恋に落ちたマリオネット
むかしむかし、ある小さな村に人形職人の青年がいました。その青年がつくった人形は、まるで生きているかのような、とても優れたものだったのです。
ある日、彼が倉庫を掃除していると、懐かしいものが出てきました。
それは、彼が一番初めにつくった少女のマリオネットです。今見てみると、手足の長さもちぐはぐで、表面はざらざら。一生懸命縫い合わせたはずの服も、縫い目はがたがたでした。あれだけ丁寧につくっていたのに、とても売り物になるようなものではないのは一目瞭然です。
それでも、彼はこのマリオネットが非常に愛しく感じられました。
「そうだ、今から君に、僕がどれだけ成長したのかを見てもらおう!」
彼は、少女のマリオネットに手を加えることを決めたのです。今持っている彼の技術すべてを使って、彼女を着飾ってやりたい、そう考えました。
それからの青年は、昼間は次々と舞い込んで来る依頼をこなしながら、睡眠時間を削り、マリオネットを美しく仕上げることに夢中になっていくのです。
「君は、きっと白磁のような透明感のある肌なんだろうね」
そう言って、ざらざらの肌を細かく磨き上げていきます。磨かれた表面に薄化粧を施すと、まるで彼女は雪の精霊のような、白い肌になりました。
「君の瞳は何色がいいだろう? 宝石のようにきらめいてくれるといいね」
瞳には、加工を施したエメラルドをはめ込みました。瞼は可動式で、瞳との境目には長い睫毛が生えています。
「髪の毛は柔らかくて、優しい色合いがいい。蜂蜜のように甘い色にしよう」
細い毛を丁寧に植毛し、先端を火で温めた棒を使って柔らかくウェーブをかけました。くるくると巻かれた髪の毛は腰の辺りまでの長さです。
「服はどうしようか? 立派なドレスがいいかな? それともシンプルなワンピース? ああ……帽子を被せて素敵なレディに仕上げるのがいいかもしれないね」
ボリュームを出すために、フリルをふんだんに使いながらも、重たくなりすぎないように気を遣いながらドレスを作っていきます。ミシンで縫えないような、細かい模様や装飾は一針一針心を込めて青年が縫いました。
少女に靴を履かせると、いよいよマリオネットとして操るための部品をつけなければなりません。しかし、青年はためらいました。
ここまで、自分の思うようにしてきたが、彼女も何かやりたいことがあったのではないか、と。また、操り人形にしてしまうには惜しいほどの出来、というのも彼をためらわせた一つの要因でした。
「……君に名前をつけてあげる。エメラルダ。どうだい? 君の名前は今日からエメラルダだ」
もちろん彼女からの返事はなかったけれど、カンテラの柔らかい灯りに照らされて、エメラルダと名づけられたマリオネットは微笑んでいるように見えました。
その夜のことです。青年の夢に、見たこともない美しい女性が現れました。
「貴方は……?」
「私を見つけてくれて、ありがとう。こんなに大切に想ってくれて、ありがとう」
「もしかして……エメラルダ?」
彼女は青年の問いかけに返事をしないまま、にっこりと笑いました。しかし、青年にとってはそれが肯定だと感じられました。
「神様から、一つだけ願いを叶えられる力を貰ったの。でも、私はそれを貴方に使ってほしくて」
「でも、それじゃ、君は……」
「私は貴方につくり直してもらわなかったら、誰にも見向きもされない操り人形のまま、壊れていく運命だった。それを貴方に助けてもらったの。だから……」
そう言う彼女は、エメラルダのように柔らかな笑みを浮かべていました。青年は少し考えるものの、同じように微笑みました。
「僕の願い、叶えてくれるかな? エメラルダ、僕は君と一緒に生きたい。マリオネットの君じゃなくて、意志を持った一つの存在として、一緒になりたい」
青年は、エメラルダに向かって手を差し出しました。一瞬、彼女は驚いた顔をしましたが、次の瞬間には涙で顔をくしゃくしゃにして、差し出された手を取ります。
「私も、貴方のことが好きだったの。私をつくってくれた貴方が。一生懸命私に話しかけてくれる貴方が。ずっとずっと一緒にいさせてください」
腕に抱き締めたエメラルダの体は、人のように柔らかく、そして温かったのです――。
ぱたん、と本を閉じると、話を聞いていた少女が黄緑色の目を輝かせて、祖母を見上げます。
「おばあちゃん! エメラルダとこの男の人は幸せに暮らしたんだよね!」
「そうだね……とても幸せだったよ。男の人はとても優しかったし、エメラルダのことを大切に想ってくれていたからね」
「なんか、おばあちゃんのこと、お話ししてるみたいだね?」
「ふふ……そうかい?」
彼女は可愛い孫娘の髪の毛を柔らかく梳きながら、彼と出会った遠い昔のことを思い出し、エメラルドの瞳を細めて微笑するのでした。
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