第4話
声の主はすぐに分かった。
だからこそ、振り向けない。だからこそ、振り向きたかった。
だって、私の覚悟が揺らいでしまうから。でも、それを望んでいるのも否定できない。
そんな矛盾を抱えたまま、凍りついたように、その場に立ち尽くした。
しかし、その静寂は、いとも容易く破られることとなった。
――
【雛乃視点】
私は、月成の名前を呼び、駆け出した。
正直、何も考えていない。ただ、吸い寄せられるように月成の元へ向かう。そして、一瞬の迷いの末、後から抱きついた。
月成の体は、追い詰められた小動物のように震えていた。
まるで懺悔するかのように、私は言葉を紡いだ。
「私、月成のことを何も知らなかった。
努力家で、私に尽くしてくれる優しい人。
そんな認識だった」
私の声も、月成につられるように震えていた。
「月成と、もっと仲良くなりたい。
だから、教えてほしい……私の駄目なところ。絶対に直すから……だから、お願い」
心の奥から絞り出した言葉だった。今にも擦り切れそうで、可哀想なほど掠れている。
月成の背中に、縋るように顔をうずめた。
令嬢としての役割を全うするのに必死で、いつの間にか主従関係に囚われていた。友達になりたい……そんな単純な望みが胸の奥にのこっている。
言い訳なのは十二分に理解している。だけど、言わずにはいられなかった。
「あり……ません」
微かに聞こえた。そよ風がなびけば、かき消されるような声が。
「ありませんよ……そんなところ」
私は、確認するように顔を上げた。
「雛乃……さんは、私を救ってくれたんです。なんの価値もなかった私を、必要としてくれた。
そんな人に、不満の一つもあるわけないじゃないですか」
「ほんと……?」
月成は、私の腕を優しく解く。
私の方に振り向き、手を包み込む。そのまま、宥めるような瞳で、こちらを見やる。
視線を逸らしたいのに、その瞳に引き込まれてしまう。見つめ合う時間が続くほど、早鐘のような鼓動が鳴り響く。
「当たり前です。
雛乃さん、私からも一つだけ、お願いがあるのですが。
聞いてもらえますか?」
「う、うん……」
月成は、その言葉を確認すると、深く息を吸い込み、吐き出す。
再び、私と目を合わせ、口を開いた。
「雛乃……私と友達になってもらえませんか?」
一瞬。いや、数秒は理解できなかった。
今、雛乃って呼んだ? それよりも、友達になる? いやいや、雛乃って呼んだよね?
衝撃的な言葉が連なり、動揺を隠しきれない。
でも、私が最も求めていた言葉に、違いなかった。
心臓はうるさいくらい響き、その音しか聞こえない。呼吸は浅くなり、それを止めるように、自然と言葉が出た。
「……うん、これからもよろしくね」
月成は、胸を打たれたように目を見開く。私の言葉を噛み締めるように、包んでいた手が強くなった。
意図せずやっていたのだろう。だんだんと頬が赤く染まっていっている。
その様子を見て、私は小さく微笑みをこぼす。それを見てか、月成も柔和な笑みを浮かべた。
「帰ろっか」
そう告げると、月成は「はい」とだけ応える。
帰り道、私たちは何も話さなかった。そして、繋いだ手……それも離すことはなかった。




