表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10



 ──片桐のくすくす笑いが耳障りだ。


 オレは姿勢悪く腰かけた自分の席で、ぼんやりとその笑い声を聞いていた。別に聞きたいとは思ってなかったけど、勝手に耳に入ってくるのだからしょうがない。

 椅子の前半分を浮かせた不安定な体勢で、手を頭の後ろで組みながら視線を天井へと向ける。

「……その時の南の顔ったら、もうおかしくって。目を丸くして、なんかハムスターみたいになってたわ」

 自分の席で得意満面に話す片桐。それを囲むようにして聞いていた三人の女が、やだあー、と甲高い声で笑っている。ハムスターは可愛いだろ、とオレは上を向いたまま、心の中で反論した。

「えー、それで南、なんて答えたの?」

「ちっちゃな声で、『そうなんですか』って」

「ソウナンデスカ、だってー! ウケるー!」

 何が面白いのかまったく判らないが、女たちはまた一斉にどっと沸いた。

「やっぱりショックだったのかなあ。てか、けっこう期待しちゃってたのね、カワイソウ」

「世良君、私のことが好きなのかも? って毎日本気でドキドキしてたのかもよ。そんなこと、あるわけねえっつの」

「夢を見てから奈落に突き落とされるのってどんな気分かなー」

 けらけらと笑い続ける声に紛れて、片桐の勝ち誇るような笑い声が、またオレの耳に入ってくる。


 ……オレは頑なに天井に目線を据えつけたまま、昨日オレの知らないところで起こっていたという、その場面を想像していた。


 きっと、その時、南はオレの冗談に対応すべく、ひたすら写真集を探して吟味していたんじゃないか。たくさんの本を机に積んで、次から次へと手に取り、ぱらぱらとページをめくりながら。

 世良君の好きそうなのって、どんなのだろう?

 なんて、頭を悩ましていたのかもしれない。その時の彼女の懸命な瞳、真面目でひたむきな顔つきまで、ありありと思い浮かべられるくらいだった。

 すると、そこに、片桐がやってくる。南の前の席の椅子を引く。その音に顔を上げ、南はやっぱり、あ、という顔をしただろう。オレの時とまったく同じように。

 ──でも、片桐が「事実」をぶちまけたその時、南がどんな表情をしていたかだけは、どうしても想像できなかった。

 片桐の方は、きっとものすごく楽しそうに笑っていたに違いない。自分の一言一言で、南がどう反応するか、どんな顔をするかを観察しながら。

 ちくりちくりと針で刺すように、南の心を傷つけて。

 そうして片桐が言いたいだけ言って満足して帰っていくと、南は黙って写真集を片付け、席を立った、というわけだ。近くの席で一部始終を見ていた男子生徒が、オレに対して軽蔑するような目を向けたのも、まったくもって当然のことだった。

 ようやく天井から目を外し、さりげなく斜め前方に移すと、そこでは南が机に頬杖を突きながら、身じろぎもしないで前方の黒板に視線をやっていた。

 当然だが、昼休みの黒板には何も書かれていない。


 ……バカだな。


 オレが、休み時間には本を読むな、と言ったからだ。

 この期に及んで、南は律儀にオレのその命令を実行しているのだった。片桐たちの周囲を憚ることもない声が耳に届いていないわけがないのに、それでもきっちり顔を上げ、どことなく手持無沙汰そうに、ただ前を向いているんだ。

 きっと、本の世界は南にとって唯一の逃避場所、安息の場であったろうに、オレがそれを取り上げた。今この時、せめて本を広げ下を向いていれば、クラスメート達のぶしつけな好奇や憐憫の目から逃れられると判っていてもなお、南はそうはしなかった。

 この状況で自分の顔を隠そうともしない南、得々と喋っている片桐、そして知らんぷりを貫いているオレを、クラスの連中は興味津々で見比べていた。面白半分にその様子を眺めているやつが大半だったけれど、中には、苦々しい表情で片桐たちを見ているやつもいて、そのことに、オレはほんの少しだけ救われた気持ちになる。


「南のくせに、図々しいのよ」

 と、片桐が言った。


 要するに、片桐は最初からこれがしたかったんだ、とようやくのように理解した。

 片桐にとって、物静かな南は、本来なら眼中にも入らない存在のはずだ。自分とは何の関わりもないものとして、無視していればそれでよかった。

 でも、南には、「学年トップ」という肩書がある。

 それは片桐にはどうやっても手に入らないもので、けれど、無視できるものではなかったんだろう。南みたいな地味な生徒に、自分がどうしても敵わないものがある、ということに、片桐は我慢ならなかったんだ。

 だから、南を引きずり落として安心したかった。そのために、オレにあんな話を持ちかけた。笑って、見下げて、馬鹿にして、ホラね、やっぱりあんな子大したことない──と確認するために。

 女王様のくだらない意地、それだけのことだった。

 ……だけど、その片棒を担いだのは、間違いなく、このオレだ。

 片桐が笑いながらぺらぺらと話しているその内容を、オレは何ひとつ否定できない。ゲームを受諾したのはオレ自身。南を利用するのに、なんのためらいもなかった。そういうオレがいたのは、事実なんだから。

 南の背中は動かない。さすがに堪らなくなったように、一人の女子が南に近づいて声をかけた。気にしない方がいいよ、とでも言っているみたいだった。それが面白くなかったのか、片桐がまたさらに一段階声の音量を上げる。

「でもよかったじゃない。あの子のつまんない高校生活にもひとつは思い出が出来てさ。この思い出だけを宝物みたいに抱いて、残りの人生を進んでいけばいいのよ。大体、南なんて、ホントに勉強しか取り柄がない──」


 ガタン、という大きな音がした。


 片桐の言葉が途中で途切れたのは、その音が教室中に響き渡るくらいの音だったからだ。

 なんだこの音、とオレもびっくりした。片桐を見ると、口を半ば開けた驚愕の表情でこっちを向いている。いや、それだけでなく、その場にいた誰もが、一斉に息を呑んでオレの方を見つめていた。

 そしてオレは、いつの間にか自分が椅子から立ち上がっていたことを知った。

 大きな音は、勢いよく立った時に、オレの座っていた椅子が床に倒れた音だったのだ。

「あー……」

 全員から視線を受け、オレは気まずく声を出す。とりあえず、倒れた椅子を大人しく起こしたものの、そこにまた座るのも間抜けだなと思い、しょうがなくそのまま足を動かして教室を出ることにした。トイレにでも行って、顔を洗おう。

 オレが教室を出た途端、しんとした空気が一気に弛緩して、ざわめきが広がりはじめる。

 開いている廊下の窓からちらりと中を窺ったら、ちょうどこっちを向いた、南の真ん丸な目とかち合った。

 先に逸らしたのは、もちろん、オレの方だった。



          ***



 放課後、オレは真っ直ぐ第二音楽室へ向かった。

 もう図書室に立ち寄ることもない。きっと、これからもないだろう。本を読まないオレにとって、南と話すこともなくなった今は、あそこはまた無縁の場所に逆戻りだ。

 どこからか話を聞いたのか、キーボードの二年女子がオレに投げつける視線は、南極の氷よりも冷たかった。視線で人を殺せるとしたら、きっとこういう感じだ、と思わずにいられない。

 そいつは睨むだけで何も言わなくて、でも、何も言われないのが余計にしんどかった。しんどいけど、自業自得だと思うから、こっちも黙っているしかない。その居たたまれない空気をひたすら辛抱し、やっとの思いで帰路についた時には、オレはかなり憔悴していた。

 我ながらのろのろとした足取りに、オレでもヘコむことがあるんだなあ、としみじみ思う。

 ──その足が、ある場所で動きを止めた。




 駐車場の片隅で座り込んでいる後ろ姿を見ながら、オレはかなり長いこと迷った。

 いや正確には、このまま気づかなかったことにして駅に向かおうという気持ちに反して、どうしても身体が動かなかったのだ。

 結局、意を決してオレはそのショボい駐車場の中へ足を踏み入れる。もうすぐ暗くなるのに、放っておくとずっとそうしてるんじゃないかという懸念もあった。

「……南」

 オレの声に、南はぱっと振り向いた。

「世良君、今帰りですか。お疲れ様です」

 前と同じ台詞を、まったく同じ顔と同じ口調で言う。

 なんだこのデジャヴ感、とオレは戸惑った。南は、昨日見せたような固さをすっかり消し去っていて、変な話だけど、ちょっと腹が立つほどだった。その態度は、ちっとも気にしていませんよ、とでも言われているようで。


 ──オレは南にとって、そんなに「どうでもいい」男なのか? と胸の中がむかむかした。


「また四つ葉を探してんのかよ」

 だからオレが出した声音は、自分でもどうかと思うくらい不機嫌なものだった。言いたいことだって、本当は、そんなことじゃないはずなのに。

「いえ。だって、私にはもう、世良君に貰ったのがありますから」

 言いながら、制服のポケットに入っている四つ葉のカードを指でつまんでみせる。こんなことになっても、南がそれをちゃんと持ち歩いていたことに、オレはなんだかとてつもなくやるせない気分になった。

「……私にとって、『幸運』ってなんだろう、って考えてたんですよ」

「は?」

 南はしゃがんだ姿勢のまま、難しい顔で腕を組んでいる。

 どうやらまた変なことを考えていたらしい、と思ったオレは、彼女のすぐ傍に腰を下ろした。南から拒絶の言葉が出ないことに、今度はほっとする。感情の振り子があっちこっちに揺れ動くのを、自分でもどうしようもなかった。

「四つ葉を見つけたら幸運が舞い込む、と私は思っていたんですが、考えてみたら、そんなことはないな、って思ったんです」

「へー、やっとその常識に気づいてくれたんだ」

 オレの皮肉に、南は口を尖らせた。

「違いますよ。私が言ってるのは順番のことです。私の場合、四つ葉を見つけてから、ではなく、四つ葉を手に入れる前に、もうすでに幸運がきていたんじゃないか、っていう話です」

「手に入れる前?」

 問いかけると、南は「そうです」と真面目くさった顔で頷いて、オレとひたと視線を合わせた。


「──私にとって、幸運は、世良君と知り合えたことでした」


「え……」

 オレは思わず言葉を呑み込む。南は真面目な表情を崩さない。

「片桐さんは、いろいろと言ってましたけど」

「……いろいろ、言われたんだ?」

「はい。はじめから世良君の遊びだった、とか。そうじゃなきゃあんたなんて相手にするわけない、とか。もともとあたしと付き合うのが目的だったんだから、とか」

「…………」

 オレは何も言えずに目を伏せた。ごめん、と謝るべきだったのかもしれない。けどオレは、どうしてもその言葉を出すのが嫌だった。

 謝ってしまったら、その時こそ、今までの何もかもが「ウソ」になってしまう、という気がした。確かに片桐が言ったのは本当のことだけど。

 だけどさ。

 「でも」と南は続けた。目線を下げ、生えているクローバーの群れを見る。

 風に吹かれて、そいつらも寒そうだ。もう少し経つと、しんなりと萎れて枯れていくんだろうか、と思うと、妙に寂しくなった。こんな風に感じるなんて、オレもずいぶんと南に影響されている。

「……でも、世良君は私のことをよく笑ってましたけど、クローバーの話をした時は、笑わなかったじゃないですか。はじめてだったんです、そういうの。今まで、笑われたり呆れられることばかりだったから、私はそれが、すごく嬉しかったんです」

 本当に嬉しかったんですよ、と呟くように繰り返して、

「ですから」

 数学の難しい方程式の答えを導く時のような、きっぱりとした声を出した。

「あの日、世良君が図書室に来て私の前に座ったことも、この駐車場で私を見つけてくれたことも、私にとっては、一万分の一の確率よりもすごい『幸運』だったんです。それがなければ、私は名簿に載っている名前以上に、世良君のことを知る機会はなかったでしょう。そうしたら、私はいろんなことを知らないままでした」


 嬉しいこと、楽しいこと、幸せな気持ち。

 これまで知らなかった、いろんなこと。


「そこにどんな意図があろうと、私はちゃんと幸運を手に入れました。──だから、それでいいんです」

「…………」

 にこっと笑う南に、少しだけ喉が詰まってしまったオレは、言葉を返せない。

 負けた、と思った。

 なんだか知らないけど、オレは南に完敗だ。

「……うん」

 と、頷く。

 オレが上手に言葉に出来なかった内心を、南が代わりに言ってくれた、そんな感じがした。

 そうなんだ。きっかけは、どうあれ。


 オレは、南と一緒にいるのが楽しかった。

 今だって、楽しい。

 世界の片隅でちっちゃくなっていた背中に、幸運が訪れればいいなと思った。

 南が持っているたくさんの美点を、その笑顔を、他のやつらも知ればいいのにと思った。

 人を楽しませることが出来ないと思い込み、自分はこの世の中の不要物なんじゃないかと心配する南に、そんなことはないって、オレはずっと、言いたかった。

 ──それはどれも本当のことで、きっと、なにより大事なことだった。


「南」

 と呼びかける。こっちを向いた南に、オレは少し顔を赤くした。

「あのさ、来年もまた、四つ葉を探して、南にやるよ」

 その言葉は、ずっといい加減だったオレが、かなり勇気を出して口にしたものだった。

 約束とか、誓いとか、願いとか、そういったものを諸々含んで、オレなりに厳粛な気持ちで言ったつもりのものだった。

 今まで経験した、どの告白の場面よりも緊張したくらいだった。

 ……なのに、なんにも判っていない南のアホは、

「世良君って、そんなに四つ葉のクローバー探しが好きなんですかー」

 なんてことを、感嘆するようにほけほけと言っただけだった。

 オレはけっこう、傷ついた。



          ***



 その後、またオレが南と時間を過ごすようになったのを、片桐は大変お気に召さなかったらしい。

 自分が放ったミイラとりが、ミイラになったことを見せつけられる気分だったのだろう。そしてそれは片桐にとってのこれ以上ない屈辱だったのだろう。だからなのか、オレと南が喋っているところにまでやってきて、当てこすりや嫌味を言うこともたびたびだった。女王様はヒマなのか? とオレは思わずにいられない。

 それに伴い、クラス内にも変化が起こりつつあった。

 最初、オレたちを遠目に見て面白そうににやにや笑ってばかりだったクラスメート達の、今の状態の片桐に向ける視線は、かなり冷ややかな空気を含んでいる。ずっと他人からちやほやされ続けてきた片桐は、残念ながら、引き際を察知する能力は欠けていたようだ。

 これなら放っときゃいい、とオレは判断した。南ともそう話していた。とはいえ、それもあまりしつこいとうんざりする。オレはもともとそんなに寛容な方でもない。適当に聞き流しながら、その実、腹の中は苛々がたまり続けていた。

 そしてある時、オレはもう我慢がならなくなって、キレかかった。女王とその取り巻き三人が、一緒になって南の個人攻撃をしてきた時だ。

「お前ら──」

 オレは眉を上げ、いい加減にしろよ、と怒鳴りつけようとした。

 ……が。

 それまでずっと静かにしていた南が、突然くるりと片桐の方を向き、口を開いた。


「片桐さん、知ってますか」


 出た。

 オレは即座に口を閉じ、わくわくしながら続きを待つ。近頃、オレはこの言葉の先を聞くのが楽しみでたまらない。

 南の知識の広さを思い知れ、片桐。実生活に役立つものはほとんどないけどな!

「男性が女性に幻滅する理由として、『口紅がはみ出してる』っていうのは、わりと高い位置にランクされているらしいですよ」

「……は?」

 片桐は明らかにひるんだ。

 内容というより、その唐突さにどう切り返していいか判らなかったんだろう。オレは大分慣れたけど、気持ちは理解できる。

「そ──それが、何よ。なんなの、いきなり」

 それでも強気さを失わないのはなかなか大したもんだ。態勢を立て直して詰め寄る片桐に、南は黙って、自分の唇の横を、ひとさし指の先でちょんちょんとつつく真似をした。

 一瞬ぽかんとした片桐は、すぐにはっとして、赤い顔になった。

 口を手の平で押さえ、くるりと踵を返す。教室を走って出て行く片桐の後を、他の三人が慌てて追いかけていった。

 ぶっ、とオレは噴き出した。

 手鏡か、トイレの鏡で、自分の口許を確認した片桐は、そこに映ったものを見て、どんな反応をするんだろう。いつもどおり綺麗に彩られ、ちっとも口紅なんてはみ出していない唇を。

 微妙なそのランキングの出所や根拠はともかく、南は自分の頬を指でつついただけ、何も嘘なんてついていない。南には、意外と策士の一面もあるらしい。

「静かになりましたねえ」

 しれっとした顔でのんびりと言う南に、オレは腹筋が痛くなるまで笑い転げた。周囲からも、明るいくすくす笑いが漏れはじめる。

 南は変わったところがたくさんあるけど、時々、惚れ惚れするほどカッコイイやつだった。




          ***



 ……さて。

 それからひと月が経った現在、オレと南がどうなったかっていうと。

 実は、なんともなっていない。

 ええーっ、と思うだろ? オレだって思う。「世良君、好きです」と言った南のあの時の言葉がどこまで本当かを確かめることすら出来ていないんだから、オレが他人だったら、情けない、と鼻で笑っているところだ。

 言わせてもらえば、オレだって努力はした。もうホントに、した。一般人にはちょっと理解されにくいところで、すごく、した。

 でもさ、なにしろ相手は、

「世良君、知ってますか。マグロって、泳いでいないと死んじゃうらしいですよ。眠る時も泳いでるって、どういうことなんでしょう。私、それを考えると夜も眠れないんですけど」

 などということをいきなり、しかも真顔で言いだすやつなのである。

 こんな女をどうやっていい雰囲気にまで持っていけばいいのかという悩みに、すぐに答えが出せるほど、オレは人生の達人ではなかった。

 オレにとって不幸なことに、片桐をやり込めた一件以来、南の人気はクラス内で花丸急上昇中だ。もっとも、休み時間に本を読むことがなくなり、オレと喋っては笑うところを見て、興味を持つようになった、という理由も大きいのだろうけど。ともかく南には、友人と呼べる人間も何人か出来たようだった。

 いや、それはいい。それはいいんだけど、中には、誰に対しても丁寧な南の話し方を「敬語キャラだ」と喜ぶ馬鹿な男、なんてのもいて、そのことがオレの気を揉ませているわけだ。ただでさえ、軽音部の部長がまだ南を諦めていないっていうのに。

「南はダメっすよ」

 とオレが何度言っても、

「だってお前と南ちゃん、付き合ってないんだろ?」

 そう返されればグウの音も出ない。

 いかん、このままでは、本当に「いいオトモダチ」のままで終わってしまう、と焦ったオレは、最近では、いっそバラの花束でも持って告白しようか、とまで思うようになった。

 南は本好きだから、どうせなら徹底的にベタな方法がいいのかも、と考えたのだ。そんなことを考える時点で、オレは相当追い詰められている。

 もうすっかり通い慣れてきた図書室で、こっそり「花言葉の本」なんかを手に取って調べるオレの姿は、あんまり知り合いに見せたいもんじゃない。こんな自分がいじらしすぎて、泣けてくるくらいだった。

 本にはいろんな花と、その花言葉が書かれていた。

 へえー、バラは色によって意味が違うのか、などと感心し、ふと思い立って、オレは「四つ葉のクローバー」を探してみた。

 ちゃんとあった。花じゃないのになあ、と笑ってしまう。

 そのページを開いて、どれどれと目を通し──

 ぶっ倒れそうになった。

「……カンベンしろよ」

 真っ赤になって呻く。

 オレはもう、この先一生、赤いバラの花束を持ってプロポーズをする気障な野郎のことを笑えない。

 南に差し出し、来年もやるよと約束した。今も南の制服のポケットに大事にしまわれている、四つ葉のクローバー。

 花言葉は、「Be mine.」


 ──わたしのものになってください。






本編はここでお終いです。次話より続編で、視点が変わります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] オチが凄すぎて主人公の肩をたたいてやりたくなる。頑張れーまけーるなー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ