第一章
一九九九年七月、僕はまた入院することになった。五回目の入院である。理由は家族を追い出して、家に立て篭もったことと、父のワープロを破壊したことだった。何故そんな事をしたのか、思い出せないわけではないが、妹夫婦が家を継ぐことになり、自分の居場所がどんどん狭められて行くような気がしていたことや、働いていなかったことがあると思う。入院日はたしか七月一二日だった。
家に立て篭もったものの、八六年の時のようなわけには行かなかった。実家には、実はクーラーがない。なくても窓を開ければ、涼しい風が入ってくるから、冷房の必要を感じないのだが、家族を追い出して家中の窓を閉め切り、鍵をかけてしまうと、蒸し暑くてどうしようもないのである。三日経たないうちに音を上げて、玄関を開け、窓を開け、勝手口で涼んでいると、父が来て、言った。
「入院するか」
僕はおとなしく同意して、入院支度を始めた。
着替え、歯ブラシ、髭剃り、思いつくものは何でもバッグに詰めた。広辞苑、ノート、新輯内田百間全集第一八巻、俳句歳時記、そんなものですぐにバッグは一杯になった。
診察は信之先生だった。何故そんなことをしたのかという先生の質問に、僕が、家に居場所がないことを言おうとすると、父が遮った。肝心なことは一切何も言わせない積もりなのだ。そんなに答えたいなら、あんたが代わりに入院すればいい。
今回は、最初の部屋が保護室だった。大部屋の空きがなかったのである。保護室といえば聞こえはいい。要は独房である。僕の場合は、昼も夜も鍵はかけられず、出入りは自由だったから、いわゆる保護室行きとは違うと思うのだが、少し変なことがあった。
荷造りして持って来たはずの荷物が部屋に届いていないのだ。廊下を歩いていた若い痩せた看護婦に聞いたら、歩きながら言うのだ。
「さあね。何ででしょ~ね」
その無責任な物言いに腹が立った。看護師詰め所に言って、文句を言うと、そこの看護師が、
「その人の名前はわかるか」
「わからないけれど、若い看護婦です」
面識のない看護婦なので、名前などわかるわけがない。
「若いだけじゃわからないよ。それだけじゃ調べようがない」
出た。得意の逃げ口上である。だけれど、荷物が届かないのは何故だろう。
その場にいた看護婦が言った。
「入院したばかりの患者は、入院生活に早く慣れてもらうために、必要最小限のものしか持ち込めないの。わかった?」
「でも、今読んでいる図書館の本は、早く読んで返さないといけないんです。それと詩を書きたいので、ノートと筆記用具も」
「本はわかったわ。ノートは次の買い物の日まで待ってくれない? その代わり、使い古しだけれど、鉛筆と、脳波をとった後の記録用紙を束ねてあげるから、それで我慢できる?」
「はい、わかりました」
さあ、大変である。ご存知の方も多いと思うが、新輯内田百間全集は旧漢字旧仮名遣いでつづられた、作品集である。それを辞書の手引なしにあと数日で読破できるだろうか。最低ノルマは一日三〇頁である。
全集読破は僕が昨秋から課題に掲げてきたものなので、これだけはやり遂げなければならない。広辞苑無しに読破は至難の技。頑張らねば。
詩は二年前私家版の詩集を大手出版社に依頼して出したばかりであって、第二詩集を出すために、大量の詩を作りためているところであった。
部屋を出ると、すぐそこにロビーがある。そこで詩が書けるかどうか試してみたが、TVの音がうるさく、作詩に集中できない。仕方なく部屋で詩を書こうと思ったが、ベッドの他には何もない部屋なので、ベッドの上で書くしかないのだが、うまく書けない。もう一度詰め所へ言って、使っていない下敷きを貰ってきた。実はベッドの上であっても気が散って集中できないのだが、何も書かないよりはいいだろうと思って拙い詩を書きはじめた。




