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2.入り婿と事情(入り婿の)


 少し前の話になるが。


 ヒュッセライン男爵家は領主として建国から続く由緒正しき貴族である。というか、誇れるのは由緒があることしかない、名ばかりの貴族。

 領地もお世辞にも広いとは言えない。緑溢れる豊かな国で知られるローデダゼン国の中にあって、狭い領地の大半は岩山。

領民は39人。家族にして9家族。

 領主家族も領民と同じ自給自足で、文字通り汗水垂らして食い扶持を作り出している。

自分のことは自分でする生活は貴族とは言い難く、庶民そのもの。下手したら、ちょっと裕福な家にも劣っている、のかもしれない。


 小さな、これといって特色ないやや辺境寄りな領地でも、身分とは不相応な生活でも、五男四女の子宝に恵まれたヒュッセライン男爵家は慎ましやかながら平穏で幸せそのもの。


 そんなヒュッセライン男爵家だったが、悩み事がある。結構、深刻な悩み事が。


 娘の結婚――それだけでも考えたくないのに。まだ子供なのだから――の持参金。

それをどう工面するか。考えるだけで頭が痛い。

 貴族の体裁など皆無だが、貧乏ではない。だからといって、持参金を用意出来る程の蓄えはないのも事実である。

 田舎の下級貴族の持参金など高が知れているがヒュッセライン男爵家にはかなりの高額だ。そう考えると貧乏なのだろうか――閉休話題。


 持参金がないから結婚の相手を持参金の必要のない相手、若しくは結婚をしないで家に居てくれ、などと言いたくないし、悟られたくない。

 娘には想いあった相手と結婚して欲しい、と願うのが親というか、身内の願いというもの。


 楽天家のヒュッセライン男爵夫婦に変わって、成人している息子四人は集まってはどうするものか、と頭を抱えている。

 勿論、ただ頭を抱えているのではない。息子達は方法は違えど、金を得ようと努力はしている。


 ユクシャは家の手伝いや幼い弟妹の世話をする傍らで領内の子供らに読み書き、簡単な計算などを教える仕事をしていた。


 これが仕事は言うよりも福祉活動に近く、報酬は小遣いに毛が生えた程度しかない。

 たとえ少なくても報酬を貰えるだけ有り難いのだ、と兄達から言い聞かせられている。

ユクシャ自身もそうだと考えている――のだが。


「でも、貯まらないんだよね」


 そこは問題だ。大いに問題だ。

 報酬の硬貨は殆ど手を付けずに貯めているが、これでは四人分の持参金は疎か一人分にもなりそうにもない。


 ユクシャの懐にある本日の硬貨が薄く、あまりにも頼りない重さがその危機感をより一層高めているのかもしれない。

 本当に軽いのだ。仕事の帰り道のユクシャがわざわざ立ち止まって中身を確認してしまったくらいに。

 少なくとも大事な硬貨を落ちないようにしっかりと懐に仕舞いこんだユクシャは腕を組んで、うむむっと唸りながら思案をし始める。


「やっぱり、そろそろ計画を実行に移すべきかな」


 数年前から暖めてきた計画とはいえ、そんな大それた事ではない。

 別の場所で働く、要は出稼ぎに行く。これだけである。

しかし、お金はそちらの方が確実に稼げるはず。目安を付けた仕事には近隣の領に伝手らしきものも用意している。

 所帯を構えている兄達に比べて身軽な立場のユクシャだからこその計画と言える。


 何故、すぐに実行に移さず、今になってなのか。

 弟妹――特に妹に泣かれたくない、それに尽きる。すぐ上の兄、三男が盛大に泣いて見送られて行ったのは記憶に新しい。

 あれをやられたら、落ち込みそうだ。兄も辛かった、と思い出してはしょんぼりしながら語っている。

 ユクシャだって泣かすのは不本意である。前よりも年を経て成長している弟妹達なら泣いて駄々はごねない、と思いたい。


 まあ、出稼ぎに行ったとしても金を工面を出来る可能性は低い。

それもあって乗り気ではない。


「一発勝負ってのもあるけどなぁ…」


 その手のギャンブルの才能は無いみたいだし、と肩を落とすユクシャの耳にガタガタゴトゴトと聞こえてきた。

 段々と近付いて来るそれは車輪の音のようだ。


 大通りから逸れるとどの道も最低限な整備しかされていないのだ。

 それは領主一家の家への道も例外でない。石は取り除かれたが、土むき出しの道を車輪が走るとこんな音になるのだ。

 蹄の音も混じったこれは振り返らなくとも馬車だと分かる。

 分かるが、領民は他の領民を訪ねるのに馬車は使わないし、馴染みの行商人も広場までしか入ってこない。

 そうなると馬車に乗っているの客人なのだろう。


 ユクシャは馬車が通りやすいように端に寄りながら、他人事ながら気の毒に思う。


 でこぼこ道は馬車の乗り心地が非常によろしくない。

 だから領民も行商人も馬車を使わないのだ。

 徒歩でも不便に感じないので積極的に整備する必要性がないだけど。

 馬車がユクシャの横でその歩みを止めた。


「――?」


 ユクシャは目を丸くして馬車を見上げる。


 馬車は見たことない立派なものだった。

二頭立ての黒塗りの高級な箱馬車。


 思わず、まじまじと眺めてしまっていたユクシャは御者が帽子を取って頭を下げているのに気付いて会釈を返した。


 その時、馬車の扉がそっと開いて中から壮年の男性が身を乗り出してきた。

 父より下くらいの歳だろうか。精悍な男性は一目で上流階級の人間だと分かる上質な三つ揃いの格好をしている。


 なんで貴族の方が、と目を剥くユクシャはさらに困惑を深める事となる。

 貴族の男性から親しみの籠もった眼差しを向けられているに気が付いたのだ。

 初対面なのは間違いないのだが、知り合いかと錯覚しそうになる。


「あの、何か?」


 道の往来、それも坂の途中で馬車を止めたのだから用があるのは確か。

 内心の困惑をそのまま顔に出したユクシャの発した疑問に貴族の男性は親しげな笑みそのままに口を開く。


「ああ、失礼。領主はいらっしゃるだろうか?」


 それはそうだろう。

 この坂の先、岩山の中腹にあるのはヒュッセライン宅一軒しかない。そこに用があるのは明白。

 ユクシャはこてん、と首を傾げて少し考え込む。

 出掛けに父は家に居た。


「居ると思いますが…」


 例え、ユクシャが留守の間に出掛けていたとしても直ぐ呼び戻せる。

今日、遠出するとは聞いていない。


「領主、お会いしたい」


 貴族の男性は満足そうに頷き、そう言った。



 二ヶ月前の事である。


 次も説明が続きます。


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