庵を訪れる影—母のように、友のように
夕陽に照らされた竹林の向こうから、柔らかな足音が響いた。
「……あら、やっぱりここは落ち着くわね」
振り向いた六人の目に映ったのは、旅装束に身を包んだ一人の女性。
長い金髪をまとめ、薄布のフードを外したその姿は――エリシア。
だが彼女は王妃ではなかった。
今この場にいるのは、庵をよく訪れる一人の女性“セレス”だった。
「セレスさん!」
アマネが真っ先に駆け寄り、嬉しそうに笑う。
「驚かせちゃったかしら?」
エリシア――いや、セレスは小さく肩をすくめて微笑んだ。
「ちょっと抜け出してきただけ。ここに来れば、わたしも少しは自由になれるから」
その言葉に、アルトの表情がわずかに揺れる。
だが彼女は王妃としてではなく、ただの“庵の常連”として皆に混じって腰を下ろした。
◇
縁側に座り、リュシアの隣にそっと腰を下ろす。
「……少し痩せた?」
その問いかけに、リュシアは肩をすくめて目を伏せた。
「学院で、周りから『聖女らしくあれ』と……。どうすればいいのか、時々分からなくなります」
言葉はか細い。けれど、それを吐き出せたこと自体が変化だった。
セレスは柔らかく笑った。
「ふふ……人はね、完璧な仮面より、不器用な本音に心を寄せるのよ。
リュシアはもう、人形なんかじゃないわ」
「……セレス様」
その瞳が、かすかに潤む。
すると、庵の奥から顔を出したアサヒが、湯気の立つ茶碗を持って現れた。
「リュシア、あなたはもう変わってるわ。
ここに来た時よりずっと……素直に笑えるし、時に怒れるようになった」
「アサヒさん……」
「だから心配しなくていい。型に押し戻されても、あなたの中の“声”は消えない」
リュシアの肩から力が抜け、そっと微笑みが零れる。
「……私は、私でいていいんですね」
セレスは頷き、彼女の髪を撫でた。
「ええ。役割の前に、あなたはリュシアという一人の娘。
それを忘れなければ、きっと大丈夫」
◇
その場にいた他の仲間も、静かにその言葉を聞いていた。
ジークは腕を組んで「……ちょっと安心した」と呟き、カイルは眼鏡を直しながら何かを考えている様子。
アマネはリュシアの手をぎゅっと握り返し、アルトは黙って目を細めた。
セレスは一同を見渡して、ぱっと笑みを浮かべた。
「さて……ちょっと堅苦しくなったわね。そろそろお腹が空いたんじゃない?」
「そういや腹減った!」
ジークが即答して、場が一気に和む。
「じゃあ今日は私が腕をふるうわ!」
ミナが勢いよく手を挙げた。
「楽しみね」セレスがにっこり微笑む。
「なら、私とアサヒは補助に回るわ」
――こうして、庵の食卓の支度が始まった。
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