第9話
【雛乃父視点】
早朝、雛乃と月成が私の部屋にやってきた。今までの感謝を私に述べ、すぐに部屋から出ていったのだが。
まさか、本当に家から出ていくとは、夢にも思わなかった。
娘が路上で死んでいたなどと騒ぎになっては、私の立場が危うい。秘書に、家が決まるまで付いていくよう指示を出す。
娘が、こんなリスクのある選択をするとは。
私が教えていたことを忘れてしまったのだろうか。
ただの従者と友達だのと、戯言を抜かす始末だ。今まで完璧な道を歩んできた私の人生に、泥を塗るような真似をしてくれた。
あれでも、優秀な娘だ。簡単に手放すのは痛手。
「せっかく育て駒が奪われるとはな……まあ良い、他にも駒はある」
――
【雛乃視点】
私たちは散歩をしながら、スマホで物件探しをしていた。隣では、月成と秘書が何やら話している。
聞き耳を立てれば、月成に退職金が支払われているようだ。まさか、父が支払っているとは思わなかった。
そんなことを考えていると、月成がスマホを覗き込んでくる。
「雛乃、いい物件は見つかりましたか?」
「うーん。私たちじゃ、そうそう貸してくれそうなところがないんだよね。
アパートとかならいけそうだけど」
私の所持金は、父と母からのお小遣いの三百万ほど。
すると、秘書さんがスマホを出し、こちらに見せてきた。
「でしたら、ここはどうでしょう。家賃もあまり高くありませんし、高校も徒歩二十分から三十分ほどです」
私たちが好反応を示すと、秘書さんが優しく微笑む。
「それでは、内見の申し込みをしますね」
秘書さんは不動産屋に電話をし、予約を入れる。幸い、空き部屋が多いアパートだったので、今日の昼に内見できることになった。
内見まで、あと四時間ほど。どこかで時間を潰さないといけない。
でも、この時間は有意義に使う必要がある。今の所持金だけでは、数ヶ月から一年ほどで尽きてしまう。
バイトを探そうにも、私と月成はバイトをする時間がない。睡眠時間をさらに削れば、バイトをする時間も作れるだろうが、学業や部活に支障が出るだろう。
バイトよりも効率的に、収入を得る方法を考えないといけない。
こんな時、父は何をするだろうか。あの人は、どうやってお金を稼ぐ。投資? 企業?
しかし、私たちには安定した収益がなく、失敗したときのリスクが高すぎる。
私が、父ほど優秀な人間だったら……いや、私は父とは違う道を選んだ。
大切な友達と、一緒にいるために。
そんな時、秘書さんが言ってきた。
「雛乃さん、考え込んだ顔してどうしたんですか?」
「あ、その……学費や生活費をどうやって稼ごうかなって」
「そうだねー、とりあえず朝食でも食べながら考えましょう。
私がお金出すからさ」
私たちは、秘書さんの好意に甘えさせてもらうことにした。二十分ほどかけて、喫茶店に向かった。
こじんまりとした喫茶店で、カウンター席に椅子が数脚、ソファ席とテーブル席が二つ。
明るすぎない間接照明に、品のある調度品。非常にゆったりとした空間に、自然と肩の力が抜けるようだった。
「二人とも気に入ってくれたかな? 私もたまにしか行けないけど、結構好きなんだよね。この喫茶店」
秘書さんは穏やかな笑みを向けて、そう言った。
月成は、どこかに出かけること自体少ないためか、目を輝かせながら、周囲を見渡している。
私たちはテーブル席に座ると、店の奥から店主が出てきた。私よりも背が低く、百五十センチあるかどうか。
明るく紫がかった赤色の髪をツインテールにし、子供のようにくるりとした空色の瞳をしていた。
「おっ、雫じゃん! おひさー」
店主は、秘書さんに大きく手を振る。
秘書さんは、雫っていう名前なんだ。これからは、雫さんって呼ぶことにしよう。
「今日は友達連れてきたの?」
「まあ、友達と言えば友達かなー」
「何それー、意味深なんだけど。まっ、とりあえずこれ渡しとくね」
店主は、メニュー表とおしぼりを置いて、店の奥に戻る。そのメニュー表は縦長で、二つ折りのタイプ。
「あー、私はいつもの頼むから、二人とも選んでいいよ」
私は、月成と一緒にラインナップに目を通す。
私はあまり食事を取らない方なので、サンドイッチと紅茶を頼む。月成も同様に、写真を見て量が少なそうなものを頼んでいた。
「で、お金の稼ぎ方でしたね」
「はい、私と月成が生活費や学費、さらに大学にまで行くとなったら、バイトだけでは到底足りないと思います。
それに、バイトをするにも、そこまで時間がなくて」
「そうですね。二人とも、学力の方はどうなの?」
学力? お金を稼ぐのに何か関係があるのかと思いながらも、答える。
「私も月成も学年上位です」
「具体的には? 通ってる高校、個人での偏差値。模試の結果や学年順位。行けるであろう大学とか」
雫さんは、テーブルに両肘を付き、手のひらに頭を乗せる。
瞳は、真っ直ぐ私たちに向けられていた。
私は、少し緊張しながらも、模試では全国でも片手で数えられる順位で、志望大学は東京大学を視野に入れていることを伝える。
月成も自身の学力を伝える。月成は従者としての仕事が忙しく、あまり勉強に割く時間がなかった。それでも、学年順位もトップで、模試での成績も上位に位置している。
雫さんは、目尻が下がり、安心したような表情を浮かべた。
「よし、じゃあ君たちは学習管理アプリの開発とかどう?」
私と月成からは、困惑に満ちた声が漏れた。
雫さんは、それには反応せず続ける。
「君たちぐらい勉強できるんだったら、プログラムとかも簡単だと思うし、最悪外注したらいい」
月成が戸惑いながら聞く。
「でも、既に学習管理アプリは、いろいろなところがやっていますし、いまさら私たちがやっても……」
「まあ、ものは試しです。それに、君たちなら、他のアプリとの差別化も出来るんじゃない?
まずは、実際にお金を稼ぐ体験を積むこと。いろいろと試行錯誤してみて」
私が雫さんに質問をしようとした時、遮られるように、店内に明るい声が響いた。
「おー、なんか大変そうな話だねー。とりあえず、これ食べて元気つけてよ!」
テーブルの上に、頼んでいた料理が置かれていく。いつも以上に、食べ物が喉を通らないが、まごうことなき絶品だった。
食べ終えると、雫さんが料金を支払ってくれた。明るい店主さんに見送られ、アパートの内見へと足を進める。
月成は、スマホを開き、何かを調べているようだ。すると、真剣な眼差しで、私を見つめてきた。
「すみません、雛乃」
「どうしたの、月成」
「私、雛乃と一緒にいるために、アプリ開発……やりたいです」




