第10話
月成も自分のやりたいことを素直に言えるようになってきた。
それが月成の選びたい道なら、私も同じ道を行きたい。
「そうだね。だけど、内見してからだね」
「はい。分かりました、雛乃」
雫さんは、その様子を微笑ましそうに見ていた。
「二人とも頑張ってくださいね。私は、二人の住む家が決まったら、屋敷に帰らないといけませんが」
それもそうだ。この秘書さんは、父に命令されて付いてきているだけ。
この人の笑顔に違和感があると思っていた。眉がわずかに上がっていて、笑顔なのにどこか違和感がある。
私の中で、綺麗なままの彼女でいてほしい。これ以上、雫さんについて考えるのは辞めよう。
「そうですか。何から何まで、お世話になって申し訳ないです」
「いえ、お気になさらず。これも、仕事の一環ですし」
しばらく歩くと、内見先のアパートに到着した。当たり前だが、外観は屋敷と比べるとかなり廃れて見える。
不動産屋の人に案内され、二階の角部屋に入った。
玄関は必要最低限の広さで、そこまで支障はない。シンプルな造りで、多少ほこりっぽいものの、掃除すれば問題はなさそうに見える。トイレとお風呂は分けられていて、良心的。
ただ、部屋の数が少なく、あまり広くないのが欠点だ。
「雛乃、どうしますか? 私はここで問題ありませんが」
私もそう思う。近くにビルなどの大きな建物もないし、部屋の数が少ないのもさほど問題ではない。
「そうだね。私もここで良いと思う」
それを聞くと、不動産屋の人は、満面の笑みを浮かべた。私は入居申し込みを済ませ、部屋を出る。
実際に、ここに住むまでに三日ほどの期間が空く。どこか泊まれる場所を探さないといけない。
「すみません。私は屋敷に帰るので……」
「あっ、そうですよね。本当に、お世話になりました」
私が深々と頭を下げる。
「いえいえ、頭を上げてください。一応、あの方の娘さんなんですから。
家を出たとはいえ、簡単に頭を下げるのは、あの方の名に泥を塗るのと同じですよ」
どこか、嫌な言い方だが、言い分はごもっともだ。
「そうですね。ですが、本心から感謝しています」
「そうですか。それでは、私はこれで」
雫さんは、そのまま振り返ることもなく帰ってしまった。なぜか私は、雫さんの背中が見えなくなるまで、目を離せずにいた。
雫さんが、父と私を繋ぐ境界線のようなものだったからだろうか。
そこで、雫さんの歪な笑顔を思い出した。
雫さんは、私のことをどう思っていたのだろう。慕っているお方の、愚かな娘とか……
だけど、雫さんは私を助けてくれた。
頭の中で、何かが蠢くようだ。
分からない、本当の雫さんはどっちなのか。
考えれば考えるほど、思考がまわらなくなっていく。
その時、大切な人の声が、私を現実世界に引き戻した。
「どうかしましたか」
「えっ、いや、何でもないよ」
そうだそうだ。とにかく、今はやるべきことがたくさんある。もちろん、迷いを全て払拭できた訳では無い。
それでも今は、無理にでも迷いを捨てないといけなかった。
まずは、何から手を付けるべきか。
「雛乃、パソコンを買いに行きませんか」
たしかに、アプリ開発をするならパソコンは必須か。いずれは必要になるし、始めるなら早い内がいい。
「よし、じゃあ行こっか」
「はい!」
私たちは、家電量販店に向かった。やはり歩きでは時間が掛かり、一時間以上要した。
パソコンが置いてあるコーナーに行くと、様々な種類のパソコンが並んでいる。
電子機器には疎い私は、近くにいた店員さんを呼ぶ。
「すみません。アプリ開発に向いているパソコンはありますか?
大規模なゲームではなく、学習管理アプリを作りたいのですが」
「そうですね。でしたら、こちらはどうでしょう」
と、店員さんはノートパソコンを見せてきた。
「容量も大きく、持ち運びも出来るので、オススメですよ」
見てみれば、画面も大きくて見やすそうで、まだ家がない私たちには良さそうだ。
店員さんに勧められたノートパソコンをそのまま購入した。
値段は十三万円。相場が分からないので、高いのか安いのかは分からないが、今の私たちには痛い出費だ。
カードの残高は、残り二百八十万円ほどか。
そろそろ、泊まる場所を決めないといけない。スマホで、近くの泊まれる場所を調べると、十分ほどで着くビジネスホテルがあった。
チェックインを済ませるだけでも、やっておくべきだろう。
「月成、今日泊まる場所なんだけど、近くにあるホテルでいい?」
月成が目を見開く。顔が紅潮していき、微動だにしなくなった。
「ど、どうしたの……」
私がそう言うと、月成が私の方を掴んできた。額に汗を浮かべ、何かを訴えかけたそうに。
「ひ、雛乃!? まだ早いですよ、私たちには。
それに、友達同士なのに……そんなこと」
なぜこんなに焦っているのだろう。チェックインは早いほうが良いんじゃないのだろうか。
「早いほうがいいんじゃないの? 他にやりたいことでもあるの?」
「早いほうがいい!? どうしちゃったんですか雛乃!?
で、ですが、泊まるだけの可能性もあるし、大丈夫ですよね」
途中、小声で何を喋ってるのか分からなかったけれど、納得してくれたなら良かった。
月成も、いろいろと疲れが溜まっているのだろう、今日は何もせず休んだほうがいいのかもしれない。
私たちはビジネスホテルへと向かう。その道中、誰かしらの視線を感じた気がする。
少し、人通りが多かったため、勘違いだと思い、気にもとめなかった。
ホテルに着き、チェックインをする。
月成はと言うと、終始俯きながら、手をいじりながらそわそわしていた。
やはり、風邪でも引いたのだろうか。
あまりお金をかけたくないため、一室だけ借りることにした。
チェックインを済ませ、エレベーターで五階へと上がる。横目で月成を見れば、顔を紅潮させていた。
若干、呼吸も浅くなっていて、少し心配だ。
「月成、大丈夫? 体調悪い?」
「だっ、大丈夫です! 体調は全然……」
体調は? 何か含みがありそうな言い草だが、健康体なら良かった。
借りた部屋のドアノブ付近にカードキーをかざし、施錠を解除する。
私が玄関に上がり、靴を脱ぐ。月成は扉の前で、数秒立ち止まってから、玄関に上がった。
玄関を出てすぐ横には浴室と手洗い場がある。部屋の中は白を基調としていて、明るすぎない照明に、悪目立ちしない装飾品。
ベッドは二つあり、傍には机が一つ。少し無機質さも感じる空間だった。
私はベッドの傍にキャリーケースを置き、体を伸ばす。やはり、疲労が溜まっていて、今すぐにでもベッドに飛び込みたい。
だけど、そんな悠長なことをしている時間は、一切なかった。
私は、月成からノートパソコンを受け取り、机の上に置く。電源を入れると、十個ほどのアプリに、青色の背景の画面が映し出された。
私と月成は、各々のスマホでプログラミングの技術を調べながら、実際に簡単なプログラムをしてみる。
休憩もなしに、十時まで続き、気づけばすっかり日が落ちていた。
簡単なコードくらいなら組めるようになったが、アプリ開発をするには程遠い。
これは、何か別の方法を考える必要がありそうだ。
私はシャワーを浴び、ベッドに横になる。部屋の電気を消し、真っ暗な天井を見つめて、雫さんとの会話の言葉を思い返す。
私たちの学力。他アプリとの差別化。
たしか、他のアプリは教材をユーザーが入れて、勉強時間をグラフにして可視化。
コミュニティ機能で、ユーザー同士で分からないところを教え合ったりできる。
何か片鱗が掴めそうになった時、私の意識は落ちそうになっていた。隣から声が聞こえたが、確認するほどの意識は残っていない。
そのまま、完全に意識が沈みかけていた時――私の唇に柔らかいものが触れた。
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