第6話
月成は呆気にとられたように、開いた口が塞がらなかった。
「ね、いこ?」
月成の返事は返ってこない。名目上は、友達。今まで積み上げてきた関係性は、簡単には変えられない。
だから、私は返事を求めていなかった。
月成の肩を掴んでいた手を離し、今度は手を取る。
今だけは、令嬢としてのプライドを捨てるつもりで、教室を飛び出す。
クラスメイトや、行き交う生徒たちは、その光景に唖然としている。
そんなことには目もくれず、私は月成の手を引いて、ある場所に向かった。
友達と遊びに行くという経験がなくて、胸のざわめきが止まらない。
不安が積もるなか、着いたのは室内テーマパーク。手早く受け付けを済ませ、中に入る。
「雛乃、ここって……」
「今日は楽しもうよ、友達なんだしさ」
月成は、返答に困ったのか、視線を逸らす。だが、すぐにこちらに向きなおし、拙い笑みを浮かべた。
辺りを見渡すと、様々な施設があり、どこに行けばいいか迷ってしまう。
それに、ネオンのような明かりに、目がちかちかする。
仲良くなるためには……体を動かすのが一番か。
すぐ近くにあった、ボウリング施設に入る。
私たちは、各々ボールを借り、奥のレーンに行く。
「じゃ、勝負しよっか」
「分かりました。あそこに並んでいるピンを、多く倒せばいいんですよね?」
「そう! じゃあ、私から行くよ」
私はボールを持ち、木製の床に立つ。軽い助走をつけ、勢いよくボールを転がす。
それは、先頭のピンへと真っ直ぐ転がっていき、全てのピンを倒した。
すぐに月成の方へ振り向き、笑みを浮かべる。月成は、小さく拍手していた。
私は席に戻りながら、月成に言う。
「やばいんじゃないのー? このまま勝っちゃうよー」
月成は頬を膨らませながら言った。
「まだ一投目ですけど……私だって負けませんよ」
たしかに、月成は私より運動神経がいい。勝てる気はしないが、楽しむことを優先する。
月成はボールを持ち、レーンに立つ。そして、助走をつけてボールを転がす。
ボールは、真っ直ぐ左のガターへと転がり、見事に落ちた。
「えっ?」
月成は、顔を真っ赤に染め、そそくさと席に戻ってきた。
「月成……さん?」
「あの……手が滑りましたね」
「ボウリングに手が滑るってあるの!?」
私は席から立つと、再びボールを転がす。
今回は、二投で七ピン。初心者にしては、上出来だと思う。
月成の番になり、月成はボールを持つ。しばし、その場に立ち止まり、何かを考えているようだ。
突然動き出したかと思えば、ボールを両手で持ったまま、ラインの少し前に立つ。
そして、両手で勢いよくボールを転がした。
しかも、それは先頭のピンに真っ直ぐ向かっていく。まさかね、と思ったのも束の間。
ボールは一切ブレることなく、吸い込まれるように、先頭のピンにぶつかる。
その勢いのまま、全てのピンを倒した。
「はあぁぁーー!?」
「ど、どうですか! これが私の実力ですよ、雛乃!」
興奮した面持ちで、私に駆け寄ってくる。まさか、両手投げでストライクを取るとは。
私の知らない間に、両手投げが主流になったのか?
まさかと思い、周りのレーンを見渡すが、誰一人としていなかった。
月成が両手投げでストライク。対する私は片手でストライク。実質、負けみたいなもの。
「月成が両手投げなら、私だって両手でストライクとるからね!」
「そうですか……頑張ってください?」
私はボールを持ち、月成と同じように転がす。しかし、その反動により体勢を崩してしまった。
勢いよく転んでしまい、間抜けな体勢で地面に倒れる。
無情にも、前方から「ボトンッ」という音が耳に響く。
「大丈夫ですか!」
月成が駆け寄ってきて、私を起こす。
「もおー、これ何が面白いのー」
泣き真似のように言うと、月成は呆れたような、宥めるような表情になる。
「はいはい。怪我はありませんか?」
「大丈夫だけど……」
「それなら良かったです。気をつけてくださいね」
その後も、ボウリングを続けた。最終的には、二十点ほどの差で月成の勝利に終わった。
次に向かったのは、ブイアールゲームを体験できる施設。
質素な空間が広がり、カーテンのようなもので区切られた場所に、ゴーグルのようなものをつけた人たちがいた。スタッフに同じものを渡され、付けてみる。
「どのゲームを体験しますか? ホラーゲームが人気ですが」
月成に要望を聞くと、オススメのものでいいらしい。
少し怖いが、スタッフがオススメしていたホラーゲームを体験することにした。
ゴーグルを付けた視界には、薄暗く、不気味な屋敷が広がっている。
恐る恐る、屋敷に入っていく。
月成の操作しているキャラクターは、一切怖気づく様子はない。
木製の床が軋む音、ガラスの鳴き声などの、恐怖心を煽られる演出。
思わず、実在する月成に近づいてしまう。
「あの、操作しにくいのですが……」
月成の声は、私の耳に届かない。誰かの声に耳を傾ける余裕がなかった。
この時の月成は、どんな表情をしていたのだろう。
怯えながらも、ゲームを進める。
その時だった。突然、天井が突き破られ、黒い物体が月成の操作するキャラクターに、巻き付く。
それは、黒い髪で、月成を連れ去ろうとしていた。
私が声も出せず、体を震わせていると、月成が言う。
「どうしたんですか? そんなに震えて」
……? もしかして……いや、そんなわけないか。
「雛乃? なんでそんなに震えているんですか? 説明してほしいんです」
私の震えは、既に恐怖からくるものではなくなっていた。
そして、先程の疑問も確信に変わっている。
「あははは!」
私は、腹の底から笑い声をあげる。
「え! 気づいてないの!?」
「雛乃!? なんでいきなり笑うんですか? なにがあったんですか?」
「ちょっ、浮いて……え?」
笑いがこみ上げてきて、上手く話せない。何度かやり取りをしても、月成は気づくことはなかった。
そのまま、月成は天井の奥へと連れ去られた。
「あれ……ゲームオーバーだ」
横から、月成の気の抜けた声がした。
私は、どうにもゲームを続ける気にならず、ゴーグルを外す。
見れば、スタッフは腹を抱えて笑っていて、月成は目を点にしていた。
「雛乃、なんで私はゲームオーバーになってるんですか?」
「連れ去ら……連れ去られて。天井に」
笑いすぎて、お腹が痛くて、上手く声が出せずにいる。
「気づきませんでした。やはり、ゲームは奥が深いですね」
「それどころの話じゃないよ!?」
そんな話をしていると、制限時間がきてしまった。スタッフにゴーグルを返し、この施設を後にする。
ふと、スマホで時間を確認すると、十九時をとうに過ぎていた。
「帰りますか、雛乃?」
「そうだね。そろそろ帰ろっか」
私たちは、テーマパークを出て、屋敷に向かう。
日はすっかり落ちていた。こんなに寂しい空を見ても、どこか心は満たされている。
「雛乃」
「なに? 月成」
月成は空を見上げながら、ゆっくりと話しだした。
「私、従者の自分と、雛乃の友達の自分がどっちつかずで。
雛乃のことを尊敬しているし、感謝もしてる。
だけど、今日が楽しかったのも本当」
一呼吸置いて、月成は続ける。
「これからも、雛乃の傍にいたい。従者としても、友達としても。
今までは、完璧な従者を目指してきた。けど、今からは完璧な従者兼友達になる。
おかしなことを言ってると思うけど、見届けてほしい。これからもずっと……」
私は、不思議と落ち着いていた。月成のことをもっと知りたい。なぜ、こんなにも私を思ってくれているのか、聞かずにはいられなかった。
「月成はさ、なんでそんなにも私のことを思ってくれるの?」
「そうですね。少し長くなりますが、それでもいいですか?」
私が頷くと、月成は頬を赤くしながらも、答えてくれた。私に救われたこと、私の尊敬していること、どんなところが好きなのか。
自分で聞いたことだが、妙に恥ずかしくなった。若干、後悔しつつも、聞いてよかったとも思う。
そんな悶々としている私をよそに、月成が手を握ってきた。
温かくて、頼りがいのある手。あの時、繋いだ感覚と全く違う。叶うことなら、このままずっと繋いでいたい。
そんなことを、夜空に願った。




