聖女の願い
こいつで、今回の出品は最後になった。シエラに差し出したのは一本の杖あだ。いや、「ただの杖」と呼ぶのはあまりにも冒涜的だろう。これは、あの人が最後まで握りしめていた、聖杖だ。
机の上に横たわるその白銀の杖身は、今でも微かな光を放っている。先端に据えられた透き通るような蒼水晶は、彼女の魔力が今なお宿っているかのように、ゆっくりと脈動しているのを感じる。最初の世界――あの名もなき辺境の地で、魔王との最終決戦の日まで、彼女はこの杖を離さなかった。僕が、ただの傷だらけの勇者だった頃。
「預かってくれる?」
決戦の後、全ての脅威が霧散した広場で、彼女はそう言って、静かにこの杖を差し出した。彼女の顔には、聖女としての荘厳さも、大賢者としての知性もなく、ただ、長い戦いを終えた一人の女性の、どこか寂しげな安堵の表情があった。
「もう、この世界にこれが必要な敵はいない。でも、この子にはまだ、誰かを導く力が残っていると思うの」
そうだった。彼女は聖女である前に、当代随一の大賢者だった。この《セイント・テンペスト》は、最上級の魔法触媒としての性能を備えている。僕が赤龍のブレスに焼かれそうになった時、古代遺跡で眠る呪いの罠に足を踏み入れかけた時、無数の魔物に包囲された絶体絶命の時…何度、この杖から迸る彼女の魔法に、この命を救われたことか。癒しの光、邪悪を浄化する聖炎、絶対の守護を約束する結界。魔法の「いろは」から、命を懸けて使う究極の術式まで、全ては彼女が、この杖を通して僕に教えてくれた。
最初の世界は、何もかもが初めてだった。痛みも、喜びも、喪失も、そして確かな絆も。一番未熟で、一番愚かで、それでいて、一番心が震えた世界。だから、思い入れもひとしおだ。あの草原の匂い、あの酒場の騒音、仲間たちの無邪気な笑い声…そして、彼女が夕陽を背ににっこりと笑った顔。全てが、この杖を見るたびに蘇ってくる。
だからこそ、ただのコレクションアイテムとして、金銭と引き換えに手放すわけにはいかない。彼女が望んだように、この杖には新たな「主」が必要だ。しかし、それはふさわしい者でなければならない。
僕は目録に、厳しい条件を入力した。
**入札資格:**
1. 聖魔法体系の熟練した使い手であること。または、「大賢者」「聖女」の称号を正式に認められていること。
2. 現役の冒険者であること。
一つ目の条件は、この杖の力を最大限に引き出し、正しく扱うための最低限の資格だ。二つ目の条件は…俺のわがままかもしれない。この杖が、再び暗いダンジョンの奥深くで、あるいは広大な荒野で、誰かの背中を守り、誰かの傷を癒し、誰かの希望の灯りとなることを願ってやまないからだ。俺と彼女がそうだったように。
机の上の《セイント・テンペスト》が、ほのかに温もりを増したような気がする。もしかしたら、彼女の残した意思が、俺の決意を認めてくれたのかもしれない。
次の旅立ちの時が来たら、この杖もまた、新たな物語の中へと歩み出す。その日が、一日も早く訪れますように。そして、あなたが再び、誰かの光となれますように。




