したが、書道教室や絵画教室、俳句短歌教室などがあった。この中で僕に関係あるのは、お察しの通り、俳句短歌教室である。沢さん(登場人物名はすべて仮名である)という、俳句に心得のある看護師さんが中心になって、月に一度集まり、持ち寄った俳句や短歌を披露し合うのである。初心の人ばかりで、季語に自覚的でなく、それどころか有季定型に収まらず、切れ字にも何の認識もない、今思えば僕を含め、みんな目茶苦茶な俳句や短歌を発表しては喜んでいた。この句会とも歌会とも言えない集いが終わると、後で講堂にみんなの句や歌が貼りだされた。この恥ずかしいような展示がたまらなく光栄で、誇らしい瞬間だった。

 あと、これは二病棟だけだったと思うけれど、周さんが患者の代表句を色紙に清書して病棟の掲示板のところ(献立表の隣)に飾ってくれた。周さんは書道の高段者で、暇があるとこういう粋な計らいをしてくれる。何て素敵なお兄さんだろうと思った。僕らの句が、名句のように輝いて見えた。勲章を一つ頂いたみたいな気分だった。

 当時の代表句。


  名月や野良猫行き交う塀の上  草一郎

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