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第2話

 「あのさー」


 前の席の男子生徒。軽い雰囲気を醸し出す、緑髪に明るい黄色の瞳。

 凪佐なぎさという名前で、令嬢の私にもぐいぐい話しかけてくる人だ。


 「二人って、仲は良いと思うんだけど、なんかよそよそしいね」


 「え」


 まさか、ここまでストレートに言われると思っておらず、間抜けな声が漏れてしまった。

 

 駄目だ、駄目。令嬢たるもの平常心を……そう思うのに、言葉が出てこない。


 それに比べて、月成は相変わらずのポーカーフェイスだ。


 凪佐は私の動揺に気づいていないのか、続けて言ってきた。


 「前から思ってたんだよね。二人が話してる時、妙に距離あるなって」


 「凪佐さん。私と雛乃さんは、ただのクラスメイトですので、気の所為ではありませんか?」


 「なるほどー! みんなの仲が良すぎるだけってこと!?」


 月成は、自慢げに親指を立て、凪佐もそれに応えた。


 満足したように、凪佐はスマホゲームを再開する。


 私は、今になって心臓が早鐘を打っていることに気が付いた。ほっと胸をなで下ろす。けれど、その鼓動はすぐには収まらなかったことに、気付かないふりをした。


 「それでは、雛乃さん。ここを教えていただけますか?」


 「あっ、うん」


 月成が、私の机に教科書を開く。それは物理の範囲で、ほかのクラスメイトも苦戦している内容だ。

 しかし、月成は勉強ができる方で、この内容が理解できないような人ではないはず。


 不思議に思いながらも、私はそのまま、説明を始めた。


 妙に月成の距離が近く、意識しないとぶつかってしまいそうだ。どこかダージリンティーを思わせる、知的で清潔感のある香りが鼻先を掠めた。


 たしかに、私は月成とある程度、対等でいたいと思っているが、ここまで近いとむず痒さを覚えてしまう。


 きっと、普通の友達、親友同士ならこれは当たり前にできる行為だろう。

 でも、私と月成は主従関係だ。


 この距離感は正しいのか。


 頭の中は、みるみるうちに白く染まっていく。月成に説明している口も、上手く回らない。


 頬と耳も、熱を帯び始めた。


 私の異変に気付いたのか、月成が私を見つめてくる。

 鮮やかでみずみずしい瞳は、真っ直ぐに私を捉えていた。


 ためらいもなく、私の額に手を当てる。


 「熱はないですね……風邪でしょうか」


 「あ……え?」


 「一応、保健室に行きますか?」


 ようやく、状況を理解した。

 どうやら、体調不良だと思われているようだ。


 「大丈夫大丈夫。それよりも、続き教えるから」


 「さようですか。それでは、お願いします」


 とにかく、月成を意識しないように、教えることに集中する。しかし、五感がそれを許さない。


 触れ合う制服の感触、香水の香り、視界に映る月成の姿。


 今までも、こんな状況はたくさんあったはず。今になって、なぜこんなに意識してしまうのか。


 月成の飲み込みが早いため、すぐに教え終わったのが救いだった。


 とにかく、今は一人の時間が欲しい。


 だが、ここは学校。一人になれる場所も時間も限られている。


 教室に先生が来ると、月成は自席に戻った。


 ホームルームの間、なぜ、月成を意識してしまうのかを考える。


 今までと違うところ。


 ありふれた机を眺めながら、最近の出来事を振り返り始めた。


 印象的だったこと、記憶に焼き付いていることを。

 

 そこで思い出すのは、月成が表情を崩した時のことだった。

 水たまりの件、敬称の時のこと。


 うっすらと、月成を意識する理由が掴めた気がする。もちろん、確信に至った訳では無いが。


 ホームルームが終われば、体育の時間となった。着替えのため移動する途中、月成は自然に私の半歩後ろを歩いていた。

 そん中でも、階段では足元を見て、廊下では人の流れを読む。


 他人のふりをしているつもりでも、意味はなかったと思う。


 体育はバスケ選択だった。

 周囲がボールで遊ぶ中、月成は私の手を包む。


 「大丈夫ですか、雛乃さん。突き指をしないように、温めておきますね」


 私の手を、ふくよかな胸元と、女性らしい柔らかい手で温めてくれていた。


 「私、戦国時代に戦に向かう武士じゃないんだけど」


 「いいですか。雛乃さんは、今、体育館という戦場にいるんですよ?

 そんな中、手がかじかんでいては、まともに生き残れません」


 「体育館は、そんな戦場じゃないでしょ。それに、戦場だとしたら、この状態、隙だらけじゃない?」


 月成はハッとしたように、目を見開く。そのまま、私の手を離し、頭を抱える。


 「一生の不覚」


 「そこまで落ち込む!?」


 ようやく、先生が来ると体育が始まった。基礎練習や、スキルテストが終わると、五対五の試合が始まる。


 月成は私のアシストに回り、点数を取らせてくれた。


 使用人とはいえ、なぜここまで私に尽くしてくれるのだろう。

 普通の使用人は、家事をしてくれるだけのはずだが、当然のように学校生活のサポートまでしてくれている。


 体育の時間が終わると、特別何かが起きるわけでもなく、いつも通りの調子で学校を終えた。

 

 今日は部活もなく、早めに帰宅することができる。いつもは、一人で帰るのだが、すぐにでも月成に聞きたいことがあるので、一緒に帰ることを提案した。


 「その申し出は嬉しいのですが、私が使用人ということがバレるかもしれませんので」


 「途中まででもいいからさ、駄目?」


 月成は、すぐに納得することはなかったが、私がどうしてもと言うと、渋々了承してくれた。


  中学生以来だろうか、こうやって隣に月成が歩いて下校するのは。


 月成も新鮮な感覚に、そわそわしているように見える。

 

 まだ日は沈んでいない。真昼のような明るさでも、夕暮れのように孤独が広がる景色でもなかった。


 「それで、私と一緒に帰りたいとおっしゃったのは、なんのご要件があってでしょうか」


 「うーん。 使用人として接するのもいいけど、ただのクラスメイトとしての話し方とかを覚えてほしいっていう要望かな」


 「それはできかねます」


 「じゃあさ、雛乃って呼んでみて」


 ただ、周りから不自然に思われないように、敬称を外してもらうために言った言葉。


 この瞬間まで、ポーカーフェイスだった月成の表情。綺麗な目鼻立ちで、ちょっとそこらじゃ見かけない美貌。


 それが微かに崩れた。それでも、平静を装う。その場に立ち止まり、私を鋭い目で見つめる。


 月成は、すぐには答えなかった。


 「……それは命令ですか?」


 「命令じゃなくて、お願いかな」


 「分かりました。申し訳ありませんが、そのお願いは聞き入れられません」

 

 月成は、それだけ言うと、駆け出していった。その背中が、なぜか物悲しく見えた。


 私は、月成を追おうとしたが、足が動かない。


 月成のことを意識し始めた理由。

 そして、月成のことを何も知らなかったこと……


 理解せざるを得なかった。

「面白かった!」








「続きが気になる、読みたい!」








「今後どうなるのっ……!」








と思ったら








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