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第二章

 その部屋にはどのくらいいただろうか。一週間もいなかったように思う。すぐに一部屋おいて隣の大部屋に移った。その部屋の患者のことを少し書いてみる。当然のことながら、登場人物の名前は、患者、看護師、医師、団体名もすべて仮名である。

 北村智君。

 この人(というより、「子」と言った方がいいような気もする)は病院の創立当時からいる人で、僕も昔から知っていた。知能の発達が幼児期で止まってしまったらしく、年は多分六〇を過ぎていると思われるのに、幼児のような行動しかとれない。しょっちゅうおもらしするらしく、四六時中おむつをしている。言葉が不明瞭で、看護師でないと言っている言葉を理解できない。それに故郷の群馬弁も交じるから、看護師さんにも理解できないことが多々あるらしい。智君のところには、さっき僕が腹を立てた、あの看護婦が(「里村」さんというそうだ。名前は知らない)よく来て、彼の面倒を見たりTVを一緒に見たりしている。

 久保田伸司君。

 こいつには本当は君付けなどせず、呼び捨てにしたい。なぜなら窃盗の常習犯だからだ。人の菓子、飴、バナナを平気で盗む。智君と同じ病院の古顔で、顔も性格も、あの、死んだ菅井一道に似ている。ただ一道と違って、背が高い。一八〇㎝は優にあると思う。こいつはひどく低く、ドスの聞いた声で、智君と同じく何を言っているのかわからない。他の患者には判るようだが、僕にはわからなかった。ただ叱られて、盗んだ物を無理矢理看護師に取り上げられた時などに、非常に明瞭な声で、

「何しやがんだ、人でなし!」などと叫んで、場内大爆笑になったことがある。

 良吉さん。

 この人も病院創立当時からいる人で、絵の上手なお爺ちゃんである。今回、また僕とベッドが隣同士になった。彼とは以前もお隣さんだったことがある。彼のことについて、一つ逸話を聞いた。何年前のことかわからないけれど、約二年間、植物人間だった頃があったという。この二年間の記憶がまったくない。意識が戻った時、ベッドから起き上がれるようになって、歩こうとしたけれど、当然のことながら歩けなくなっていた。それゆえか良吉さんはこの頃も暇さえあれば外へ出て、庭をぐるぐると歩き廻っている。

 沢村さん。

 良吉さんの真向かいのベッドの人で、統合失調症らしく、話しにくい人ではないのだが、何かと良吉さんに絡んで、彼を困らせるのである。例えば、良吉さんに向かって、

「夕べお前、俺に何をした」

「は?」

「俺のチンチンいじくったろ」

「え?」

「やっただろって言ってんだよ!」

「やってないよ」

「嘘つくとぶん殴るぞ」

「やってないって」

「この野郎、俺を舐めてんな。ほんとに殴るぞ」

 慌てて僕が看護師を呼びに行くが、沢村さんは、看護師には絶対話さない。だから良吉さんも沢村さんが部屋にいない時に看護師に直接話したら、それが上にも伝わったらしく、しばらくして沢村さんは、僕が部屋に来て一月ほどで他の部屋に移った。何にしろ、精神病患者の妄想というものは本人に妄想という自覚がまったくないので、エスカレートすると犯罪にまで発展する恐れがあるから、周りの者も無関心ではいられない。

 神奈川健太君。

 非常にハンサムな若者で、年は二十代半ばくらい、うろ覚えだが、二四歳と言っていたと思う。身体も逞しくマッチョで、いつも身体を動かしている。かわいい彼女もいるらしく、とても外向的で、病院の前の道を歩いている小学生に、「押忍!」などと声をかけて、よく話をしていた。


 保護室を出る頃には、入院前に荷造りした荷物も届いて、マイペースで作詩を始めていた。この大部屋の人は身体的に障害のある人も多いから、ロビーのテーブルで給食を食べるのだが、パーキンソン症状の人や高齢の人も多いので、おかずも、そういう人のは細かく刻まれていて、スプーンで食べている。それでも零す人は看護婦さんに食べさせてもらっている。

 僕はこの入院の時、心に期していた思いがあった。六九㎏あった体重を少しでも減らそうと思っていた。だから節食に努めようと考えた。魚や野菜、茸、海藻類は食べるが、肉類はできるだけ食べない。豚カツが出た時はさすがに惜しいので半分ほどは食べたが、その程度である。その甲斐あって、僕の体重は少しずつではあるが、減りはじめた。一年三ヶ月後の退院時には、五八㎏に減っていた。

 給食で思い出したけれど、ここの病院の食事は、まだお嫁入り前のうら若い栄養師が考えるからか、普通の家庭料理のようなものは出て来ない。献立で思い出したものの一つを挙げてみる。例えば、チキン・ピカタ。どんな料理かわかりますか。蒸した鶏肉にあれはチーズだろうか、かかっている料理である。茄子のドライカレーなんてのも、ここで初めて食べた。入院患者の嗜好性などまるでお構いなしのようである。患者の好みは純和風が多いのだ。俺達は鰺の開きが食べたいのだ。ほうれん草のお浸しが食べたいのだ。冷や奴を葱とかつぶしだけで食べたいのだ。マグロやイカや鯛やハマチの刺身が食べたいのだ。そして時にはカツ丼や親子丼だって食べたいし、みょうがの薬味のそうめんだって食いたい。新生姜の頃には生姜を味噌で食べたいし、春には蕗の薹の天ぷらだって食べたいのだ! もろきゅうだって食べたいし、ざるそばだって食べたいのだ!

 酢の物が非常にまずい(泣)。砂糖がほとんど入っておらず、酸っぱいだけなのだ。確かに僕たちのような病気の人は、肥満の人が多く、薬の影響で糖尿病になりやすい体質の人がとても多い。ジプレキサという薬は大変いい薬なのだが、処方されている人のうちのかなりの人が、特に糖尿病の予備軍と呼ばれている。けれどそういう人の嗜好性は、肉が好きで野菜を食べない。だから、酢の物のようなそんな料理は見るもうんざりで、手も付けない。かく言う僕の一番の好物は、母の作る柚子入りなますなのだが、そんな酢の物好きの僕でさえ、ここの酢の物はまずくて食べられない。料理の名前が「残飯」に変わるだけなのだ。

 そう言えば、「皆さん、動物たち(牛・豚・鶏・魚)が可哀相ですから、肉は食べないようにしましょう」と大きな声で呼びかけている患者がいた。岩崎君という青年なのだが、これも実に、意味がない。呼びかける相手を間違えている。呼びかけるなら患者ではなく、栄養士や院長や理事長に言って納得させなければ、岩崎君が考えているような、家畜救済にはならないと思う。ベジタリアンの病院というのは、だけれど、いいアイディアかも知れない。野菜や海藻類が精神病に好影響を与えていることは、最近学会で報告されているような話を僕自身も小耳にはさんだような記憶がある。ただそれを患者がやって、病院側が動いてくれるかどうか、だ。患者が食べなかったことで何が変わるか。第一、患者の口に入る前に家畜は殺されており、肉になり、料理になってしまっているのだから、患者が食べなかったところで何が変わるか、何も変わらない。ただ(いたず)らに残飯が増えるだけなのだ。岩崎君の優しい心根は判るが、肉を食べた患者を責めたところで何が変えられるわけでもないし、岩崎君が独りよがりな怒りに身を震わせたところで、世の中の仕組みがひっくり返るわけでもないのだ。

 ただね、もしひっくり返るようなことになったら、あんた何軒の畜産業者が首をくくらなきゃならないか、判るかい。そこまで考えて、ひっくり返すというならやればいい。僕は止めませんよ。

 神奈川君が退院することになった。流石に退院は嬉しいらしく、間がもたないのか、何かというと腕立て伏せをしたり、ストレッチをしたりしている。意味のわからない智君や伸司の奴以外は喜んで、もう戻って来るなよ、なんて言って、いろいろと(はなむけ)の言葉をそれぞれにかけて、神奈川君を送り出した。少し病室が淋しくなった。

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