第7話
翌日から、私たちは一緒に登校するようになった。そう約束した訳でもなく、自然とそうなった。
その様子を屋敷の使用人たちは、訝しむような視線を向けていた。私は、そんなことを気にもとめず、月成との時間に没頭する。
教室に入ると、クラスメイトたちはひそひそと、噂をするように話していた。
良くない噂だと直感するが、特に興味もないので、席に着く。
凪佐が、私の方を向き、話しかけてきた。
「ねえねえ雛乃。昨日って、月成と遊んでたの?」
「そうだけど……って、なんでそれ知ってるの?」
「そりゃー、噂になってるし」
聞けば、普段から遊びの誘いを断っている私が、月成を連れて教室から飛び出していったことで、噂が立てられているらしい。
「で、なんで遊びの誘い断ってるの?」
「それは……」
遊びに行く時間がもったいないから……とはさすがに言えなかった。
その時間があるなら、自分を高めることに使いたい。だから、私は基本的に他人との時間を作ることはなかった。
どうしよう。言い訳が見つからない。必死に、思考を巡らせる。
そして、出た言葉は言い訳にすら至っていないもの。
「まあ、いいじゃん」
「理由になってないやん!」
凪佐はすぐに、「まあいいや」と呟き、人差し指を立てて、注意してきた。
「でも、気を付けないと何か言われるかもよ」
「例えば?」
凪佐は、声を高くして、ものまねのように話し始めた。
「あいつー、ウチラの誘いを差し置いてー、あの子と遊んでるんだけどー。
マジありえなくなーい?
明日会ったら、クラスから弾こうかなー。
みたいな感じ?」
「この学校、結構偏差値高いから、そんなギャルみたいな子は居ないと思うんだけど」
「でも、この学校って俺が入れるんだよ?」
「たしかに!」
「弾かれたいか?」
と、声を低くして、脅すように言ってきた。小さく笑ってしまい、凪佐もつられたように笑いだす。
たしかに、凪佐の言う通り、他の人にはよく思われないだろう。使用人たちや、クラスメイトの反応からも分かる。
でも、私の交友関係について、とやかく言われる筋合いはない。
先生が来て、ホームルームが始まるので、会話はそこで終わった。
授業中も、嫌な視線は感じていたが、大して気にならない。
屋敷へ戻る途中、かすれるような声で月成が言う。
「私と雛乃の関係は、良く思われていませんね」
「まあ、良いんじゃない? 他人にどう思われたって」
「そう……ですよね。気にしすぎていました」
そう言う月成は、少し悩みが晴れたような顔になった。
屋敷に着くと、月成が玄関の扉を開けてくれる。礼を言いながら入ると、普段見かけない父が立っていた。
二メートル近い背丈に、冷たい瞳。その存在だけで、空気が張り詰めるようだ。
「雛乃、荷物を置いたら俺の部屋に来なさい」
「分かりました。すぐに置いてきます」
靴を脱ぎ、自分の部屋に向かう。
父の目は、記憶しているよりずっと、冷たかった。胸の奥で、何かが蠢く。
少し呼吸が浅くなるのを感じながら、自室に荷物を置いた。
重い足取りで、父の部屋に向かっていると、月成が青ざめた顔で歩いている。未だに、状況を掴めていないような、そんな顔。
「どうしたの!? 何かあったの!」
私がそう言うと、月成は力ない表情でこちらを向き、啜り泣くような声で答える。
「大丈夫ですよ、雛乃。それよりも、早く向かわれてください」
「大丈夫な訳ないでしょ、そんなつらそうな顔してるのに。
どうしたの、お父さんに何か言われたの?」
なぜだか分からないが、後頭部がじわりと熱くなるのを感じた。それを抑えるように、息を呑む。
その間隙を縫うように、あまりにつらそうな笑みで、月成が言う。
「それは、またいつかの日に……」
そのまま、月成は立ち去ってしまった。どうするべきか分からず、その場に立ち尽くしてしまう。
今すぐにでも、その背中を追いたかったが、父の元へと行かないといけない。
父との用事を済ませ、すぐに月成に会いに行こうと決めた。
父の部屋の扉を三回ノックする。返事がないのはいつものこと。
扉を開けると、椅子に座った父と、秘書の女性がいた。凛とした佇まいに、綺麗な黒髪。だが、どこか不安そうな瞳をしている。
嫌な汗が流れるが、それを無視して、歩みを進めた。
父は、私が机の前に立つと、話し始めた。
「最近、ここの従者から連絡があってな。雛乃と、お前専属の従者の関係について」
その言葉を耳にした途端、心臓を掴まれたような感覚に襲われた。
「雛乃と、たしか月成という従者の仲が、妙に良い。もちろん、従者との関係が良好なのは良いことだ。
だが、主従関係を超えた関係性は許されない。それは、お前も分かっているはずだ」
父は、呆れたように言った言葉。だけど、芯には激しい怒りが感じられた。
「そんなお前が、従者との関係を間違えるとはな」
突然、父が机を叩く。叩いた先には、数枚の写真。昨日、月成と遊んでいた時のものだ。
そして、その内の一枚には……はっきりと手を繋いでる写真があった。
月成との思い出が、汚されてるようで、無意識に手が震える。
「お前も月成も、お互いに関係性を間違った。これでは、仕事にも支障をきたす。
お前にも、いい影響を与えない」
その先の言葉を言わないでほしい。何か反論しようとしたが、何も言葉が出てこなかった。
そうしている内に、無情にも父の口が開かれた。
「よって、月成を解雇することにした」
息ができなくなった。
一瞬、月成との思い出が過ったが、父の言葉により、いとも容易く掻き消された。
父が何か言っているが、私の耳には届かない。あの言葉が、耳に張り付いて離れなかった。
私は、父の秘書に連れられて、部屋を出された。
何も考えられないし、何かする気力もない。そんな私を見かねたのか、秘書はしょうがないな、とばかりにため息をつく。
「あなたなら、この状況でも、最善の選択ができるはずですよ。
あの方の娘なんですから」
そう言いながら、私に肩を貸し、部屋まで運んでくれた。
私が礼を言うと、すぐに部屋から出ていく。静かな部屋が、私を落ち着かせようとする。
無理に決まっている。大切な人と、友達になる約束をしたのに、その機会を奪われたのだから。
ベッドに横になり、頭の中で、秘書の言葉を反芻する。
「最善の……選択」




